【キナリ★マガジン更新】平成のニュータウンがビンゴひとつで熱狂し、消滅する夏
もし、なにかの手違いで、
「岸田よ、朝ドラの脚本を書け」
と命じられたら、タイトルだけ
は決めている。
連続テレビ小説『びんごっ!』
まとまりのない静かな街を、ビンゴひとつで盛り上げていく、少女の平成活劇!これだ!これしかない!
ええ、そうです、わたしの実話です。
ビンゴという奇跡に出会ったのは、6歳の時だった。
神戸の山をモリモリ切り開いて誕生した、平成狸合戦ぽんぽこみたいなニュータウンがわたしの故郷。
ニュータウンあるあるの「青春が丘」や「輝き台」という、文化祭かよ!な希望に満ちあふれた名前がつけられた街。
希望はあるが、伝統がない。
伝統がないと、街はどうなるか。
祭りが……ない……!
神輿や獅子舞を知らない、幼少期。
600もの部屋になんと3000人が住む、山の巨大集合マンションがわたしの家だった。
ある日、ポストにチラシが投函された。
『マンション夏祭りをはじめます』
希望は紙でもたらされることを知った。
生活に全振りしたニュータウンで、ミョウガのごとく毎年ニョキニョキと生まれてくる子どもたちのために、マンションが動いたのだった。
1997年、わが町に祭りが爆誕した。
高鳴る胸をおさえながら、チラシを握りしめた。
予告されていたのは、かき氷屋、カレーライス屋、スーパーボールすくい屋。今見ると、かわいいが、ショボいラインナップだ。
そして、気づく。
チラシの端に、奇妙な紙がホッチキスで留められていた。
「ママ、これなあに?」
「……ああ、これはビンゴのカードやね。夏祭りでひとつずつ数字が読まれて、どれか一列でもそろったら、当たるんよ」
「ふーん」
それが、伝説の始まりだった。
ビンゴという単純なゲームに、その夏、マンションの子どもたちは完全に魅せられた。
マンションの自治会のおじさんたちが、スズメの涙ほどの管理費でヒィヒィ準備した夏祭り。ドンキで999円で売られてそうな金色の小さなビンゴマシンに、薄汚れたホワイトボード。
糊でパッキパキのはっぴに身を包んだ自治会長は、かなり無理めなハイテンションで、
「ビンゴォォォォ↑↑↑(裏声)」
と叫び、
ミニスカと盛り髪に顔の凹凸を全て埋める化粧を施した、推定55歳のニュータウンの矢口真里が、
「シュゥゥゥーーーーート↑↑↑(酒焼け)」
と呼応した。
マシンをカラ……カラ……と指で回す時の切ない無音。
賞品も決して豪華ではなく、確か、一位は米5kgだった。
しかし、マンションの主婦たちは色めき立った。
子どもにはビニールでふくらませた剣とか、やたら使いづらい消しゴムとか。ショボくても、わたしたちは大興奮だった。
ビンゴってゲームは、よくできている。数字が読めればどんな年齢の誰だって一緒に遊べる。ただ抽選してるだけなのに、一列そろえるというゲーム性があるだけでスリリングが段違いだ。
カードに穴があいていく快感。あとひとつで「リーチ!」を叫んで、前に躍り出る優越感。
こんなワクワク、体験したことない!
一年目は、何も当たらなかった。
でも、興奮はなくならなかった。
ハズレのビンゴカードを、お守りのように持ち帰って、同じマンションの友人であるあゆちゃんと誓った。
「来年は絶対、当てようね!」
「うん!毎日お祈りするわ!」
無宗教に信仰心まで芽生えた。
ビンゴ教の台頭。
ひと夏の娯楽であったはずのマンションビンゴが、あんなことになるとは思わなかった。
夏祭りは、またたく間に評判となった。
人気の正体は、やはりビンゴ。シャバい夏祭りになど興味がなかった高齢の入居者たちも、わらわら参加するようになった。
参加者が増えると、自治会費も増える。
三年後。
「今年の一位賞品は……プラズマテレビだあ〜〜〜〜ッ!」
自治会長のマイクが、マンション中に轟いた。
プ……プラズマテレビ……!?
プラズマという響きに、子どもたちは色めき立った。全体的に偏差値が低いので、プラズマが一体どういう技術なのかは一ミリも知らない。当時の『星のカービィ』で、人気のコピー能力がプラズマだった。なんかこう、手から、緑のボヤッとした光を飛ばして、敵を倒すやつ。すげえ。あのプラズマだ。
二位以下の景品も、大幅なアップグレードを遂げていた。
出席率もハンパなく、広場に3000人もの大群が入りきらず、各家庭のバルコニーから観戦する大人もいた。圧巻だった。
当たったら、天空のバルコニーから、
「ビンゴォォォォォォォォ!!!!!!!!!!」
と叫び、己の子どもに階段を猛ダッシュさせ、賞品を取りに行くのである。負けたら、ハズレのビンゴカードが天を舞ってフィナーレ。
まるで、九龍城。
スラム街の祭り。
ビンゴカードはあらかじめマンションの住人にだけ配られている。閉鎖的な祭りゆえに、わたしたちは、小学校で優越感を得る。
別の地域に住む同級生から、
「なあ……お前らんち、なんか、ビンゴ?とかいうすげえことしてんだろ……?」
夏休み明けに、真偽を確かめられることもあった
「うん!わたしなんて、ニンテンドー64当たっちゃった!」
「うえーっ!」「マジかよ!」「やべええええ!」
言い返す時の気持ちよさったらない。優越感が永久歯のように生える。
こうして、ビンゴの噂はマンションを超え、ニュータウンをにわかに駆け巡った。
翌年、マンションの自治会では、大きな決断がくだされた。
祭りの開放。
わたしたちの祭りは地域に求められていた。遠くに住む親戚を呼びたいという声もあったので、開放には住民も賛成した。
ただし、住民がおさめている自治会費の恩恵を、住民が受け取れないのはおかしい。ということで、ヨソの人たちは有料で参加できることになった。
かき氷100円、カレーライス200円。
良心的な値段だ。
そして、ビンゴも。
カードが200円で売られることになった。
こういう時の子どものアホすぎる機動力を、なめてはいけない。山の向こうの隣村から、チャリの列が押し寄せた。
「あの山を越えたら、ニンテンドー64が当たるらしい」
インターネットも携帯電話も普及していない時代、出どころもわからぬこの噂だけを頼りに、真夏の険しい山々をチャリで越えてくるのだ。決死の大冒険。低学年などは辿りつけず、泣く泣く挫折して、警察に保護された迷子のガキンチョが10人や20人いたとも言われる。
高学年の男子などは、この日のためにお年玉をがっぽりと貯め、ビンゴカードを何枚もまとめ買いする。計画性があるんだかないんだかわからない。
数字がよく見えるステージの真ん前に陣取り、カードを地べたにズラッと並べ、真剣に穴を空けていく様はプロ競馬予想師のそれであった。
目玉商品をよそ者にとられたくまい一心で、マンションの住人たちもビンゴカードを追加で買うようになった。
ビンゴカードの売上はユニコーン企業の株価のような急上昇、それに伴って設備も急速に整っていった。
ビンゴマシンは、巨大に。数字を表示するボードもお前それ豪華客船のカジノからパクッてきたんかと思う電光掲示板になった。
「ビンゴ〜〜〜♡シュ〜〜〜〜〜〜ッ♡」
と叫ぶ矢口真里も、またたく間に洗練されていき、初代矢口真里からボディの縦幅が二倍に伸び、横幅は二分の一に縮み、年齢も20代まで若返った。
自治会長の顔には明らかな精気があふれ、黒光りしていた。
ビンゴは不老不死をもたらす。
さて。
ここまで規模が急速拡大すると、何が起きるか。
ビンゴのインフレである。
増え続けるカードの流通量に対して、景品の数が追いつかず、最初の5玉の抽選で当選者が決まってしまうという、爆速ビンゴ大会と化した。
凝縮した熱量は、いつ爆発してもおかしくない。真夏の夜、たった10分の饗宴がマンション中を席巻していた。ビンゴの盛り上がりは臨界点に達した。
———時は流れ、夏祭り発足より十年目。
その夏、わたしたちは伝説になった。
『今年の優勝賞品はーーーーーーッ!なんと、なんとなんとなんとなんとーーーーーーーーーッ!』
自治会長の叫びは、血管ブチ切れ寸前で轟いた。
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