【キナリ★マガジン更新】書き留めるための味方たち
前回は書き留める理由だったので、今回は書き留める習慣について。
なんでもかんでも逃すまいとして、慌てふためいているわたしに、いったん話忘れてええでなと言うつもりで、書き留めている。脳の外付けHDDだ。
宿題も部活も、なーんも続けられんかったわたしが、2019年に作家という看板をオリャーッと掲げてから、ずっと続けられている。ちょっとうれしいので、聞いてもらいたい。
わたしの味方は、1冊の手帳と、3冊のノートと、2件のアプリです。使い道が全部、違います。ややこしや〜!
ノートはこれで持ち運ぶ、ドラえもんの体重ぐらい重い
目次
エッセイメモ(Simplenote)
読んだノート(A5サイズノート)
LOVE図鑑(スクラップブック)
創作指南書(MOTHERノート)
やることなすことリスト(ほぼ日手帳)
インタビュアー見習い(Chatgpt)
おまけ 消費者金融のマリア
エッセイメモ(Simplenote)
これが一番、書く量も、書く頻度も多い。
エッセイメモと名づけてるけど「エッセイ=この目で見た現実」ってことにしてるので、見かけたり、思いついたりしたことは、残したいと感じた瞬間になんでも書く。歩いてる時は音声入力もする。
5年間で17万文字に増えてた。もうクセになってんだ、これ書くの。
写真に映ってる箇所は、わたしが先日体験した、
「深夜、新神戸駅からタクシーに乗ったら、高齢で仏頂面の運転手さんが、ずっとひとりで喋っている。こわい。よく見たら、隣車線を並走している別のタクシーに、激しい身振り手振りを送っていた。もうひとり、もうひとり、と言っている。別のタクシーの若い運転手さんは何のことかわからないらしく、何回も聞き直し、結局、途中で停車して、トランクを開けはじめた。中は空っぽで、首をかしげていた。置き去りにして通り過ぎたが、わたしはいよいよ、こわくてたまらなくなった。なんだろう、この運転手さん、憑き物でも見えてんのか。それともおかしな人なのか。実家に着いて、お金を払いながら、思いきって聞いてみたら、運転手さんが笑いながら教えてくれた。
『新神戸駅のタクシー乗り場に、お客さんが並ぼうとするのが見えたんで。寒いし夜だから、もう一台、はやく迎えに行ってあげなって、同じ会社の仲間に無線しなよって言いたかったの。ぼくは個人タクシーだから』って。」
という話である。
寒くて、眠くて、これを一体どうすればいいかはわかんなかったが、とりあえず走り書きしておいた。
後から読み返したら、この時のわたしの感動とは、おじさんを誤解していたことへの後ろめたさと、なーんだ……という安心と、よく気のつく優しい人と出会えた喜びの複合体だったということがわかった。
これをエッセイにする時もあるし、誰かがタクシーの怪談をはじめたら繰り出す時もあるだろう。
iPhoneの「Simplenote」というアプリ。PCとスマホ、どちらからも使う。最初はデフォルトでインストールされてる「メモ」を最初は使っていたけど、PCで開いたら落ちるようになった。早く起動できて、PCとスマホから見られて、自動保存できれば、なんでもいい。
ちなみに「Simplenote」も「メモ」も、ページごとに名前をつけて、使い分けられる。
わたしは「エッセイメモ」の他に「例え話」もあって、なんかおもしろい言葉や表現を見つけたら「大きい:石原裕次郎のお見舞いのメロン」みたいに、形容詞と単語で残してる。
たまに見返すと、くだらなくておもしろいんだけど、令和ロマンのくるまさんが同じことをやってると知って、なんか嬉しい。抜群の例え話ができると、話が宇宙的に気持ちよくグングン広がっていく。
読んだノート(A5サイズノート)
いい本を読んだあと、ほくそ笑みながら書く。
たとえばこれは頭木弘樹さんの『食べることと出すこと』を読んだときのノート。
すばらしかった一行や考え方を、著者に申し訳なくなるほど、乱雑に書き残す。自分だけが読めりゃあ、ええので。
本をめっちゃ読むんですけど、めっちゃ忘れるんです。読んだことも、面白かったことも感情で覚えてるのに「なにが書いてあったの?」って知識を聞かれると、正確に言えなくなる。
人と話してる時に「あーッ!この人がおっしゃってること、言葉は違うけど、似たようなことが本に書いてあった!誰だっけ!うわーッ!いま教えられたら、もっと話が広がるのに!」と、悶絶する時もしばしば。
もっぱら、会話や執筆の最中に、本を紹介したくなった時に開くのがこのノートです。
で、内容の一部を本から書き写してまとめるだけではなく、書きながら思いついた自分の話とか、言い換えとか、著者さんに聞きたいこととかも、鉛筆で書き入れる。
著者さんと頭の中で会話してるみたいで楽しく(本当は直接、お話したいけども)、本を土壌にどんどん連想や思いつきが広がり、次に読みたい本のテーマが見えてくる。
このノートを読み返しながら、頭木さんが書かれている数々の言葉に「悲しみの解放」と戦う姿を改めて見つけて、恐れ多くもわたしの『もうあかんわ日記』の文庫版の解説を、依頼させてもらった。
書いていただいた「逃げ出さないナミップリン」という解説で、『食べることと出すこと』の対になりうるかもしれない絶望本のポテンシャルを、笑い泣きするように引き出してもらえて、うれしかった。
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