【キナリ★マガジン更新】【小説】聖母の天職(7-メンズ地下アイドルHAGUMUの証言)

 

あらすじ 探偵・相沢たくみに「婚約者の仕事を調べてほしい」と依頼する御曹司。聖女のように可憐で清楚な恋人の職業は———借金の取り立て?証言を重ねていくたび、奇妙な彼女の人生が浮かび上がってきて……。全8話完結、第1話はこちら(装画は星野ちいこさん、本作のための描き下ろし)

居酒屋で小岩藤がぽろりと言った特徴で検索すると、ピンク色の髪がぱっと映えるSNSの写真が目に入った。アカウント名は「HAGUMU(はぐむ)」。

メンズ地下アイドル。いわゆるメジャーデビューしておらず、地下のライブハウスで活動している男のみのアイドルグループだ。写真のHAGUMUはネオンカラーのレースのついたシャツに身を包み、化粧もしている。フォロワーは350人、まだ駆け出しか。

『ナブディス・フィナンシャル・エスの川野さんのお知り合いですか?』

DMを送った。続いて、もう少しくわしい口実を打ち込んでいると、10秒も経たずして既読がついた。

『あなたも彼女を知ってるんですか!?!?!?!?』

絵文字の連打。これまでで一番、話の早い相手だった。

翌日、待ち合わせには烏丸御池のイノダコーヒ本店を指定した。ほどよく観光客でにぎわっているし、洋館風の別館は大きな窓際の席が落ち着く。昼間から派手な髪の男と長居しても目立ちにくい。

「あの……DMくれた人ですか……?」

振り向いて、少しおどろいた。写真とは違って黒髪のHAGUMUが立っていた。それに思ったよりも身長がずっと小柄だ。黒目がちで潤んだ瞳と、ツンと上を向いた小ぶりの鼻が不自然なほど彼の無防備な幼さを際立たせていた。

日時 2025年6月5日10:00
場所 イノダコーヒ 本店
対象者 HAGUMU 本名:尾北 萩夢 (22歳)



あっ、えっと、注文……ぼくも同じので。えっ、ここってコーヒー苦いです?うーんと、じゃあすみません、やっぱりクリームソーダにします。

それで、川野さんは?お元気にされてますか?まだあの会社で働いてるんですね?

よかった……!

お兄さんが川野さんのことを調べてるんですね。……いや、理由なんかなんでもいいです。ぼくはずっと川野さんのことを話したかったんで。聞いてもらえるだけで嬉しいんです。

はい、そうです。ぼくの借金を回収してくれたのが川野さんです。

ぼくは長野の山奥の出身で、高校を卒業してすぐ大阪に出てきました。声優の専門学校に入ったんですけど、うまくいかなくて。遅刻とか忘れものばっかりで、課題も締め切りに間に合わなくて。地元でもこっちでもずっと落ちこぼれでした。

どうしてみんなにできることが、ぼくにはできないんだろうって、ずっと思ってました。

バイトもすぐクビになるしお金もなくて。でも同級生に嫌われたくなくて、ご飯おごってたりしたら、あっという間に底をついて。だって、そうしないと、グループ発表に入れてもらえないから……。

アパートの電気も止まった日、どうしようどうしようって眠るのが怖くなって、夜のなんばを歩きつづけました。そしたらスカウトされたんです。

ボーイズバーで働きはじめて、系列のメン地下にも入って。チェキとかグッズのバッグでお金がもらえるって聞いて、想像してたよりずっと少なかったけど、やってみたら楽しかった。最初は。

競争が激しくて。ちょっと顔が良くて歌がうまいなんて当たり前だから、もっと努力しないと上にいけないよってマネージャーに言われました。

「ええか、HAGUMU。いまのお前のビジュじゃまだカワイイ男の子止まりや」

「うええっ?先月はチェキ売上2位だったし……カワイイって言ってくれたらうれしいけど……」

「そんなんじゃダメや。ファンに『この子はわたしが養ってあげなきゃ!明日の夜ご飯は道端のタンポポになっちゃう!』と思わせるほどの圧倒的なバブみがいる」

「タンポポなんて食べないですよお……」

「お前が本気で生存能力ゼロの赤ちゃんビジュになったら、ボーイズバーのほうも繁盛する。うちじゃめずらしいタイプのキャストやからな。母乳という名のシャンパンタワーをおっ建てるために、よう考えてみ」

……いや、まあ、だいぶクセあるマネージャーでしたけど。でも実際、男でも勢いある子はキャラ立ちっていうんですか、整形もがんばってて。

先輩からも「若くて体力あるうちにやっときなよ。学生ならダウンタイムも休めるんだから、こういうのはタイミングだよ」って言われて、じゃあカウンセリングだけ……って病院を紹介してもらったら、その場で契約まで。

手鏡を持たされて、先生が顔にペンでスルスルーッと書いてくれるんです。ちょっと整えたら、本当に生まれ変わるような気分になれて。最初は目の切開で、次に鼻の人中短縮。

そそ、ここです。えへへ。うん、すごく怖かった。顔のお肉を切るんだもん。払えないぐらい高いし。でも、悩んでるヒマもなかったです。

「HAGUMUには舞台がもう用意されてるんだから、一秒でも若いうちにいけるとこまで上り詰めるべきや。これは投資なんやで」

って。

ぼく、お金を使うことしか知らなかったから、投資って聞くとやる気が出ました。クレジットカードも作れなかったけど、病院が提携してる医療ローンっていうのがあって、こんな簡単に組めるんだって感動しました。

そのあとも脱毛とか、美白とか、すすめられたらどんどん。

いま思えばおかしかったと思います。……でも、ただふつうの幸せになりたかっただけなんです。みんなと同じように褒められて、自信を持って生きたかった。なんでこうなったのか、ほんとわからなくて。

パンクして、催促の電話が来るようになったのが去年の春です。

毎日きつく責め立てられて、苦しくなって夜に病院へ駆け込んだら、ただの過呼吸って面倒くさそうに言われて帰されました。入院させてもらえたら返済も待ってもらえるかもってちょっと期待したのに、時間外の診療代すら払えなくて。

お腹がすいて福祉の窓口に行ったら、

「まだ若いんだから働いてくださいよ」

「ちょっといま体調が悪くて……学校もあるし……すぐ返さないと怒られるお金もあるんです」

「じゃあ、まずは親御さんに電話ですね。というかご実家があるんなら、帰られたほうがよくないですか?ここで申請するよりもずっと早いですよ?」

きつかったですね。

ぼくのお母さんは……なんていうか、ぼくが失敗しないように、笑われないように、ぜんぶ先回りしてくれる人なんです。靴ひもを結ぼうとしても「貸して」って、宿題が終ったら「見せて」って。何かしようとすると、手が伸びてきて、サッサと直されました。

……はい、きついです。わかってくれますか?そう、みんなは優しいお母さんって言うんです。でも、ぼくは何もできないって思われてるってことだから。

ひとりでやってみて、ちょっとでもうまくいかないと、お母さんはものすごく悲しい顔をするんです。怒ったりはしなくて、ただ、

「またできなかったの?かわいそうに。誰に似ちゃったんだろうね」

離婚した父に似てるって言いたいんですね。お腹のここらへんがギューッとなって、吐き気がして、動けなくなる。痛いし苦しいのに、ぼく、透明になっていくみたいでした。

戻ったらもう一生、実家から出られないと思います。

でも、こっちにも味方はいなかった。ぼくがバカだから何もかもダメになるんだって思うと、人の視線が怖くて、アパートから出られなくなりました。

そしたら、留守電に女の人の声が入るようになったんです。

『もしもし、ナブディス・フィナンシャル・エスの川野と申します。ご返済が難しいようでしたら、まずは身の回りでお困りのことから、ゆっくりお話をうかがえればと思いますので、いつでもお電話ください』

なんの電話だろう?借金のこととは思えないな?ってぐらい、優しい声が留守電に入っていて。いまもお守りで保存してます。聞きますか!?

……ねっ?なんか天国から聞こえる声みたいでしょ?

ただ、かけ直す勇気はなくて、何度か無視してたら、スマホをいじっている時に間違えてボタン押しちゃって。

『ああ、よかったあ……つながった!ずっと心配していて』

「すみませんっ、すみませんっ!お金ならかならず!」

「ちがいます。わたしはあなたの身に何かあったんじゃないかって心配してたんです」

信じられなかったんですが、本当にお金のことじゃなくて、ぼくの話をずっと聞いてくれました。

「そんなにお若いのに、今まで誰にも相談できないなんて、心細かったですね……」

真っ暗な部屋で、涙が止まりませんでした。川野さんがとりはからって、返済をいったん待ってくれて、

『まずは落ち着いて。うちのことは忘れていいので、いま手元にあるお金で電気だけでもなんとか先に払ってしまってください』

『そ、そのお金もないんです。バーに出勤しないと……明日からじゃないとシフト入れてもらえないし、返済もってなると……』

『かまいません。バーは日払いですか?時給おいくらですか?』

『日払いで、時給は1600円で終電まで、あとドリンクバックがすこし』

『わかりました。では、二日間だけなんとかがんばっていただけますか?それですぐに電気代を払ってください』

『返済しなくていいんですか?』

『暗いお部屋にいたら、どうやっても暗い気持ちになってしまいますから』

やらなくちゃいけないことで頭がいっぱいだったのに、まず電気代だけって思ったら、気が楽になりました。体はだるかったけど、二日がんばって出勤して、電気がついたら真っ先に電話しました。

「おつかれさまです!じゃあ今日ははやく寝て、また朝にお話しましょう」

そしたら本当に朝、電話がかかってきて、

『今日はお天気がいいですね。せっかくの早起きですし、お散歩なんてどうですか?』

『や、行きたいところないし、朝苦手なんで』

『そうですか。ところで最近はお野菜食べてますか?』

『……野菜も嫌いなんで』

『あらら。アイドルって肌管理?でしたっけ?がんばらなくちゃだから、野菜が苦手だったら大変ですよね。ビタミンCといったら、コンビニでオレンジとレモンのスムージーが出たってバズってました』

『へえ』

『それを一本だけ買いに行くのはどうでしょう?』

『……それぐらいなら』

『よかったあ!じゃあ夕方にまたお電話しますから、おいしかったか教えてください。約束ですよ』

『わざわざそこまでする意味なくないですか?』

『わたしもスムージーが気になってたんですが、360円は自分で試すにはちょっと高いなあって躊躇してたんですよ。だから、これは人助けだと思っていただいてけっこうです』

最後まで返済の話がなくて唖然としました。でも言われるがまま外に出たら、何日かぶりの日ざしがすごく気持ちよかったのを覚えています。

通話時間ですか?

いつも5分ぐらいです。でも、川野さんは毎日かけてくれて。

最初は申し訳なくて、すぐ切ってました。どうせそのうち見捨てられると思って。でも小さなこともいっぱい褒めてくれて、なんでも話を聞いてくれて、気がついたら仲良くなっていきました。

『今朝は声が明るいねえ。どんどん健康的になってきたんやない?』

『昨日の夜はライブ終わりに歩いて、銭湯に行ってみたんです』

『えっ、ライブて、心斎橋やんね?待って、銭湯あるの?知らなかったあ……!』

『お風呂が好きなんですか?』

『んー……きらい……めんどくさいし。内緒だけどね』

『わかる。ぼくも風呂キャンがデフォです』

『でも、泣きそうになりながら髪洗って、いざ、ザッパーンって湯船につかると、入ってよかったあって心底思うんだよねえ。その愚かな繰り返しでなんとか生き抜いておる今日この頃です』

『あははは。川野さんが言うとおかしいなあ』

『だから昨日、お風呂に入ったHAGUMUくんはそれだけでもう120点だよ。えらいねえ』

えらいなんて、言われたことなかった。

将来を考えるのは相変わらず憂鬱だけど、とりあえず明日さえ乗り切れば、川野さんに報告できる。楽でした。ひとつのことに夢中になれば、一日は早く過ぎてくれるんですね。

ちょっとずつ返済の計画の話にもなりました。いやな気持ちはなかったです。むしろ、ずっと迷惑かけてたからホッとしました。

『返済の期日だけど、いつ頃なら最初の一歩が踏み出せそう?』


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