【キナリ★マガジン更新】Windows95ぐらい旅下手な夫とリアル異世界転生する(ウズベキスタン新婚旅行)
「なんで新婚旅行先がウズベキスタンやねん?」の説明はこちら。
タシュケント国際空港の外に出たら、ものすごい人だかりだった。もう23時だってのに。
全員、タクシーの運転手だ。
「タクシー?タクシー?タァクシィィィィィィ!?」
一瞬で取り囲まれた。連呼すればするほどタクシーに乗りたくなると信じて疑わぬ声量だ。やけくそサブリミナル信仰。
「250,000スム!レッツゴー!タクシィィィィィ!」
舌ペロして「しょうがねえ!まけてやんよ!」みたいに言うてるが、相場の10倍じゃねえか!
「アプリで呼んでるんでけっこうです」
身ぶり手ぶりで伝えたら、
「ここはアプリ禁止だから来ないよ!さあ、おれが連れてくよ!」
というようなことを言い返されたが、当然のごとく嘘である。
絶対に乗らねえからな!
ここでウズベキスタン旅行において、大切な情報がある。
『Yandex Go(ヤンデックス ゴー)』というタクシーアプリが、ウズベキスタン旅行では必須だ。
日本のGOみたいなアプリで、タクシーの配車も決済もできる。桁がやばすぎるスムの計算も簡単だし、金額も決まっているからぼったくられない。
しかし数日前から突然、海外からの新規登録を受け付けなくなった。日本で何度も試したが、登録に必要なショートメッセージが一生届かず、出発前は不安で眠れぬ夜を過ごした。
SNSで調べたら、何人も同じ沼にハマッて絶望している人がいた。
ウズベキスタンに到着してから、現地のSIMで電話番号を手に入れれば登録できるそうだ。それを聞いてホッとしていた。
ところが、それでもメッセージが届かない。話が違う!
SIM屋の大谷翔平(前話参照)から『my Taxi』という二番手のアプリをすすめられたが、これがまあ、台数が極端に少ない。
15分待って、やっと一台配車できた。合流地点へ歩き出したら、おじさんたちが羊のようについてきて、
「アプリの運転手はたった今、全員クビになったんだ!待っても無駄さ!」
言語の壁をこえて、意味が伝わるのはなぜだ。配車画面を印籠してやると、舌打ちして散っていった。
ところが、どんだけ待ってもタクシーが来ない。
アプリの地図を見れば、車は空港の駐車場の入口まで来ているのに。まったく入ってこようとしない。どうやら入場料がかかるため、絶対に入りたくないようだ。
そんな柴犬みたいな拒否の仕方が通用するとでも……?
駐車場はかなり広く、入口まで行くなら20分以上かかる。
電話してみたら、運転手がウズベク語らしき言葉でなにかをまくしたててきた。
ウズベキスタンではホテルでもない限り、英語がほぼ通じない。公用語はウズベク語で、第二言語はロシア語だ。翻訳アプリも日本語とウズベク語はマイナー言語同士なので、とんでもねえ誤訳をしがちだ。
「English please……」と懇願したら、ブツッと切られた。地図を見ると、車はスーッと遠ざかっていった。
そんな話あるかよ!?
フライトでズタボロになった足腰のまま、深夜の空港に取り残された。
結局、ニヤニヤしながら「10ドルでいいよ」と寄ってきたおじさんの車に乗った。相場の5倍もふっかけてきたくせに“折れてやんぜ”風を吹かされ、屈辱で泣く泣く支払った。
この間、わが夫のみずきくんは何をしていたか?
なんの縁もゆかりもないタクシーを指さしては、
「あっ!おれらを迎えにきたんちゃう!?」
突然駆け出して、怪訝な顔で無視されていた。
配車も予約も今はしてないんだからそんなワケないよと何度諭そうが「今度こそ、あれやっ!」とダバダバ走っていくのをやめなかった。どうして。
なんとかホテルに着いたら、フロントの人は少し英語ができた。
近いので適当に決めたら、思いの外りっぱだったシャムサン エアポート ホテル
明日は朝5時に出発して、国内線の飛行機に乗ることを伝えると、
「アー……ノー・ブレックファースト。ソーリー」
早すぎるから朝食は用意できないよと謝られた。
ところが、みずきくんはパァッと顔を輝かせ、
「ブレックファースト!?オー!センキューセンキュー!」
今にも握手しそうな勢いで大喜びした。
フロントの人が苦笑いしている。だから朝食は無いつってんだろうがよ、と表情が物語っている。
みずきくんはブレックファーストという単語にだけ反応し、特別に朝ごはんを作ってくれるのだと思い込んでいたらしい。
「……みずきくんって、インドに1ヶ月間も旅行してたんよな?」
「うん!大学生の時にな!」
インドのカオスっぷりったら、ウズベキスタンの比ではないはずだ。そこで一ヶ月も安宿を渡り歩いたというのだから、わたしはみずきくんのことを旅慣れた男として、全幅の信頼を置いていた。
みずきくんは田舎のお坊さんとしての素質もすばらしく、誰にでも話しかけて、助けられるタイプだ。日本ではコミュニケーションに困ったところを見たことがない。
頼れるバックパッカーだと思っていた。
「じゃあ、なんで、何にもせえへんの?」
わたしがタクシーの運転手に囲まれてもみずきくんは「うわああああ」と渦潮に飲まれたような声しかあげないし、わたしが必死で金額交渉している間もちょっと離れた後ろでニコニコしているだけだし、ちょっと目を離すといかにも怪しい押し売りや物乞いについていこうとする。
「おれは、言葉が通じひんところやと、全然あかんねん」
「えっ!?」
「目の前の人が言うてることに、はー、とか、ほー、とか、合わせることは得意やねん。でもそれは言葉ありきやから。言葉がわからんと、なんも出てこおへん」
つまりみずきくんは、オウム返しがものすごくうまいだけの男だった。
「あと、海外にきたら慣れへん景色やルールがいっぱいあるから、歩くことだけで頭のメモリがいっぱいいっぱいになって、それ以外のことができへんくなる」
ポ、ポンコツじゃねーか!
無関係なタクシーに飛びついたのも、ブレックファーストにだけ反応したのも、脳が処理落ちしていたからである。なんてこった。Windows 95みてえな男を連れてきてしまった。阿部寛のホームページぐらいしか見れやしねえ。
「そんなんでどうやってインドを渡り歩いた!?」
「一緒に行ってくれた同級生がぜんぶやってくれてん。最後のほうは『ちょっとはお前も考えろや!』って怒られた」
あかん。
「でも安心して!おれは処理落ちしてるけど、とにかく絶対にご機嫌でいるし、どんだけでも歩けるし、重いものも喜んで持つし、旅がうまくいくよう祈り続けることができるから!」
わたしはとにかく明るいだけのロボットポンコッツと一緒に、新婚旅行をしなければならないのか……。
絶句したが、深呼吸した。
みずきくんを怒ってはいけない。だって、わたしが勘違いしただけだもの。インドと旅人を結びつけて、勝手に期待しちゃってたんだから。みずきくんは悪くないんだから。
みずきくんを見ると、財布からスムをあふれさせ「うわああああ」と大声を出しながら、札束を床に落としていた。
この危うい生き物を、愛のために守り抜かなければ。
絶対回避!成田離婚!
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