【キナリ★マガジン更新】お腹にいたのは何だったのか

 

妊娠したと思ったら流産したわたしの話、これで最後です。

宙ぶらりんの日々に心が折れかけていたわたしは、テレビで共演していた産婦人科医の藤田由布先生に、わらにもすがる思いで連絡したのだった。

『奈美ちゃん!すぐに診るから来てくださいませ!』

と言ってもらい、わたしは大阪にある『レディースクリニック サンタクルス ザ シンサイバシ』へ出かけた。

診察室に入るなり、

「よう来てくれたっ!えらいこっちゃで心配やったねえ……ようがんばったねえ……!」

藤田先生がぎゅうっと抱きしめてくれた。

『newsおかえり』のスタジオでおしゃべりしてた時がなつかしい、このあったかさ。親戚のおばちゃんちに来てもうたんかと思った。

今までのことを話すと、藤田先生は「うん、うん、大変やったね」とじっくり聞いてくれて、内診してくれた。

胎嚢の成長はやっぱり止まったままだった。流産だ。わかってはいたけど、悲しくてがっくりきていたら、藤田先生が、

「これはね、奈美ちゃんのせいじゃありまへん。絶対に自分を責めたらあかんよ」

力強く言ってくれた。

初期の流産のほとんどは、受精卵の染色体などにたまたま問題があって起こるそうだ。

「でも、わたしが薬を飲んじゃってたからかも……」

「それはね、もうちょっと週数が進んでから影響があるって言われてる薬やねん。せやから!奈美ちゃんのせいじゃ!ありまへん!」

頭ではわかっていたことだったけど、うっかりすると心がダークサイドに引きずられてしまうから、言い切ってもらえたことで少し楽になった。

いま、わたしの子宮でなにが起きていて、これからどうなるのか?

藤田先生がぜんぶ説明してくれた。

「もう少ししたら、子宮のお布団みたいな内膜がはがれてきそうやね。生理二日目よりちょっと多い出血があったら、それは自然な排出がはじまったってことやで」

「痛いですか?」

「子宮がもとの大きさに縮んでいくから痛いかもしれへん。鎮痛剤も飲んでだいじょうぶよ、ゆっくりすごしてね」

それにしても、不思議だ。生育モードだった子宮が、胎嚢の成長が止まった途端、排出モードにパッと切り替わるなんて。人体どうなってんだ。

藤田先生はどんな小さなことでも質問したら、

「おっ、それはねえ……!」

大量のプリント用紙の山から、迷いなく一枚ずつ引き抜いて、絵を描きながら説明してくれた。受けたほうがいい検査や、次の妊娠のタイミングなど、知りたかったことがどんどん安心とともに解消されていく。

聞かれれば聞かれるほど、藤田先生は嬉しそうだった。

「わたしなあ、つい説明しすぎてもうて、怒られるねん!」

お茶目にテヘペロしてはったけど、わたしは嬉しかった。





なかなか出血は、はじまらなかった。こりゃ自然排出はあきらめて、来週に手術してもらうかもなあ……まあその方が日程調整しやすいしええか……と、覚悟していた。

すると、翌日の夕方から、急にお腹が痛くなってきた。

「えっ、いま!?」

どうしても外せない出張で、わたしはビジネスホテルに泊まっていた。どえらいタイミングではじまってしまった。

生理用ナプキンでは受け止めきれない出血。おろおろしながら、ベッドとトイレを一晩中往復しながら、

「……あれ?これ、めっちゃ移動しやすいな?」

ふと気づいてしまった。

ベッドに寝転がって、起きたらすぐそこにトイレがある。最短距離。うなっても、寝たままゼリーを食べても、誰にも気をつかわなくていい。こんな時に言うてる場合か案件だが、これは棚からぼた餅的ソリューション!

寝落ちしている間に鎮痛剤が切れてしまい、

「いでででででで!」

という自分の声で飛び起きた。すごく痛い。子宮がぎゅるぎゅる縮んでいく……ってか、潰れてるんちゃうかと思うほど痛い。生理痛の比じゃない。

どったんばったん、のたうち回りながら、さすがに涙が出てきた。

……ずっとわからなかった涙の正体に、ここで気づいた。

わたしはお腹にいるものを、まだ命だとは思えなかった。心臓も脳も作られる前の細胞だ。あまりにも急で、あまりにも短くて、愛着もわかない。

悲しい、という感情は最初の一瞬だけ。わたしはみずきくんに報告した日からずっと、悔しくて泣いていたのだ。

こんなに痛いのに、しんどいのに、なんにも残らなかった。

もちろん、妊娠できる体だとわかったことや、体が無事だったことは、よかった。贅沢言ってられん。

って、そう思いたいけど、

「なんやったんや、この一ヶ月間は」

という虚無感が全速力でまくってきやがる。

人生最大のぬか喜びだった。ぬかを沼ほどに敷き詰めて、その上で陽気にランバダを踊っていた。子どもと手をつないで電車に乗ろうとか、動物園のゾウを見に行こうとか、確かな実感をエネルギーに思い描いていた十ヶ月後の未来は、立ち消えてしまった。

40時間かけてバスに揺られ、劣悪な座席で尻肉がもげる悪夢にうなされながらウユニ塩湖にきたら、干上がっていて何にも見れず、手ぶらでまたバスに乗って戻ります……みたいな、悔しさ。

しばらく天井を見ながら、オエオエ泣いていた。



次の朝になっても、なかなか血が止まらない。

ホテルのチェックアウトが迫っているのでどうしたもんかと、みずきくんに報告がてら電話してみた。

「えっ、そんなに痛かったん……?」

お葬式があるので、京都に戻っていたみずきくんは、絶句した。

「ちょっと待って。おれ、お念仏唱えてみる!」

電話の向こうから、リアル僧侶のガチ念仏が聞こえてきた。お念仏ってそんな万能なわけあらへんやろ。まったくもう。

するとまもなく、一番大きな血のかたまりが、ぬろんと出てきてくれたのだった。何が起こったのかわからず、しばらくトイレで立ち尽くしてしまった。





家に戻って一息ついていたら、藤田先生が、

「子宮の状態をいちおう見ておきたいから、もう一度来てくださいませ!」

と言ってくれたので、病院へ行った。

エコーを見ながら、

「うん、内膜も残ってない!だいじょうぶ!」

藤田先生が言った。

「……ほんまにもう空っぽなんですね。あんなに痛かったのに」

あーあ。悔しい。こんな思いするぐらいならしばらく、妊娠したくないな。あの強烈な虚無感がまた襲ってきた。内診台の上で、干からびた魚の目をして天井を見つめていた。

ところが、予想もしてなかったことが起きた。

耳に飛び込んできたのは、藤田先生の声だった。


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