【キナリ★マガジン更新】スポーツ音痴のわたしが、パラリンピックでアレするまで(前編)
2020年、ハロウィン当日だというのに浮かれポンチが嘘みたいに姿を消している渋谷でのことだった。
全財産を使ってボルボを買った件がおおごとになり、テレビやラジオにたずさわる人々が手にとる「GALAC」という業界紙から取材の依頼をいただいた。
それはそれは優しい取材班の方々で、おだてられた猿よりも迅速に木から木へと飛び移り、いることも、いらんことも、ペラペラとしゃべくり散らかしているうちに時間は過ぎて。
「本当は今日、岸田さんに誰より会いたがっていた副編集長の渡邊がインタビュアーを務める予定だったんですが……お腹を壊してしまったみたいで」
「それはそれは。よろしくお伝えください」
地上波のどこに出しても恥ずかしいわたしの名前をあげてくださったのも、その渡邊さんだという。
どこかでごあいさつが叶えばいいなと思っていたら、そのあと、とつぜん渡邊さんからメールをいただいた。
「パラリンピック中継番組へのご出演のお願い」
ごあいさつをすっ飛ばして、とんでもない件名だった。とてもていねいな文面からギャグではないことは一目瞭然であったが、ギャグみたいなご提案だったので、一度ビデオ通話でお話をうかがった。
地上波のどこへ出しても、恥ずかしい人間を、なぜ国際的行事に。
ビデオ通話をはじめると、パッと画面に映った渡邊さんは、ギラギラの金髪を刈り上げソフトモヒカンにしたファンキーな御仁であった。
こんな人がNHKにいるというのか。
ギャグどころかこれは怪しい話なのではと一瞬で疑ってしまった。
心当たりがあるぞ。会社員で広報やってたとき「御社の社長様で一時間の特集番組を作りたく!」とテレビ局の人から電話をいただいて、打ち合わせに指定された喫茶店へノコノコ出向いていったら、そこには豆腐ぐらいの厚さの営業資料が積まれていて「タイアップ企画なんで300万円払っていただかないと」と張り付いたような笑顔で言われ、調子に乗って頼んでしまったザッハトルテを完食するまで逃げられなかったし、一ヶ月間はスマホが壊れるかと思うほど後追い電話がかかってきた。ついでにその人はテレビ局でもなんでもなく、制作会社の下請けの営業会社だった。
一家全員まとめて生粋のカモ顔家系であるので、わたしは身構えた。
金髪ソフトモヒカンの渡邊さんは言う。
「中継番組を岸田さんに打診してるって言ったら、若いスタッフもすごく喜んでいて。お話を聞いてくださってありがとうございます」
怪しい話やろ……。
「コロナの影響で開催も不安視されてますし、僕たちにとってもこんな大きな運営は初めてなので手探りでの準備なんですが、岸田さんにはぜひ競技のあとのスタジオ中継にご出演いただきたいと思っています」
怪しい話じゃなかった……!
渡邊さん、とても物腰やわらかく、常識的な御仁だった。NHKを見た目で判断してはいけない。
しかし、そこまで言っていただいてナンだけど、わたしには後ろめたさがあった。
スポーツが大の苦手なのである。
中学でなんとなく入ったバスケットボール部では万年補欠で、才能もなければやる気もなかったが、顧問や先輩に怒られるのが怖いというチキン根性だけでほぼ皆勤で朝練にも夕練にも参加していた。人間はあんなに吐くほど練習していても、ちっとも上達しないもんだなあと感心した。
見る目すらなく、試合の展開についていけないので、本来なら練習試合で生徒がやるはずのオフィシャル(時計の操作やファール数の管理など)すらも任せてもらえなかった。
唯一の特技が「タイムアウト(休憩)で戻ってきたスタメンの選手たちに、タオルをバサバサと上下に振って風を送る」だった。それだけは最前線でやっていた。
ただこれは学校によってかなり流儀があるので、高校でもなぜかバスケ部を選んでしまい、初めの練習試合でバサバサやったら顧問から「邪魔じゃボケ!出ていけ!」とキレられ、恐ろしくてひとしきり泣いたあと、なんかもうすべてが面倒になりバックレたまま辞めた。
プロ野球チップスは、プロ野球よりチップスの方が好きでずっと買い続けている。
母も高校のときまでは熱血バレーボール選手として汗を流していたが「顧問が竹刀持ってたから、やるしかなかった」と恐ろしい白状をし、今ではすっかり運動神経が死滅している。蚊すらも見逃す。
母はわたしよりスポーツに苦い記憶がある。
歩けなくなって、生きる気力を根こそぎ削られて落ち込む母に「パラリンピックとか目指せばいいじゃん!」と、励ましの声がたくさん届いた。歩けなくなっても希望があるよ!諦めないで!(CV.真矢ミキ)という趣旨なので悪気はないのだが、スポーツで幸福感を得られない人間には、なんの助けにもならない。そんなことより娘や息子の役に立ちたいと切に願う母は、いやだいやだとメソメソしながらリハビリの一貫で卓球室に連れられていったが、一時間後もメソメソしながら帰ってきた。
弟はダウン症で低緊張があり、速く走ったり歩いたりができないから、運動会はずっとビリだ。目立ちたがり屋の弟にこれはつらい。週に一度のスイミングだけは続けているけど、基本的には運動を好まない。
そんなもんなので、わが家ではスポーツを愛でる文化が見当たらないのだ。
箱根駅伝のゴール、阪神タイガースのマジック点灯、四年に一度のワールドカップ、WBCでイチローが打った瞬間くらいは夕飯どきにテレビで見ておき、からあげをつつく手を止めて「オォ〜〜!」と言ってみるものの、次の瞬間にはもうからあげがアドバンテージを奪取している。
スポーツが、世界中の人に感動と勇気を与える。
理屈はわかる。想像もできる。これまでひょんなことから出会ってきた、頑張ってる選手やスタッフたちの顔もちらほらと浮かぶ。
「でもわたし、スポーツについてかなり冷めてると思うんです。あとこれは、あの、こんなことを言うと、よくないかもしれないんですけど」
人前で伝えるのははじめてだった。
「障害のある人が頑張ってるからといって感動しないし、勇気ももらえないし、そういう番組とかは知人や気になる人が出る以外、できるだけ観ないようにしてて……」
ずっとぼんやりと付き合ってきた、性格のよろしくないわたしの好き嫌いである。容赦なく身内を巻き込むと、これは母とも共通している。
同じ障害であっても、障害の程度や置かれている状況は、人によって全然違う。どんな家族がいるか、どれだけお金を持っているかで、できることもできないことも、残酷に変わってゆく。
同じ障害であっても、味方だとも限らない。
たとえば、
ああ、あの人は自分で歩いてお手洗いに行けるんだ。狭いトイレしかなくても人の手を借りなくていいなんて、いいなあ。
あの人はスポーツに毎日打ち込んで楽しそうだけど、家のことは家族がやってくれるんだね。こっちはそんな時間とれないし、頼る人もいないから、寂しい。
あの人は障害のある家族のことを明るく紹介してるけど、介護ってそんなに生やさしいもんじゃないから。みんなが家族を愛してるなんて思わないでほしい。
……という具合に、障害のなかでも無意識の差別や競争が普通に起きている。
あの人たちとは違うから。こっちはこっちでやるから。あなたよりわたしの方が優れているから。幸福の基準は人それぞれだけど、正解はみんな己の過去にしか見いだせないので、ぶつかりまくる。
車いすの人にとっては凹凸のないフラットな道が便利だけど、目が見えない人にとっては凹凸のある点字ブロックが助かるということからして、バリアフリーには小さな矛盾もある。
障害があるから、かわいそう。
障害があるから、苦労している。
障害があるから、スポーツをしている姿に、感動する。
そんなことあるわけない。
だってわたしも、そう言われたくなかったのだから。
障害があろうとなかろうと、かっこいい人はかっこいいし、いい人はいい人だし、便利なもんは便利だ。
弟はダウン症という個性があるから、あんなに優しくていいヤツになったわけじゃない。ダウン症という障害があって苦手なことが多い彼なりに努力をしたりしなかったり、なにかに傷ついたりなにかを乗り越えたり、誰かと出会ったりして、その経験が個性になったのだと信じている。
スポーツへの無関心にあわせて、そういうOSがわたしの頭で働いてるので、パラスポーツの中継にふさわしい、感動と熱狂を呼び起こす存在にはなれないとわかっていた。
この、たらたらとクソほど面倒な事情の早口を、渡邊さんや他のスタッフさんたちはうん、うん、と聞いてくださった。
「そんな岸田さんだからこそ出ていただきたいんです」
「でも、わたし、どんだけ調べてもそもそもセンスがないので、競技や選手について魅力的に話せないかも」
「いいんです!競技は競技で、もっと詳しいゲストの方々をいっぱい呼びます。岸田さんみたいな考えの人が、きっとたくさんいる。これまで誰も言えなかったことを言ってほしいんです」
誰も言えんかったのは、誰も言ったらあかんかったのではなかろうか。
これが、一夜で終わる小さなイベントだったら話は別である。ロフトプラスワンに呼ばれる日を今か今かと待っているが、ロフトプラスワンなら迷わずに三時間くらいペラペラと聞かれていないことまで喋った。
でも、天下御免のNHKなのだ。しかも五輪。観ている人の層が、いつもわたしが棲息するツイッターランドとはまるで違う。ワクワクチンチンとか言ったら今度こそしばかれて根絶やしにされる。
正直、わたしがNHKに持っていたイメージとは、渡邊さんの髪型だけではなくなにもかもが違って、驚いた。
「岸田さんらしい一言を、どうか」
この渡邊悟さんが、人気番組『あさイチ』を立ち上げた、ディレクターだとあとから知った。
かくしてスポーツ音痴のわたしは、2021年東京パラリンピックの中継コメンテーターに抜擢も抜擢されることになった。
母が「大丈夫かいな」と心配していた。わかる。
つってもスポーツで泣くことはきっとないだろうと思っていたわたしの情緒が富士急ハイランドになるのは、このあとのことだった。
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