【キナリ★マガジン更新】そんな話は最初からなかったんや
途中で「ん?」と引っかかる人がいるかと思いますが、化けの皮がまもなく剥がれるまで、どうかそのまま、読みすすめてください。
メジャーリーグの開幕戦が、日本を騒がせていた。
ドジャースと阪神タイガースがぶつかるその日、わたしは京都で仕事の打ち合わせで、テレビ中継を見れなかった。
人だらけの河原町では、
「うわっ!大谷はじまっとるやん!」
「はよ帰って、大谷見なあかんのに……」
すれ違うたびに、聞こえてきた。野球という言葉はもはや消え失せ、大谷に宇宙的収縮しているらしい。
信号待ちでSNSを開けば、そこも開幕戦一色である。
その中で、ひときわ、目につく投稿があった。
“ドジャース VS 阪神戦、ホームランボールを手にした男性が少年に「ぼくが持ってるよりもいい」”
なん……だと……?
タイムラインをスワイプすると、出るわ、出るわの大騒ぎ。
“ホームランボールをキャッチしておきながら、前の子どもにホイッてあげてた人、今日のMVPだろ!”
“子どもに迷わず渡せるなんて、優しすぎるよ”
野球ファンが撮った写真には、神奈川県から駆けつけたという、くせ毛にメガネ姿の中年男性が、気恥ずかしそうにほほ笑んでいた。
河原町の信号が青になって、赤になって、また青になるまで、わたしは棒立ちしていた。あふれ出る興奮が、わたしの腹の底あたりで火力発電し、目の端に涙のような汗のようなものがにじんだ。
大谷翔平の……ホームランボールを……迷わず少年に……あげる……だと……?
わたしは、美術館の絵画よりも、竹田城跡の雲海よりも、言葉にならぬほど美しいものを目の当たりにして、足元が揺らいでいた。
そもそも、ドジャース戦の東京ドームなど、席にケツをつけるだけでも、至難の業である。あの温厚な尾木ママも、目を血走らせて応募していた。
こんな宝くじ級の倍率をくぐり抜けた者ならば、己の幸運を噛み締めながら、誰しもがおかわりを願うはずである。
「ここに大谷翔平のホームランボールが、飛んできたらな……」
と。
そんな状況で、本当にホームランボールが飛んできたのだから、現場はどれほどの騒ぎだっただろう。夢にまで見たような光景と歓声の中で、とっさに、ボールを譲るなど、できるだろうか。
わたしだって、善くありたいと願って、生きてきた!ちょっとした行動と引き換えに、だれかの人生を変えられるほどのヒーローになれるならば、いつだって飛び出す勇気だけは胸に秘めて、生きてきた!
でも、だめだ。
観客席にいる自分を何度想像しても、とても、できる気がしない。右手に大谷翔平のホームランボール、前には目を輝かせている少年。
全然、目をそらしますね!わたしは!
フイッと !いかせていただきます!
想像の中のわたしは、優先座席で寝たフリをする外道のように薄目を開けて、ほくそ笑んでいた。
すまねえ、少年よ。でもわたしだって、そんな、一発で末代まで家宝になりうる、持ち運べるタイプの博物館建立みたいなボール、手放せないよ。
ところがどっこい、あの男性はどうだ!やってのけた!
少年にボールを渡すまでの数秒間で、彼が、いったいなにを思っていたのかを考えるだけで、たまらない。写真ではにこにこしていたけど、ほんの少しでも、その胸に後悔はうず巻いているのだろうか。
ああ……。
少年と目が合ったとき、彼の時間は、止まったんだ。きっと。家に残してきた(知らんけど)家族が、ホームランボールを目にして、ばんざいして喜ぶ姿も、くっきりと頭に浮かんだはずなんだ。
疎遠になってた親戚だって(知らんけど)全国からこぞって、連絡してきたにちがいない。彼の住む村(知らんけど)は、ずっと寝たきりだった長老も震えながら十年ぶりに起き上がって、飲めや騒げやの祭りを繰り広げるであろう。
燃えさかる祭壇の前には、村で採れた色とりどりの木の実、ドジャースのユニフォームを着た村娘が舞い踊る。そして、村人たちにうやうやしく差し出される、大谷翔平のホームランボール。
かくして、彼は村に球状の幸福をもたらしたのである。来年の稲穂も実り、縁起が良いと近隣の大名も列を成して訪れ、村は彼のおかげで末永く繁栄し、家名も石板に刻まれたという。(知らんけど)
そんな未来のif……まで、数秒で、浮かんだはずなんだ。
下世話ではあるが、彼が直面したであろう、金銭的価値にも触れておかねばならない。昨年の秋ぐらいだったか、大谷翔平の50号ホームランボールが、3億889万円で競り落とされた。3億889万円やぞ。
いや、まさか、売るはずはなかろう。でも、それだけの価値という証明は覆せない。
このホームランボールを、見ず知らずの少年に譲れるかどうか。人生最大級の選択である。頭に流れるのはMr.Childrenの「HERO」で、十中八九、確定だ。
ところで『文七元結』という落語がある。
博打でスッカラカンになった父・長兵衛のせいで、食べるものに困った娘が、ついに吉原の店へ身売りした。長兵衛が店へ駆けつける 道中、橋で身投げしようとする青年・文七に遭遇。娘を取り戻すために必要な金を、長兵衛は文七に渡してしまう……。
江戸っ子らしい人情話だけど、どうやら、落語家によってこの長兵衛の感情の表現が変わるらしい。
長兵衛が文七の純粋さに共感して、なんとかして助けてやりたい!と潔く表現する落語家もいる。でも、長兵衛が「あーっ!くそーっ!ちくしょーっ!」とさんざん苦しみながら、しゃあなし渡してしまうと表現する落語家もいる。
この解釈のちがいを『思いがけず利他(中島岳志 著)』という本で知ったとき、わたしは、後者の長兵衛に胸を打たれた。
どうしようもない人間が、思わずやってしまうどうしようもなさの肯定。おおいなる不可抗力の優しさ。ああ、これだ、わたしが尊敬するものは。
大谷翔平のホームランボールを譲った男性へ、わたしは勝手に、己の理想を重ね、尽きない称賛を投じた。生きる南無阿弥陀仏だとすら思った。
あいや、あっぱれ!
この興奮冷めやらず、河原町で合流した友人に、わたしは話した。それはもう、話しまくった。
「なんやねん、そのええ話!生きててよかった!」
そいつもしっかり、泣きべそをかいた。それでこそ友よ。
「あんたやったら、どうする?ボール渡せる?」
「連絡先も一緒に渡そうかな。触りたくなったら、家まで行ってもええかなって。友情成立するし、粋やない?」
「いやいやいや!逆にダサくない?」
この話題だけで、二時間は話したと思う。
最終的に、噂を聞きつけた大谷翔平がこの男性のもとを訪れ、金色のボールと銀色のバットを手渡し、背中の両翼をはためかせ、七色に透ける羽を散らしながらロサンゼルスの大空を飛んでいく架空のエンディングを作った。
「うちらも、こんな風に、大谷翔平のホームランボールを譲れるような大人に……きっと……なろうな……!」
わたしと友人は、固く手を取り合って、京都の夜に別れた。
翌日、友人から電話がかかってきた。
「サトテルのホームランボールじゃねえか!!!!!!」
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