【キナリ★マガジン更新】北欧旅行はストライキとロストバゲージ越えてクラッシュバゲージ
フィンランドへ行くことにした。
きっかけは4年前。母がでっかい心臓病の手術をする羽目になった時、後遺症でこれからは旅行はできないほど体力が激おちくんするかもしれんと言われた。「あの国も……あの国も……行ってみたかったのに……」と、母は悔しがった。
それ以来、岸田家は「行きたいところは行けるときにぜんぶ行く」キャンペーン中である。家族ぐるみで生き急げ!
張り切った母の体力は、旅行のたびに激おちくんするどころか、激あげくんしたのだが。なぜだ。まあいっか。
聞くところによると、飛行機はフィンエアーがいいらしい。
ごはんがおいしい!
食器や椅子がかわいい!
ブルーベリージュースが飲める!
でも13時間の直行便は高くつくぞ!
……ということで何年もかけて、わたしは着実にポイントを貯めた。ポカリとかもせこせこクレカで買い続け、いつもより良いチケットを取った。
どうせ行くなら、デンマークにも寄り道することにした。
弟を誘ったら、ヨーロッパより俄然、ユニバに行きたいというので、別で大阪旅行をすることになった。大阪が好きな男。代わりに北欧へは、わたしの夫がついて来てくれた。母と娘と夫の、奇妙な三人旅。
そして、すべての準備は、早くも1年前に整った!
わたしにしてはめずらしく、綿密で順調な旅行計画!
フィンエアーの航空券を取ってから思ったのは、
「なんか、めちゃくちゃメール来るな……」
だった。
メールが大量に送られてくる。しかもぜんぶ英語。なんか同じような案内やオプションの広告ばっかりだったので、読むのもめんどくさくて。
あんまり気にしてなかった。
メール読まずに、なに読んでたかっつうと、圧倒的にムーミン。
『ムーミン谷の夏祭り』
『ムーミン谷の彗星』
『ムーミン谷の冬』
ムーミンに次ぐムーミン。
フィンランドの美しくて静かな景色がいっぱい描かれてるので、もう、ひたすらムーミンを浴びた。これが、余裕のある旅行計画が為せる特権。
出発日の一週間前ぐらいからメールがほぼ毎日届くようになり、
「あー、オンラインチェックインの案内かな」
ぐらいの気持ちで、ポチッと開いたのが3日前のことだった。
なんか……sorryって書いてね……?
翻訳したら、
『すまんな、ストライキで迷惑かけるかもしれんわ』
みたいなことが書いてあった。
ストライキ!?
生まれてから一度もストライキに巻き込まれたことがないので、ストライキについて知らなさすぎた。北欧の空港ではよくあるらしい。
『ムーミン谷のストライキ』とかで書いといてくれよ。
調べたらネットニュースにもなっていた。フィンエアーの100便近くが欠航するらしい。しかも1回だけじゃないの。7月だけで4日間も。
ど、どういうこと!?
労働条件の交渉のために決行することなんで、そりゃ、人間の生活がかかってるから大切なことなんだけど。うちらだって一年前から準備した、一生に一度かもしれん旅行なのよ。困るよ。
帰国したら仕事をパンッパンに詰め込んでるので、変更もできない。
呆然としてるわたしに、メールが次々と届く。
『料理するスタッフおらんねん。せやから飛べたとしても、水とクッキーしか出せへんけどごめんやで』
13時間、水とクッキーだけ?
いまロシアの領空を飛べないので、遠回りして北極を横断するルートなのに、水とクッキーだけ。それはもうアホの大冒険なんよ。
まごうことなき水
カールじいさんでも空飛ぶ時にはもうちょっと準備してたわけで。っていうか、機内食に期待してフィンエアーにしたのに。返金もできない。
狂ったようにクッキーを腹に詰め込み、水でふくらませて空腹を紛らわす、クッキーモンスターに成り果てる道が確定した。
出発前夜。
ストライキは予定通り行われるらしく、わたしたちはあきらめの半笑いで、目をしょぼしょぼさせていた。飛ぶかすらもわからんので、眠れん。
「逆に寝不足すぎて、時差ボケせんかもな……」
母が言った。
「時差……?」
ちょっと待って。
「時差、あるやん!」
わたしは飛び起きた。そうだ。ストライキのある7月7日は、確かに到着日だけど。フィンランドに到着する頃には日付が変わる。そして6時間前に戻る。ということは……
ということは、な、何時なんだ!?(※バカ)
クッキーモンスターに算数は難しかった。わたしと夫は乾燥しきった目を「3」の形にしたまま、メモ用紙を探した。
書け!書いて弾き出せ!
あれ思い出した。
往年の2chのコピペ。
女「終電……なくなっちゃったね……////(照)」
鉄道オタク「待って!あきらめるのはまだ早いよ!23:56発の上り普通列車を使って2駅戻ると0:07発の下り急行に間に合う。普段なら間に合わないところだけど、今日は9753Mって臨時列車が走ってるからダイヤがずれるんだよ。ほら、この時刻表を見て。書いてないけど23:36に貨物列車があるから9753Mをスジに入れると後続の673Mが2分遅れるだろ。それで」
名作すぎる。読んでるだけなのに耳元でたたみかけられるような疾走感と、最後の句読点なしの「それで」が天才的。しびれる。
ということで、その100分の1の迫力にも満たない計算の結果、
ストライキをギリ回避できることがわかった。
やったー!
まぎらわしー!
というわけで、飛行機に乗れた。あぶなかった。あと数時間違ったら、えらいことになっていた。
機内食のサーモンはおいしかったし、ブルーベリージュースは甘酸っぱかった。空飛ぶダメ人間としての13時間を堪能しました。
フィンランドの空港から、デンマークの空港に乗り継いだ時、ストライキ直後の混乱で一瞬だけ荷物が行方不明になった。でも15分ぐらいでちゃんと出てきた。
北欧はIT大国で、荷物がどこで詰まってるか、分単位で正確にわかるらしい。クレジットカードとアプリが普及してるので、現金や券売機は一度も使わなかった。
トラブルというトラブルは何もなく。
本当に落ち着いた、心穏やかな旅行でした。
ありがてえ、ありがてえ……。
そして、帰りのイギリスで油断していた。
直行便がめちゃくちゃ高いので、帰りの便はロンドンのヒースロー空港で乗り継ぐことにしたのよ。
「やーん!オアシスがコンサートやってる国やん!一瞬だけでも同じ空気を吸えるなんて、むしろお得すぎ!」
ぐらいにおもってた。
フィンランドからロンドンに着陸した瞬間、母の車いすが行方不明になった。数ある荷物の中でもだいぶ失くしたらあかんやつ。
いつも貨物室の一番手前に積み込まれていて、着陸したら真っ先に係員が取り出し、ボーディングブリッジまで持ってきてくれるのだが。
待てど暮らせど、車いすが現れない。
母は歩くことができない。
ゆえに飛行機からも降りられない。
「どうも間違えて、スーツケースと一緒に空港まで運ばれちゃったみたいね」
フィンエアーのCAさんが肩をすくめる。
「10分ぐらいで戻ってくるはずだから、チョコでもお食べ!」
フィンランドで有名なFazer(ファッツェル)のチョコを一粒もらった。
30分経った。
車いすは出てこない。
飛行機には清掃員がドカドカ投入され、フィンランドに引き返すための準備が始まっている。
CAさんがもう一粒、チョコを手渡しながら
「これがロンドンってことよ」
と言った。なにがロンドンだっていうのよ。
1時間経った。
清掃はすっかり終わり、飛行機内に残っているのは、わたしたちとCAさんたちだけになった。居残りに飽きたのか、全員、フィンランド語で談笑している。立ち飲みの雰囲気。
「空港の車いすを借りて、自分たちで車いすを探しに行ってみる?」
飛行機に閉じ込められたまんまもさすがにつらくなってきた。とにかく外へ出たい。その方がいいと思って、ぜひにお願いした。
「オッケー!じゃ、代わりの車いすをすぐによこすわね!」
CAさんが空港のスタッフさんに叫んでくれた。ついでにもう一粒、チョコをくれた。
よかった……これで飛行機から降りられ……
なかった。
1時間30分経った。
どうなってるんだ。ボーディングブリッジで待機していた空港スタッフも、CAさんも、完全に待ちくたびれて、床に座り込んでいた。
パイロットの服を着た、顎髭のおじさんがあらわれた。
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