第1話 前澤友作さんに会ったら、来週も会うことになった

 
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小さな頃から、スケールがでっけぇものに、ただならぬ興味がある。

興味っつーか、もはや、恐れがある。
東京ドーム。富士山。シロナガスクジラ。コストコのピザ。

今、この瞬間。
私の目の前に座っていた前澤友作さんも。
脳内の同じカテゴリに、ぶち込まれた。

私が友人から借りパクしたシティーハンターのDVDを返すか返さないか迷い続けていた2年の間に、123億円でバスキアの絵を落札し、月へ行くことを決めた人だ。

もう、恐い。
なにをしゃべればいいの。

鳴り止まぬTwitter、冬の夕暮れ

私がキンキンに冷えた汗を惜しみなく流しながら、前澤さんと対面することになった経緯は、今年の12月10日までさかのぼる。

夕方ごろ、打ち合わせしていた私のApple Watchが震えた。
震えに震えた。尋常じゃない震えだった。
一瞬だけ画面を見ると、Twitterの通知が目に入った。

Twitterだ。

リツイートとDMの通知がとまんねえ。

打ち合わせを聞きながら、必死でApple Watchを手で抑えて、震えを止めた。
なんつーか、「静まりたまえ……っ」て感じの空気感、ちょっと出てた。
呪われし勇者かよ。

もう、完全に、炎上したわこれ、と思って。

絶対、私の知らないなにかが燃え盛ってる。
郷ひろみも真っ青の燃え盛りぶり。(わたしの母の名前もひろみ)

打ち合わせ中も気が気じゃなかった。
「なるほどですねえ」って、上の空で5回は口走ってた。

そんで、確認しましたらば。

前澤さんがTwitterで「岸田さんの文章が好き」と、私の記事を紹介していた。


二度見した。

私に届いたリプライやDMの数々は、大量の応援と感想だった。

「前澤さんがRTしてたんで読みました!」がほとんど。

ありがてえ。

「前澤さんに僕が作ったポエムを届けてください!」もあった。

いやそれは自分で届けてくれ。私を介さんといてくれ。

それで前澤さんに、秒でお礼の返事を送った。

あろうことか、前澤さんがメッセージを返してくれた。

もうね。
普段の臆病者の私なら、絶対にやらないんですけど。

この時ばかりは、炎上じゃなかった安堵と、
色んな人から褒めてもらい気分が良くなって、
よこしまな気持ちがDancin’in the sunしたとでも言いましょうか。
私の中の野蛮な太陽が暴れだした。

「前澤さんに一度、お会いしてみたいです!」

まさか、返事が来るとは、思わないじゃない?
「いいよ」って言われるとは、思わないじゃない?

前澤さんに対面!いざ、下座の争奪戦

本当に会えることになった。

正直、その日が来るまで、あんまり実感できなかった。
そんで、その日が来た。

来ちゃった……。

実は、私は12月から急にエッセイや取材の寄稿が増えたので、「コルク」という作家エージェント会社さんに所属していた。

事務や打ち合わせは俺たちが助けるから、岸田は作家活動に集中してくれよな!という、本当にありがたい存在なのである。

助けてもらうならばそれは今日!今日しかないだろう!と思い、私の担当をしてくれている佐渡島さんに電話をかけた。

「あ、ごめん。俺その日、用事があって行けないや。でもスッゲーおもしろそうだから頑張って〜、日記楽しみにしてるね〜」

放任……?

圧倒的放任……?

頼りになるのは己の身体のみっ……!

そんなわけで、私は一人で面会に挑んだ。

指定された住所は、前澤さんが立ち上げた組織のオフィスだった。
1階ロビーのソファに、前澤さんの広報を担当をしている、PR会社の経営者でもあるTさんが座っていた。

「岸田さん、どうも!まだ時間があるから、座って待とうか」

Tさんは気さくに声をかけてくださった。

めちゃくちゃ仕事がデキるキャリアウーマンっぽい振る舞いと、黄色いワンピースにパッと花が開いたような笑顔が、素敵だった。

ああ、よかった。いきなり異次元に放り込まれなかった。

安心しながら、隣のソファに座った。

……いや、椅子と椅子の間隔、広いな!?

生まれて初めて知った。

高級なマンションの、高級なロビーの、高級な椅子は、間隔が広い。

それはもう、アホのように広い。

セレブのパーソナルスペース、おもんばかられすぎ。
わたしが普段仕事してるデスクの距離の、10倍くらいある。
おもんばかられなさすぎ。

Tさんが、聞いてくれた。

「岸田さんは、かい、ど、の?」

……え?なんて?

愕然とした。


この距離で座って雑談したことないから、聞こえないの。
耳がパーソナルスペースに追いついてないの。
ソファとソファの間に、もはや時差が発生してる。
国境か?

これはあかん。
精神面だけでなく、フィジカル面が、悲鳴を上げている。

この頃からキンキンに冷えた汗は流れ出し、時は容赦なく流れ、いざ前澤さんのオフィスへ。

今日を迎えるまでに、私は無意識に実家へ電話していた。
本能的に母親を頼ってしまうほどの緊張。身体が母性を求めた。

前澤さんと会う旨を母に伝えたら、母も絶句していたが、二人で決めた面談の目標は「とにかく失礼のないように」だった。
我ながら、身の丈にマッチした、素晴らしい目標を持ってきたと思う。

イメージトレーニングもばっちり。
ビジネスマナーだって、ちゃんとおさらいしてきた。

前澤さんが入室する前に、打ち合わせするソファに座る。
秘書のような男性が「こちらへどうぞ」の「こちらへ」を言い終わる時には、もう。

出口に一番近い下座中の下座ソファを、死にもの狂いで確保した。
余った「どうぞ」は、私の残像へと投げかけられた。

うん。

オッケー、オッケー。

ナイス下座。
わかりやすい配置のソファでよかった。

心の中で、やり手ビジネスマナー講師が親指を立てる。

ガチャリ、と部屋の端にある扉が開いて、前澤さんが出てきた。

「どうもー、こんばんは!」

気さくに話しかけてくれる前澤さんは、テレビで観る前澤さんのままだった。

「じゃあ、始めましょうか」と前澤さんが言って、上座に座るわけ。

うん。

うん。

ソファに座らずに、床に座った。

えっ。

な……っ……!?

ソファに座る私が、床に座る前澤さんを、見下ろす形になった。

私の方が下座にいるのに、前澤さんより頭が高い。

なんだこれ。

こんな問題、教科書に載ってなかった。

正解のビジネスマナーが、ビタ一文たりとも、まったくわからない。
心の中のやり手ビジネスマナー講師も、裸足で逃げ出した。

ビジネスマナー検定1級で出題されても良いレベルの複雑さ。

もういや。
ソファが怖い。

そして、出してもらったお茶がペットボトルの「お〜いお茶」だった。
これはいつフタを開けるのが正解なんだ。わからない。

セレブ感と庶民感の混在がすごい。
高低差がありすぎて低気圧が発生してる。
そろそろ台風が北上してくる。

私のどこへ出しても恥ずかしくないキョドり具合を察した前澤さんが
「俺、Tさんと別の話もあるから、部屋の絵とか見てていいよ」と言った。

Tさんも「せっかくだから見てきたら」と言ってくれる。

ありがたかった。ちょっとでも緊張を解きたかった。

脱兎のごとく鬼門のソファから尻を上げ、見に行った。
オフィスの玄関にある、奈良美智さん(画家)のすんげえ絵を。

あー、めっちゃでかい。美術館でもこんなの見たことない。
圧倒される。
すげえ。
目の中に星があって、超かわいい。

でもね。
こんな心理状態で、ゆっくり絵を見られるわけがない。

浅はか・オブ・浅はか。
ずっと顎をぽりぽりかきながら、ただ絵の周りをウロウロしてるだけ。
ちょっと話が長くなるタイプの石坂浩二だよ、これ。

せめてインテリアでも見ようと思って、素敵なオフィスの中をぐるりと見渡してみたわけですけども。

なんせ、洗練されすぎている。
置かれているものすべて、シンプルで無駄がない。
対話が、できない。
せめて北海道で売ってる木彫りの熊くらい置いててくれたなら。

すぐに元のソファへと戻った。
まるで敗残兵。

結局のところ、私は書くことが好きなので

前澤さんとの話を終えたTさんが、私に聞いてくれた。

「岸田さんはどうして、友作くんに会おうと思ってくれたの?」

前澤さんの担当を長く務めているTさんは、彼のことを友作くんと呼ぶ。

まるでお姉さんみたいで頼もしいなあ、と思った。

「NewsPicksに掲載されていた前澤さんの記事を読んで、詳しい話を聞いてみたいと思いました」

記事は、前澤さんが「誰も取り残されない会社」を作ろうと決めたエピソードだった。

ひとつだけ後悔していること。「抽選採用」の構想へリンゴ栽培と会社組織18年間の会社経営の中で、ひとつだけとても後悔していることがあります。僕の意思で、ある社員を解雇したこnewspicks.com

「私には障害のある弟がいます」

「うん」

「今は、彼は守られるだけの立場で、会社では働けません。でも、前澤さんの夢が実現すれば、弟だけじゃない、障害のある人も、病気の人も、みんなが幸せに働ける未来が来ると思ったからです」

だいたい、こんなことを言った。
正面から聞いてもらえたのが嬉しすぎて、石坂浩二くらい話が長くなった。

チラッと前澤さんを見たら、彼は私ではなく私の名刺を見ていた。
しかも、裏返したり、していた。

完全に飽きてるじゃないか。
この短時間で。

マジか。

そんなジロジロ見るなら、名刺の裏にヒエログリフとか、もっと知的な何かを刻んでおけばよかった。

でも、前澤さん、ちゃんと聞いてくれてた。

「弟くんとの記事、読んだよ。素敵だし、面白かった!」

これは、なんか、うまく表現できないんだけど。
その場にいた人にしか、わかんないと思うんだけど。

心から無邪気に言ってもらえた気がして、めちゃくちゃ嬉しかった。

Tさんが「せっかくだし、聞きたいことあるなら聞いちゃえ〜」と言ってくれた。

前澤さんの反応に、一瞬、緊張がほどけた私は。
今なら、よくあんな失礼なこと言えたな、と思うことを言ってしまった。

「でも、たまに、前澤さんを怖いなって思うこともあります。怖いっていうか、よくわからなくて。目指されている世界平和のスケールが大きすぎて、月に行く意味とか、めっちゃ高い絵を買った意味とか、自分に理解できないことが多いです……」

前澤さんが何か言う前に、Tさんが私の肩を叩いた。

「そう!そうなのよ!本当にムチャクチャなのよ、この人!」

ムチャクチャだと言われた当の前澤さんは、ニコニコ笑っていた。

なんなんだ。
いったいどういう感情なんだ。
読めない。

「けど、私は前澤さんがやってきたこととか、目指す未来に興味があるので。詳しい話が聞けるなら、楽しそうだから聞きたいなーと思います!」

そっか、そっか、そんで?っていう感じで前澤さんが頷いた。

「ええと、それで、その話を書きたいです!」
「な、なにに?」

「文章で……エッセイとか、小説とか……わかんないですが」

沈黙。

当たり前である。
意味不明である。

私は昔から、テンパると、余計なことを口走る癖がある。
完全にそれだった。
当初の目標はどこいった。

???
強欲か??????????????

でも、前澤さんが私の文章を好きだと言うなら、
その文章で、私は何か面白いことをしたいと思った。
こんな機会は、きっと二度とないので。強欲か。

「俺、今まで3冊、本を出版しようとして途中で止めたんだよね。出版直前で」

なんでやねん。

「完璧主義だから。本って、過去の自分を語るわけじゃん?でも今の自分は確実に過去の自分を越えてるから、本を出す頃にはもう書いてる考え方がぜんぶ古いんだよ」

あっはっは、と笑う前澤さん。
Tさんを見ると、激烈に渋い顔をしていた。確実に苦虫7匹くらい噛んでた。

「だから、たぶん今回も、書いてもらっても本とかにはならないかもしれないけど、好きにやっていいよ!俺とか、他の社員にも、どんどん話聞いて。セッティングするし」

「えっ、いいんですか!?」

「うん」

マジか。すげえ。私の強欲が勝利した。
完結させてもらえるか、わかんないけど。

とりあえず、書いていいことになった。

……書けるの?(わからん)

最後、玄関で私を見送る前澤さんが、きっとものすごい金額がするであろう絵画を。
ツンツンと触っていた。
指で。直に。

「直に!?」

目を疑った。

そして、「あっ!触っちゃダメっ!◯◯くん(秘書っぽい人)、怒ってよ!」と、Tさんに猛烈に怒られていた。

前澤さんでも、キャバクラの酔っぱらいみたいな怒られ方するんだなあ、と思った。

とりあえず、そんなこんなで、前澤さんからお話を伺った記録を、ここに書きます。来週も会います。えっ、早っ!


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