【キナリ★マガジン更新】性格が悪いまま報われる木根くんが大好きだ

 

20年間、ずっと好きな男がいる。

木根 竜太郎(きね りゅうたろう)。

野球漫画『H2(エイチ・ツー)』の脇役である!

ちなみに上記の表紙は木根くんではない。

ハイこれが木根くんのご尊顔だよ〜って引用できる公式の絵がない。なぜなら木根くんは本当に脇役なので、表紙にも描かれていないのである。

ぐやじい……ッ!

いまから書くのは、木根くんへのネッチョリめな好意をじっくりコトコト煮込みすぎた結果、作者のあだち充先生にお会いすることになった女の記録です。

……なんだってェ?



木根竜太郎とは?


千川高校 野球部 背番号8
ポジションは中堅手(センター)
(投手でもあるが、後述のバケモンがチームメイトなので登板少なめ)

ナルシストを感じさせるロン毛にセンター分けの前髪、対して小物を匂わせるツリ眉に三白眼。どこからどう見てもTHE・当て馬。

自称は
『走・攻・守・顔の四拍子そろった男』

他称は
『ホラ吹きでスケベでかっこつけの借りた金は返さない男』

ひどい!

しかし、初期の木根くんは本当にひどい!

『H2』は野球漫画なのに、初期の木根くんはそもそも野球をしていない。野球をバカにして、サッカーをしている。

丸刈りまみれの野球部より、シュッとしたサッカー部のほうがモテるからである。なんという清々しいほどの不純な動機。

木根くんは、もともと球児だった。リトルリーグ(少年野球)では“小学生のくせに、やけに駆け引きのうまい”エース投手として褒めそやされ、ふんぞり返るほど期待の新星だったのに、辞めてしまったのだ。

泥臭い努力なんかしなくても、頭脳と運動神経がいい木根くんは、サッカー部でも簡単にチヤホヤされている。チヤホヤされすぎて、ちょっと、手がつけられない天狗にもなっている。

同じ一年生を平気でパシり、女の弱みを握ってデートを持ちかけ、真剣にスポーツ勝負を挑んできた相手(野球愛好会)を敬意ゼロのおふざけで弄びまくる。

性格が悪すぎる。



しかし、この木根くんという、どうしようもない男の歩みがたまんないのだ。

『H2』を読み返すことは、わたしにとって、木根くんへ会いに行くこと。

人生で心が折れたり、猛烈にさみしくなった時に、ただひとりの脇役に何十回も会いに行った。

困ったことに、木根くんの良さは、全34巻を一気に通し読みしないと、この身にわきあがってこない。

木根くんの変化は、あまりにゆっくりで、あまりにささやかだから!
連載8年かけてやーっと理解される、ややこしい男だから!

港初の夜行列車降りて連絡線に乗り凍えそうなカモメ見つめるぐらい時間を投じなければ会えない厄介な男、それが木根竜太郎。


木根くんとは

才能はあるのに、性格が悪さがジャマする人間


である。

この世でもっとも居場所を失くしがちな存在ィ〜!
放っておけないィ〜!

ちなみに、木根くんの対極が、この漫画のW主人公国見 比呂(くにみ ひろ)(天才ピッチャー)と、橘 英雄(たちばな ひでお)(天才スラッガー)のふたりである。

こいつらは木根くんより才能があって、木根くんより性格が良くて、木根くんより努力する!ダブル大谷翔平かよ!

ゆえに木根くんからは、激しくネチッこく嫉妬されている!
木根くん、あまりにも小物!

物語の序盤でevilすぎた木根くんは、主人公たちの逆鱗に触れてしまい、野球の試合でボッコボコのギッタギタにされ、サッカー部を辞め、野球部に渋々合流するのだが……

甲子園を目指すからといって、改心するとかはない!
実はミスリードで、本当は性格が良いとかでもない!

木根くんは基本的に、最初から最後まで、ずっと性格が悪いのだ!!!

どうだ、参ったか!!!!!

夏の甲子園、地区予選のベスト8を決める大切な試合でも、木根くんはずっと調子に乗ってヘラヘラしている。みんなが必死なのに、サインも見なければ、コースも狙わない。それで点を取られりゃ、捕手のせいにする。

挙げ句の果て、試合中に40℃の熱でブッ倒れる。

理由はッ……腹を出して廊下で寝てたからッ……!
圧倒的★自業自得……ッ!

木根くんの悪党っぷりには枚挙に暇がない。

(しかも物語の中盤で、広田勝利という暴力・脅迫・スパイ・買収という高校球児の枠を越えたマジモンの悪党が登場するので、木根くんは“小”悪党でしかなく、三枚目ナメられ侍の地位に甘んじ続ける)

だが、ちょっと待ってくれ!

木根くんの性格の悪さは、傷つき由来なんだ


木根くんの根っこには、曲げられないものや深く傷ついた経験がある。誰かと真正面からぶつかるのが、まっとうに評価されるのが、怖くなってしまったゆえにヘラヘラしてるのだ。

木根くんには、ふたつのトラウマがある。

ひとつは、少年野球でチームを追い出されたこと。

ずっとエースで四番の天才児でブイブイだったのに、橘英雄という怪物が入部してきてから、あっさりお株を奪われてしまった。

木根くんは監督に、

「おれを取るか、橘をとるか、ハッキリしてもらいましょうか!」

と自信満々で申し出て、監督はあっさり橘英雄を選んだ。見捨てられた木根くんは、ひとり寂しくチームを去る。

悲しすぎる。まだ小学生やぞ!

しかし、木根くんを見送る監督とチームメイトが、雁首そろえて『まんが日本昔ばなし』のエンディングの小僧みてえな笑顔で手を振っていることから察するに、木根、お前、どんだけ嫌われてたんや……!



もうひとつは、亡くなったおじいさんのこと。

小学生の木根くんの夢は「高校生になったら、甲子園へ行って、三振をいっぱい奪ること」だった。

クラスメイトはみんな、冷たく笑う。

「いつもデカいこと言って、結局最後は逃げちゃうんだから」

「――ほんと木根くんって口ばっかなんだから」

「昨日だって、一昨日だって、先週だって」

散々な言われよう!

でも木根くんのおじいさんだけは、

「竜太郎はすごいなあ、天才じゃあ」

絶対に疑わなかった。

少年野球の練習帰りにも、チームを追い出された後でも、明らかに野球への情熱を失って虫取りに興じていても、木根くんにほほ笑んでくれた。

「そっか、そっか、楽しみじゃなあ」

最後まで木根くんの夢を応援した。

きっとおじいさんは、口だけが大きくて肝心なところで泥臭く踏ん張れない木根くんに気づいていたはずなのに。

木根くんを可能性を心から信じたまま、亡くなってしまった。



これらのトラウマはやがてエンジンにも変わるのが熱いところだが、初期の木根くんのひねくれ具合の源泉はこの二つにある。

努力をしても、上には上がいる。
本気になった分だけ、負けたらすべて失う。

プライドの高さは、深く傷つきたくないゆえである。

木根くんは頭がいい。どれだけ大口を叩いても、それを叶える力が自分に足りないことをわかっている。でも失望されたくないし、なんなら自分にも失望したくないから、チャラチャラ嘘をついて、何事をもバカにして笑って、己の限界から逃げ回っているのだ。

家族の死という取り返しのつかない後悔を経てもなお、しばらく軽薄さを貫いてしまうのがリアルでしょう……!?

そうなの!
人はそんなにすぐ、変われないの!

むしろ傷つけば傷つくほど、自分と向き合うことから、逃げ出したくなってしまうのが普通

木根くんだけではない、誰もが持つ弱さだと思う。

木根くんが自信過剰なのは、自分を素直に信じるのが怖いからだ。彼の言動、行動の裏には「おれをもっと見て!」「おれをもっと褒めて!」という内なる切望が張り付いている。

自分にとって大切なものを、必死で守ろうとしている姿が、性格が悪いとされるのだ。

性格悪いまま、愛されたい。
カッコ悪いまま、愛されたい。

あんたはわたしか……?


失敬、取り乱してしまいました。

木根くんの叫びはわたしの叫びだ。否、傷つきやすいがゆえに自己愛が肥大して生きづらくなった人間の叫びだった。

わたしは野球に目覚めたことはないが、高校一年生のとき、母が入院したので、バスケ部を退部することになった。

心配する友だちに、

「まあ、あんなキツイ練習続けるぐらいなら受験勉強したほうが身になるし、退部できて清々したわ!」

と、こっそり言ってしまったことがあった。まったく本心じゃない。かわいそうなやつだと思われたくなかっただけだ。

結局、友だちづてに鬼先輩に伝わり、夕方から部室に閉じ込められ、ガチでボッコボコにされてしまった。足にまだ痣がある。

本当はうらやましかった。家族の心配をせず、部活ができる人たちが。運動神経がよくて、期待される人たちが。本当にうらやましかっただけだ。

汚いと思う。
ずるいと思う。
でも、この強がりがなければ、わたしは生きてこれなかった。

変わりたい思いと自分を認めたい思いが、ごちゃまぜになって、素直になれなかった。素直になる方法がわからなかった。


だから、木根くんに並々ならぬ期待を抱いた。

人知れずもがく木根くんが、少しずつ、ほんの少しずつ、変わっていくことに気づいたとき、目頭が熱くなるほど興奮した。

木根くんが変わるきっかけは、居場所ができたことだった。

千川高校野球部のチームメイトは木根くんの態度に呆れて、鋭角なツッコミを入れたり、邪険にしたり、まあ、強めに当たり続ける。

でも、国見を中心にチームメイトは「お前のその性格は本当にどうしようもないけど、選手としては信頼してるよ。だからちゃんと本気になれよ」ということだけは、長い時間をかけて、態度を積み重ねて、示し続けていく。はっきり言葉にはしなくても。

最初は木根くんも、スカして取り合わないし、恩を仇で返すようなことばっかしているけど、試合や練習でふざける回数が少しずつ減っていく。

(文章が長くなりすぎるのでくわしく書かないが、終盤で登場する似た者同士の小山内 美歩(おさない みほ)とは憎まれ口合戦で衝突しながらも、最大の理解者として惹かれ合う恋愛も泣ける。末永くお似合いであれッ)

最弱だった千川高校が勝ち進むにつれ、甲子園の夢が現実的になり、木根くんは毎日、投球練習に励むようになる。チームメイトに天才投手がいるので、センターの木根くんに登板チャンスなどほぼない。

出番は望めなくても、木根くんは一握りのチャンスに賭け、練習を欠かさないのだ。

誰にも見られない場所で。
誰にも本当は投げたいなんて伝えないで。

いや、見られろよ!伝えろよ!
ここでも素直になれないのが、木根くんなのだ。

選ばれない傷つきから逃れられるギリギリの境界線上で、木根くんは努力を続けた。そしてちゃんと千川高校野球部はそんな木根くんに気づいた。結局気づかれるところも、ダサくてすばらしいよ。

そして、木根くんの性格の悪さ、たとえば軽口や失敗が、緊張で張り詰めていくチームメイトたちを逆に救う瞬間も増えていく。彼の性格の悪さがもたらす影響が、物語の初めと終わりでまったく異なってくる。

やがて木根くんは、傷つくことを恐れず、かっこ悪さを受け入れ、ボロボロにもがきながら甲子園で真っ向勝負に挑むようになるのだ。

かっこ悪くなった木根くんは、最高にかっこ良かった。


とうとう木根くんは殻を破って、予防線として引いた限界を突破して、甲子園の準々決勝という大舞台で完投勝利を収める。

いったい、日本中の何人の涙を、不意打ちで枯らしたかわからない、あの名場面到来である。

主人公たちの因縁と恋愛を決着させる最終回に向けて、順調に貯めていたはずの涙を…あの木根竜太郎が…ここで根こそぎ持っていくの…!?

よかったなあ。
よかったなあ。

傷をさらけ出してでも守りたいと思える仲間と場所を木根くんが獲得する様子は、全34巻にも及ぶ物語を通読せねば掴めんのだ。メインキャラクターじゃないのに、なぜこんなにも熱く愛おしい人物が描けるんだ。どういうことなんだ。

わたしは学んだ。

他人が自分を変えてくれることはない。
でも、他人がいるから、自分が変わろうと思える。

性格が悪いことに、悩んでいる者よ。
それはもしかすると、きみが悪いんじゃない。
きみがまだ、傷ついてもいいと思える場所にいないだけだ。

その場所には、つらくとも自力でたどり着かねばならんのだ。

長い時間と小さな変化を経て報われた、性格の悪い木根くんはヒーローなのである。



さて。

前置きが長すぎたけど、ここからが本題


2024年『前橋ブックフェス』という本のお祭りがあり、2日目のトークゲストに呼んでもらった。パンフレットを読んで、目ン玉が飛び出た。

1日目のゲストが、あだち充先生だった。

わたしは呼ばれてもないのに前日の朝から乗りつけ「前橋に前乗り、なんちって(笑)」たははーと笑い、運営スタッフを怯えさせてしまった。

あだち先生の漫画の空気感そのままに進んでいくトークに感銘を受けたあと、楽屋にひっ込んでいく先生を追った。

わたしの手には、一冊の、ボロボロの漫画があった。

コンビニで買える安いペーパーバック版。

父が東京出張へ行くと、いつも空港で買って、読みながら帰ってくるのだった。それをわたしにくれるのだ。毎月一冊ずつそろうお下がりの『H2』を、わたしは夢中で読んだ。

思春期ド真ん中だったわたしは、父となにを話せばいいのか、もうわからなくなっていた。ずっと仕事で家にいないので話題も見つけられなかった。

でも、机に置かれた『H2』で父とつながっていた。父も千川高校の大躍進に夢中なのだと思うと、きっと話のわかる男なのだと思えた。

……という思い出を、なぜか、

亀田誠治さんが並走しながら聞いてくれた。


「それは絶対にお会いしたほうがいい!ぼくも手伝うよ!」

東京事変のベーシストが……?
今日会ったばかりなのに……?

楽屋に続く果てしない廊下を、ものすごいスピードで並走してくれた。一体なにが起きているのかわからなかった。ありがてえが義理が不明すぎる。

亀田さんに背中を押されて、楽屋の前で、あだち先生を呼び止めた。

かくがくしかじかで、と思い入れを説明するものの、声が震えてしまった。支離滅裂・無礼千万だったのに、あだち先生はゆっくり頷いてくれた。

「あの……それで……ご迷惑かもしれませんがサインを……」

握りしめていた漫画を差し出すと、

「これはどうして?」

あだち先生は首をかしげた。

あっ、ダメなんだこれ!
とっさに思った。

急に体がカーンッと冷えて、顔だけが猛烈に暑くなった。目を泳がせながら「すみません……」と謝るわたしに、そばにいたあだち先生の編集者さんが、

「先生はちゃんと色紙に絵も描いて、あとで送るよって、おっしゃってるんですよ」

こそっと耳打ちしてくれた。

ええーっ!?


神様の信じられないご厚意にふらつく足で帰るわたしに「よかったねえ!よかったねえ!」と、亀田さんが感激しながら付き添ってくれた。神様、二人いる?

夢なんじゃないかと思ってたが、後日、編集者さんを通じて本当にご連絡いただいた。

「好きなキャラクターは誰ですか?」

「H2の木根くん……木根竜太郎くんです……」

即答した。運命は初めから決まっていた。

届いた。届いてしまった。
神棚みたいに神々しくなった。

「あだち先生が“木根くん描いてほしいって言われたの、初めてだなあ……”って笑ってましたよ」

恐る恐る、封筒を開けた。


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