【キナリ★マガジン更新】東京のホテルにもう耐えられないので、栃木へ逃げて優勝する
東京のホテル代が、ぐんぐん高い。
1万円で泊まれていたホテルが、じりじり2万円になって、ついに先月3万円になった。たけのこのような急成長。
最初から3万円って言われてたならいいんだ。でもつい一昨年まで1万円で泊まれていた部屋が、3倍の値段になったって言われるのがいやなんだ。
「有名チェーンの◯◯ホテルだったら2万3000円で泊まれますよ?」
知っとるわい!
そのホテルも、月曜日は1万円なのに、それ以外は2万3000円になるのを知ってるからいやなんだ。
わがままだとわかっている。しかし、得をした案件には「なあ、これ、いくらした思う?いくらした思う?」と相手がノイローゼになるほど言いふらし、損をした案件にはたちまちノイローゼになって寝込んでしまう――それが……関西人の……業(カルマ)……!
でもそのホテルは真冬なら1万円なのに、春になると2万3000円なのを知ってるから、いやなんだ。得をしたことだけは「いくらしたと思う?いくらしたと思う?」と相手がノイローゼになるほど言いふらしたいが、損をするとたちまちノイローゼになって寝込んでしまう、それが関西人の業!
こんなことなら、こんなことなら。
安かったときの値札なんか、見なけりゃよかった。ハリセンで記憶を消し飛ばせてくれ。無知でいさせて。偏差値一桁になってもいい。
会社や主催者に呼ばれて、仕事で上京することもある。そういう時はいつも“旅費規定”というラインが決められていて、これがだいたい、宿泊は3万円までのことが多い。超えた分は、自腹で払う。
帝国ホテルとか、ホテルオークラとか、日本中に名前が轟いているようなホテルは、一泊5万円以上。10万円を突き抜けることもざらだ。これはもう地上に舞い降りた神々が住まわれる御殿なので、できるだけ視界に入れないことにして、切り抜けるとして。
渋谷や品川にある、ふつうのビジネスホテルが、2万円の大台まで肉薄してきている。わたしはいつも都心で仕事をするので、このへんから離れれば離れるほど、朝の通勤電車に乗らざるをえなくなる。
わたしといえば、地方のガラガラの電車に、肩と膝の関節を同時に抜いたヘロヘロくん状態で乗車してる軟弱者である。東京の通勤電車なんかに乗れば、たちまち全ての脾臓が口から飛び出て、萎れた体は土に還り、春になれば花を咲かせることでしょう。
そして、ここで本当にどうしようもない情報を出すと!
わたしは……風呂・トイレ・洗面が一緒になってるユニットバスを、この世でもっとも憎む女……!
入ったら気絶寸前になる。理由はわからん。昔から、他人の水回りにおいてのみ、閉所恐怖症が発動するのです。
余談だが、ドラマ「TRICK」で、仲間由紀恵がユニットバスに閉じ込められ、トイレからあふれてきた水で室内がパンパンに満たされ、由紀恵がストローで天井の空気を吸って生き延びる話があった。
あれがわたしの中では「黒い家」を越える最恐ホラーに君臨しており、いまでも体調が最高潮に悪い日に、夢にみる光景である。
って、なるとよ?
(※博多弁ではない)
都心にあって、バス・トイレが別で、3万円以内で手が打てるホテルなんかそうそうないのよ。
と、絶望的な気持ちで楽天トラベルを見ていたら、
「……おや?」
あ、あ、あ、あった!
定価4万円って書いてるけど、クーポンとポイントを使えば、2万円代でおさまる。なんか猛烈にお得な気がする。わたしの中の関西人が、むくりと起き上がり、仲間になりたそうにこちらを見ている!
渋谷駅ほぼ直結。新しくて、めちゃくちゃオシャレで、シャワーとトイレは……まあ一緒だけど、洗面は別だ。わたしの中の仲間由紀恵も、仲間になりたそうにこちらを見ている!
「これだっ!」
予約ボタンを押した。
そして、チェックイン当日。
おしゃれ……かな……?
わたしは慣れない撮影と取材でヘトヘトになった体を、とりあえずベッドに放り投げた。
隣を見た。
おしゃれ独房……かな……?
神戸市北区の田舎モンが、イキッて渋谷なんかに泊まるから。なんならフロントでちょっと舞い上がって「コーヒーひとつ……あ、リユーザブルカップで」つって注文しちゃったから、おしゃれ罪で投獄されたんか。
アッツアツのホットコーヒーが薄いプラスチックを突き抜け、指先を攻撃してくる地獄のカップを持ち、わたしは右往左往した。
足の踏み場が半畳ほどしかないので、スーツケースすら広げられない。いや、ギリ広げられはするけど、そうすると扉が開かない。外出の自由と引き換えに生活が許される。投獄されたんか。
トイレと同じ空間にシャワーがあり、距離がむちゃくちゃ近いので、お湯を出すとすべてがベチャベチャになった。
でも、これは、仕方ないの。ホテルは悪くないの。
こういうの、海外の最新仕様らしいから。海外育ちだと気になんないから。
でもね、わたしったら、日本育ちなの……!
田舎の平屋のおばあちゃんちにありがちな「部屋だけは余るほどあるが、全部ふすまで繋がってる和室なので、別にどの部屋も使ってない」みたいな、部屋の飽和水溶液状態が、よく似合う女なの……!
一度上がった生活水準は下げられないのと同じ。お願い、わたしの頭の海馬あたりを、だれか巨大ハリセンで殴って。
出獄した次の週もまた、東京出張が入ってしまった。
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