【キナリ★マガジン更新】スポーツ音痴のわたしが、パラリンピックでアレするまで(中編)

 
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任命されるまでの前編はこちらをお読みください。

9月2日、木曜日。

ついにわたしが、NHKのパラリンピック中継のスタジオにお邪魔するときがやってきた。

わたしはただでさえスポーツに疎いのに、人の顔と名前を覚えるのが苦手という致命的な弱点を持っている。三日前からA4サイズのキャンパスノートに競技ごとの日本人選手リストと海外のメダリスト候補を印刷した紙をいそいそと貼って、ニュースやSNSをチェックして知ったプレースタイルやライフストーリーをメモしていった。

付け焼き刃だけど、これがあると、誰々が予選通過!と出ると「おっ!あの選手のスーパープレイが炸裂したかな」とか「お父さんのために走るって言ってたもんな、お父さん見てるかな」とか、思い返せて嬉しい。

スポーツって、知ってる誰かが出てるとおもしろいんだな。

中学時代のクラスメイトが、いつも道ですれ違っていたあの人が、ってなると、競技がよくわかんなくても見ちゃうもんな。そもそも友だち、ぜんぜんおらんかったけど。

知っとる人がバチバチに頑張っとる、というのがスポーツ観戦を盛り上げるきっかけになるのなら、学校でも職場でも、障害のある人と知り合える機会って多い方がいいよな。

まあ、ここまで言ってめちゃくちゃ怖いのは、わたしが一方的に知って愛着がわき、親戚のおばちゃんみたいな心境になってるだけで、選手はわたしのことを一ミリも知らないということである。岸田奈美と観光牧場のヤギ、いつも距離感を見誤りがち。


初日は、櫻井翔さんとの共演だったのだが、これだけでかなり情報量が多いので、単独でnoteにまとめたからここでは割愛。

緊張で疲れ果て、その日は爆睡どころか深夜4時くらいまで魂が抜けたまま覚醒しているような状態だった。気絶するように眠っていた。

目覚めたのは昼過ぎ。この日は中継がなく、一日だけのオフ。ゴロゴロして過ごすかなと思ったら、ヘラルボニーの松田崇弥さんから夕方にメッセージが届いていた。

「岸田さん!例のブラウスのサンプル、実はもう着ていただける状態で仕上げました!いまから超速でお届けしてもいいですか?」

一気に目が覚めた。

例のブラウスとは、わたしが「服をもう買いとうない、捨てとうない」と嘆いたことがきっかけで、「スティーブ・ジョブズみたいにいっそ制服を作っちまおう」と、ヘラルボニーに揉み手をしながら持ちかけたもの。

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弟とおなじ知的障害があり、独自の世界観が炸裂しているアーティスト・佐々木早苗さんのアートで、ブラウスをオーダーメイドで作ってもらうことになった。良すぎる。

本当なら完成は10月ごろと聞いていたので、これは嬉しい寝耳に水、いや、寝耳にシャンパンである。

わたしの晴れ舞台ということで、クリエーターのみなさんが力を尽くしてくれたのだ。

障害のある人にかぎらず人間にとって、スポーツはひとつの居場所にしかすぎない。居場所とは、自分が幸せに生きるために必要なものだ。だからこそ、執念で掴み取ろうとするし、その手から滑り落ちたら涙する。

パラリンピックを観ていると、どうしても「スポーツこそが障害者の輝ける健全な居場所!」とイメージしてしまうが、そうではない。わたしの母みたいに、自動車の運転が居場所の人もいれば、お金を稼ぐ仕事である人もいる。

アートだって、そのひとつだ。

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※わたしがデザイン原案を描いて(リボンタイ型とシャツ型)オーダーメイドで作ってもらったものですが「着てみたい!ほしい!」という声があれば、みなさんが買えるように商品化してくれるのがヘラルボニーです。

ところで初日の出演、緊張しすぎてワンピースの肩紐がねじれたまま全国にマヌケをさらしていたのもあり、ブラウスがきたのは助かった。

しかしここで問題が発生。

衣装はすべて自前のワンピースを持ってきてしまったので、ブラウスの下に履くボトムスがない。家でのzoom会議ならいっそ下半身はパンツ一丁でもなんとかなるなとよぎったが、即座になんともならないことに気づく。

翌朝、スタジオ入りするまでの30分の猶予で、開店したばかりの新宿ルミネを駆け回り、ボトムスを買い求めた。

ペーペーのわたしがほかの演者と個性がかぶってはいけないと思い、一週間前に髪を赤く染めたのだが、車いすバスケットボールの根木慎志さんと思い切りかぶってしまい、存在感も知識も根木さんの方が段違いなので、わたしは赤鬼の親分に寄り添う子分のようになってしまった。

ボトムスも、白とか黒とか無難な色だとかぶる。

そう思って、目を血走らせ、試着もせずに手にとったのは派手なピンク色のボトムスだった。これならかぶらないだろう。

ボトムスにその場で履き替え、スタジオに入った。

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まさかの石黒賢さんとかぶった。ピンク鬼の子分。

俳優とかぶるなんて肝が冷えたけど、石黒さんは最初から最後まで朗らかで優しく、有り余る車いすテニス知識をもってしてもなお、わたしがちょっとでも不思議そうな顔をすると、中継の合間に解説してくれたり、

「あの、石黒さん。ちょっといいですか」

「うん?」

「車いすに乗ってると、ドロップショット(テニスでネットの手前に落ちる球)を返すのがすごく難しいって言ってましたね」

「そうだよ!」

「じゃあ、ドロップショットばっかり打つ練習したらだめなんですか?」

「いやあ、このレベルの選手たちになるともう対策してるからねえ。ドロップショットは打つ方も、前に出すぎるリスクがあるから」

座りながら、腕を振って説明してくれた。

「あと、車いすの選手ってターンで方向変えるから、一瞬ボールから視線を離すじゃないですか。あれって一般のテニスだとありえないと思うんですけど、なんでボールを見失わないんですか?」

おお〜っ、すごくいい質問!さすが!あれはね、ギリギリまで見て予測してるんだよ。精度の高い読み合いも観ていておもしろいよね」

ド素人の質問をいちいち褒めて拾ってくれたので、本当にありがたかったし、そんな石黒さんが無言で涙を流して、中継の尺をいっぱいいっぱいまで使うほど応援している国枝慎吾さんの凄さが、何倍にも増してわたしに伝わってきた。

わたしさ、なんか、こういうスポーツ観戦の涙って、ちょっと冷めた目でみてしまっていたのだけど。大切だよ。涙にはストーリーがある。

パラスポーツのように、多くの人にとって、背景や現状がよくわからない競技だと、その勝利が、その敗退が、どれだけのものなのかを、彼らの涙を通して誰でも想像することができるから。無理に泣くのは嫌いだけど、こぼれる涙って、波紋みたいに広がっていく。

テニスを愛し、選手を愛し、ずっと追ってきたコメンテーターの方々の発言にくらべると、たぶんわたしは、当たり障りないことしか口にできなかったように思う。

出番が終わって、落ち込みながら、アナウンサーの杉浦友紀さんに

「どうしたらみなさんみたいに、スポーツのコメントが上手になれるんでしょう?」

とたずねた。

そう。そもそもこの中継、ゲストの方々だけじゃなくて、アナウンサーの方々の知識も経験もズバ抜けている。パラスポーツについて、他のどの報道番組よりも、いつも一歩踏み込んだ説明をしているし、イレギュラーな試合展開にも落ち着いて対応されている。

「わたしたちも上手なわけじゃないですよ!パラリンピックがはじまる前から勉強する期間も、試合を観に行く機会もあったし……でもそうですね、わたしが思うのは」

ごくり。

そのスポーツを愛してやまない人のコメントが、なによりおもしろいです。喋りの上手さとか、理屈じゃない。ずっと聞き入ってしまいます」

どんな優等生よりも。どんな有名人よりも。

名もなき、たったひとりの熱狂が、絶海の孤島で雨の日も風の日も燃え上がるキャンプファイアーが、世界を変えることがある。

「オリンピックだとスケートボードの瀬尻稜さん、パラリンピックだとボッチャの新井大基さんがまさにそうでしたよね!競技や選手への愛が、言葉にしてもしきれず、あふれてくるというか」

瀬尻さんは「鬼ヤベェ」「ゴン攻め」というフランク方面にブッ飛んだ感嘆ワードが、即座にTwitterでトレンド入りした。これで知って、解説見たさにスケボーを観戦し、涙した人も少なくない。ってかそれはわたしである。

新井さんは床で行うカーリングのような競技・ボッチャで「ビッタビタ」「ビタ付け連発!」を連呼し、これもスケボーと同じ盛り上がりを見せた。静かな頭脳戦、複雑でよく知らない、重い障害のある人がやってる、という先入観で、なんかこういう言葉って出てこないんだろうなと思っていたわたしは己を恥じた。

しかも新井さんは、ボッチャの引退選手でも、メダリストでも、芸能人でもない。もともとは大学で、介護のアルバイトをしていただけだ。そこで障害のある利用者さんたちに出会い、ボッチャに出会い、魅了されて、なんか知らんけど「ビッタビタ」を日本中に広めた人になった。すごすぎる。

狙いすましたパワーワードより、こぼれ出たパワーワード。これ以上の言葉なんかもう見つからない、というこの世の広辞苑でも拾い上げられなかった言葉を見つけるのは、愛なのだ!

「うまくコメントしようとするんじゃなくて、岸田さんが普段から愛しいって思っていること、今回観ていて愛しいって思えたものを、わたしたちは聞きたいです!」

残すところ、中継はあと一日。

わたしの目標は、パラリンピックの場に身を置きながら、世界を愛することになった。


※以下、キナリ★マガジンを購読してくださっている方向けのおまけ

出演の直前まで、なぜか神戸の警察署に出頭していた話


そうやって期待に胸をふくらませながら、15時に新国立競技場近くのスタジオに到着できるように京都を出発するつもりが。

突然その日の朝に、神戸の警察署に出頭することになってしまった。

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