ついに出会った!岸本家と岸田家の巻(ドラマ見学1日目)

 

わたしが書いた『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』がドラマ化され、撮影現場へ行けることになった。

「こんな機会はめったにないんやから」

という魔法の言葉を唱え、岸田家の母と弟とわたしの三人が神戸からアホみたいな顔をして駆けつけた。これを唱えたのは、ユニバで滝壺に落ちる瞬間の写真を1500円で買わされた時ぶりだ。

前入りもして、朝7時に起きた。

ドラマ化も初めてなら、現場も初めて。

カモがネギを背負うように、せめて手土産ぐらい背負っていきたいが、右も左も上も下もわからん。なにを買うたらええんや。

間髪入れず、尾木ママに相談した。困ったときは、だいたい尾木ママ。

「ボクはねえ、差し入れにはすっごく気合い入れるのよ〜〜〜!」

「どんな?」

「スタッフさんは大勢だからともかく……演者さんの好物をねえ、ちゃんと調べるのが尾木ママ流!」

ほう。

家に帰って調べてみたら、あんがい公開されている。

坂井真紀さんと吉田葵さんはクッキーが好きなんだ。ほな、日本一うまいアトリエうかいのフールセックにしよう。美保純さんは源氏パイが好きなら、フロインドリーブのスイートハート。あれは高級な源氏パイやし、地元やし。河合優実さんは情報ないけど、おやつ好きなら、バトンドールとかおもろいかも。

錦戸亮さんは……

“ラーメン、からあげ、生姜焼き”

頭を抱えた。根強いファンならもっと知ってるだろうけど、素人が手に入る情報は全面的に茶色い食べものばかりが並んでる。

あ、あるのか……?
朝の7時から、生姜焼きが手に入る店……!

全然なかった。

母に焼いてもらおうかと血迷ったが、初対面で原作者のおふくろの味はシンプルに恐怖である。果物が好きという情報をかろうじて見つけたので、素手でもなんとかなる蜜柑を選んだ。

スタッフの人には、マネージャーの武田さんと、小学館の編集の酒井さんがシュークリームを用意してくれた。

シュークリームを大量に持って集合する、チーム・岸田家。緊張が走る!シュークリームが歩く!

おっ。

これがうわさの、

東映撮影所ォッ!

入り口に自転車が大量に置いてあって、びっくりした。チャリにまたがって「ちょっと昼から映画出てくるわ」とか言って出かけるんだろうか。都会はカルチャーが過ぎる。

連続ドラマの撮影は、そりゃもう大変らしい。

何ヶ月も朝から晩まで、冬でも春の格好して、ぶっ続けで撮るのだ。

そんな時にノコノコと家族でやってきて、邪魔やと思われへんかな。

「あ〜〜〜っ!良太先輩〜〜〜!」

良太先輩?






手を振りながら、こっちへ歩いてきてくれたのは。

草太役(原作では弟・良太)の吉田葵くんだった。わーッ!

「良太先輩と会いたかったです、感謝もうしあげますっ」

いや、めちゃくちゃ丁寧!


完全うちの母が「こんな子が家に遊びにきてくれたらもう、シフォンケーキとか焼いちゃう」の目をしてた。

ところで、良太先輩って、なんの先輩なんだ。人生のか。

「ん、まあ、がんばってや」

弟の先輩風が、瞬間最大風速で吹き抜けた。

葵くんが

「これ、プレゼントです。ぼくが選んだ、ハンカチです」

と、袋を渡してくれた。母がシフォンケーキを焼き始めた上に、棚の肥やしになっとるウェッジウッドのティーカップで紅茶も淹れる頃合いである。









そのあと、撮影が終わった錦戸亮さんが外へ出てきた。

「どうもこんにちはー、錦戸です」

し、し、し、知っとる!

シュッとしていた。神戸市北区にこんな人はいない。しなやかな指に光る結婚指輪を、母とともに目を飛び出させながらガン見した。

ああ、ほんまにお父さん役なんや……!

初めて錦戸さんを見たときのわたしったらまだ小学生だったから、衣装の指輪を見て、やっと実感した。

耕助役(原作では父・浩二)の錦戸亮さんだ。

プロデューサーが、錦戸さんを紹介するときに

「一家のなかではただひとりの、ネイティブ関西弁ですよ」

と言うと

「あっ、ほんまに。ほな使い手としてがんばらな。……なにをがんばるんやろ?」

とぼけて笑いながら返していてわたしは、ああこの雑な笑いは神戸市北区にもおるわ、いや顔見たらおらんわ、こんな人はおらん……を繰り返し、高低差で死にかける熱帯魚のようになってしまった。

「こ、このたびは、父にお成りいただき、ままま誠に光栄です」

謎のあいさつを繰り出してしまい、わけもわからんうちに写真を撮ってもらった。

“オトンが錦戸亮”と神戸市北区ではもっぱらの話題で、わたしちょっと得意気になっていたのだが、できあがった写真をまじまじ見ると

娘として立っているのは、緊張で顔面蒼白のビスカッチャだった。

当前だが、血の繋がりは1mlも見当たらない。父・浩二譲りの細い目が、錦戸さんのそれと三倍ぐらい違う。えぐい。










初めて訪れたドラマの撮影現場には、知らないことがたくさんあった。

この青い幕の向こうで、撮影が行われていて、

モニター越しに見学させてもらえるのだ。

葵くんと錦戸さんが手を取り合って、何度もダンスをしている。

席から立ち上がって無邪気にダンスをしては戻り、しばらく間をあけて、何度もそれを繰り返す。リテイクとは違う。

プロデューサーに聞くと、別方向から同じシーンを何度も撮っているそうだ。

「ドラマでよくある撮り方なんですか」

「あるっちゃありますが、どっちかというと映画っぽい撮り方ですねえ」

モニターを見ながら、たしかに映画みたいだなと思っていた。雰囲気とか色合いとか、これから調整されるんだろうけども。ああ、良いなあ。

演出の大九明子さんは映画監督だけど、撮り方も変わるんだろうか。

そして七実役(原作では奈美)の河合優実さんと、ひとみ役(原作では母・ひろ実)の坂井真紀さんの表情を見て、圧倒された。

ちょうど高校生の七実にとって良い発表があって、ひとみがそれを聞くというシーンだった。たった十数秒のシーンに「喜び」でも「驚き」でも言い表せられない、複雑な感情が詰め込まれている。

なんて言ったらいいかな。

水を張った器に、インクをぽつぽつ垂らして、ゆっくりかき混ぜるような表情だ。喜びにニヤけてしまうけど、相手の心境を思って引き返し、遠くを見ながら何年もの過去を思う、という感情のグラデーションを、目だけで演じている。

これは文章では、表現できない。

台本に指示があるのかなと思ったら、なんと、台本には“感情”が書いてないというのだから、びっくりしちゃう。あるのはセリフだけ。想像力!

坂井さんは「わあ、初めて会った気がしないですねえ」と、やさしく微笑んだ。クッキーも大喜びでInstagramに載せてくれた。うれしい。

坂井さんに演じてもらうオカンの気持ちはいかばかりかと思ったが、ポケーッと放心していた。

「あずき色……」

「え?」

「坂井真紀さん、あずき色のジャージの衣装着てた」

「着てたな」

「あれ、わたしも着てた」

「そういえば」

「むちゃくちゃしんどかった退院直後のときにおばあちゃんがダイエーで買ってきたやつや。なんでよりにもよってあずき色やねんって。すごいダサくて、涙出るほど絶望したのに、なんか着心地良くて今もずっと着てる」

「はあ」

「なんでピンポイントであずき色の衣装なんやろう。わたしってあずき色のイメージ、今でも見えてる?どないしよう、あずき色の人生なんかな」

自分からあずき色がにじみ出ているんじゃないかと、動揺しまくっていた。あずき色の人生。

「落ち着け。坂井さんはあずき色を着てても美しいやろ、そういうことや」

「なるほど」

母は納得した。するんかい。













そしてわたしは、優実さんと対面した。

NEWS ZEROの特集でお姿を見たばっかりなのに、優実さんはずいぶん幼く見えた。そこにいるのは紛うことなき高校生だ。役作りってすごい。

「あ〜〜〜っ!」

優実さんが嘆きを絞り出したので、わたしはびくっと肩を震わせた。

「これでいいのかなって毎日不安で、奈美さんにあったらいっぱい聞きたいことあったのに……うーん」

「ある、あるある、そういうのある」

今のわたしがまさにそうだ。なにを聞いたらいいか、頭が真っ白になっている。あんなに奥行きのある演技をしてもなお、河合さんは不安なのか。

「あっ、ちょっと待ってください!」

ぱーっと河合さんが走って、だーっと戻ってきた。

「サインしてもらえますか」

渡されたのは、台本だった。

「えっ、えっ、えっ、いいの、えっ」

ぼそぼそと言葉にならない言葉を数珠のように吐きながら、わたしが名前を書いた。きしだなみ。やなせたかしに憧れて、作ったサイン。

「わー、これでがんばれます」

サインを指先でなでながら、優実さんが笑った。胸の奥がキュッとなった。母は二個目のシフォンケーキを焼きそうな目をしていた。

わたしもあわてて、自分の台本にサインしてもらった。ユニフォーム交換みたいだなと思った。称え合おう。

河合さんは台本を大切そうに抱えて、

「芳子さん、お待たせ〜っ」

と芳子役(原作では祖母・弘子)の美保純さんのところへ軽やかに駆けていった。

美保さんじゃなくて、芳子さん。

岸田家、じゃない、岸本家の家族の名前で呼び合っている。まだ撮影は始まったばかり。ここから数ヶ月かけて、あの人たちは家族になっていくのだ。

「よかったねえ」「すごかったねえ」と言い合いながら、神戸市北区の家に帰った。

葵くんが選んでくれたというハンカチの袋をあけた。

「わっ、桃の柄や!うれしい!桃、大好き!」

母のハンカチは桃だった。あずきじゃなくてよかったね。

わたしは、

お相撲さんだった。

どんな困難も、張り手でドスコイ!

(つづく)

 
コルク