一時間かけてブラジャーを試着したら、黄泉の国から戦士たちが戻ってきた
わりと、こだわりの強いタイプだ。でも、これだけは決めている。
モテる女のアドバイスにだけは、一切のプライドをかなぐり捨て、従うことを。
東に評判のパーソナルトレーニングジムがあると聞けば、私財を投じて馳せ参じ。
西に3キロ痩せ見えパンツがあると聞けば、電車を乗り継いで手に入れる。
流行りのファスティング(絶食)をした直後、肌に良いというコラーゲン鍋をかっ込んで、東梅田のど真ん中で吐いた時は、さすがに情報に振り回されすぎたと後悔したけど。
とにもかくにも、この3年間、モテるため、慎ましやかにそんな感じ。
先日も、モテる女と慎ましやかに飲む機会がありまして。
新たな情報を手に入れた。
「ブラデリスニューヨークのブラジャーだけは絶対買うべき」
それで、行った。飲みが終わったその足で。フットワークすらも、ゆるふわを意識している。
ブラデリスニューヨークのお店に着くと、神田うのみたいな店員さんに出迎えられた。
「フィッティングに1時間ほどいただきますねー」
耳をね、疑った。
試着に1時間。
なんぼほど、ブラを脱ぎ着させられるのかと。
おっぱい擦り切れて、無くなるんちゃうかと。
想像しえ震える私を、試着室へといざなう、神田うの。重い2枚のカーテンの内側で、私は上半身すっぽんぽんになることを命じられ、採寸してもらった。
私は、ここ1年半ほどで、10キロ近く体重を落としていた。
体重が減ったら、胸が自然とボリュームダウンして、たまげた。
格安の下着屋でさらにセールを目ざとく狙い、2800円のブラを5種類買っては、永遠に着回す日々。
ちゃんと採寸なんてしてないから、胸とブラの隙間はカッパカパ。谷間も消失し、まるで中学生の付き合いたてカップルのように離れていく、右胸と左胸。
まあ、こんなもんかと。私は私なりに、折り合いをつけていた。
試着室に舞い戻ってきた神田うのが、しぶい顔をした。
「ああ……お客様。胸のお肉がぜんぜんブラに入ってないですよ。一度、ちゃんと入れてみますねー」
ガッサー!
私の脇のお肉を、こう、ガッサー!と掴み、力づくで前に持ってくる、神田うの。
足を肩幅に開き。指先に力を込め。
力士のような豪快さ。肉という肉を1グラムたりとも逃さんという、気概を感じる。
「あと、ストラップも下がりすぎてるので、上げますね」
ブラのストラップが、グイグイ上がっていく。砂漠の井戸から、水を汲み上げるように、上がっていく。
次の瞬間。
私の胸に、メロンがあった。石原裕次郎のお見舞いの時みたいな。でっけえ、でっけえメロンがあった。
なんて言ったら良いんだろう、この感動。
修学旅行で訪れた安い店のビッシャビシャのウニを食べてウニが大嫌いになり、社会人になり旅行で訪れた北海道でマジもんのウニを食べて「今まで食べてたウニとは一体……?」となった、あの感動が蘇る。
「お客様のお胸のお肉は、全部、お腹と背中に逃げてたんですよ。ストラップもゆるゆるで、サイズの合っていないブラを着けられてたんですね」
私の乳は、どうやら、集団疎開していたようです。
いつの間に……?
開戦した覚えも……ないのに……?
「まだお胸のお肉が横にあふれてるので、あと2カップ上げてみましょうねー」
サッと姿を消したかと思えば「それ峰不二子しか着れへんのとちゃうの?」みたいなブラを手に戻ってくる、神田うの。
さらにガッサー!と、お胸のお肉というお肉をかき集める、神田うの。
もうね、自分の身体なのに、信じられない。
「ワレ、乳やったんかオイ!」みたいな肉たちが、一斉に集まってくる。どんどん、姿を暴かれていく肉。
もう、おっぱい公安警察のお出ましである。サイレンを鳴らせ。
「どうですか?谷間ができましたよー」
もどってきた!
黄泉の国から戦士たちが帰ってきた! 続け、戦士達!
シシ神の元へ行こう!
頭の中に、比較的クリアな状態で、もののけ姫のあのシーンが蘇る。
「とってもシルエットが綺麗になりましたね!」
もう、私の胸で同窓会が開催されている。くすのき小学校 昭和33年生、同窓会って感じ。
谷間、あんた、生きてたの……?
デコルテ、お前、そんなに立派になって……!
気がつけば、3万円使ってました、ブラジャーに。
身体のシルエットが本当に変わるし、戦士たちも帰ってくるので、下着はきちんと採寸してもらって、プロに選んでもらって、買いましょうね。