【小説】聖母の天職(4-転職エージェント 熊谷和絆の証言)
あらすじ 探偵・相沢たくみに「婚約者の仕事を調べてほしい」と依頼する御曹司。聖女のように可憐で清楚な恋人の職業は———借金の取り立て?証言を重ねていくたび、奇妙な彼女の人生が浮かび上がってきて……。全8話完結、第1話はこちら(装画は星野ちいこさん、本作のための描き下ろし)
債権回収業のナブディス・フィナンシャル・エス本社に「関西エリアで優秀な人材を紹介したい」と、人事系の営業を装って電話をかけた。人手はつねに足りていないようで、想像以上に手厚い応対を受けた。
「弊社の中途採用は、ずっと同じ転職エージェントに任せてるんですよ」
「ああ、もしかしてあの有名な前坂さんの……?」
おれが当てずっぽうの名前を出すと、
「前坂さん?いいえ、うちがお世話になってるのは熊谷さんというエージェントです」
向こうから教えてくれた。
SNSを検索すれば一発で出てきた。
“伴走型 キャリアコーチ 熊谷和絆”
アイコンは腕を組んで斜め上を見上げる、こんがりと日焼けした男。プロフィールには「元大手人材紹介→独立。あなたの強みを価値に変えるお手伝いを!」とあり。
続いて「成長に貪欲なフリーランスの交流会やります!烏丸のシェアオフィスで!」の固定ポストを読み終えたおれが真っ先にやったのは、日焼けサロンの予約だった。
日時 2025年5月24日14:32
場所 シェアオフィス 上ル場 四条烏丸店
対象 熊谷和絆(37歳)
相沢くんの日焼け、やっぱゴルフ?
えっ、フェスなん? マジかよ、最高やんけ!おれも“音”で酔えるタイプなんよ。今度、ツレとテントサウナ持ってくから……相沢くん、下の名前なに?たくみ?
じゃ、たくみっちも誘ったるわ!人脈づくりはマストやからな!起業したいんやろ?お見通しやで?
へっ、だてに人材紹介業で食ってへんよ。パッとせん顔に見えて、たくみっちの瞳の奥は成功に飢えてギラついとる。おれも大手でリーマンして、30歳で目覚めて、独立してん。安定とは真逆の飢餓状態でこそ、生きとるって感じられるのが雄やから。
起業したてはキツかった。ゲェ吐いた。でも、最速で自由を掴むステップほど泥臭いもんや。これはな、たくみっちも、肝に銘じてほしい。
おれみたいなフリーの転職エージェントが考えるべきは、大手との差別化やな。“正解”やなく、自分だけの“別解”を掴まなあかんねん。
あ、メモとってんの?もっかい言おか?ええって?
勝ち続けるために、おれは“オイシイ会社”とソッコーで契約をキメた。狙い目は、業務がキツくて、常に人材不足でヒィヒィいうとる会社……何かわかる?コールセンター、パチンコ、不動産営業や。離職率がどえらい高いけど、儲かっとるから金はある会社や。
そこにおれは、ピンポイントで良質な人材を送り込むわけ。
このWEBサイト知っとる?ビズブリッジゆう、求人サイト。求職者をこっちから選んで声かける。いわゆる“スカウト型求人”やな。面談とりつけて、就職させたら成約金がもらえる。
今すぐ転職したいほど切羽つまってへんけど、ええご縁があればワンランク上の会社に行きたいって、漠然と“待ち”の奴らが登録してんねん。
スカウトのコツを教えろって?おーいおいおい!なんやねん、たくみっち!おれのライバルにでもなんのか?
は?師匠……? ちょっ、早いて!まだセミナーもやったことないんやから!そのうちやろうと思ってるけど!
ま、しゃあない。師匠が特別に教えたろ。
スカウトメールで大切なんは、特別感や。まず、ユーザーのプロフィールを読む。学歴や職歴にザーッと目を透して、
「あなたの経験にはこんな価値があってすばらしい!その才能があればこんな活躍が期待できるはず!あなたが今すぐ必要な会社と出会わせたいから、まずは話したい!」
こういうメールを送る。なるべく情熱的にダイナミックに書くんや。
人間ちゅうのは、自分が理解しとる才能より、他人に見出されたた才能のほうが、嬉しくて信じたくなるもんやからな。
狙い目のユーザー?自己PRがスッカスカで控えめに見えるのに、職歴だけぎょうさん並んでたり、無駄にびっしり書いてたりするやつがええな。行動力もモチベも低いけど、職場への不満がエネルギーになってくすぶってる人間や。
……最近のハマり例?
いよいよインタビューみたいやんか!まあ、そろそろPIVOTとかNewsPicksから取材の声かかるかなって思ってた頃やし、ええ練習なるわ。
ガツーンとハマッて気持ちよかったんは、葬儀場の搬送スタッフとか、あとは債権回収の……あ、それ。ナブディス・フィナンシャル・エス。たくみっち、なんで知っとるん?
まさか世話ンなっとった?マジ?債務者側かーい!?たくみっち、おもろいなあっ!
ま、男は借金背負ってナンボやで。背負えば背負うほど強くなる。ここだけの話、おれも残クレでアルファード乗っとるんや。
ナブディスは借金の取り立ての仕事やし、普通はガタイが良くて声もでかい体育会系のヤローを紹介するんやけど……一回だけ、女の子がハマッたケースがあるねん。
その子のプロフィール見た瞬間、ビビッときた。絹豆腐みたいにはんなりしとる顔写真やけど、自分の現状に不安と不満たっぷりなんがミエミエやった。京都育ちの女には多いな。
会った時は若者の社会支援の仕事してたな。福祉っぽいやつ。別の転職サイトで紹介されたんやって。
転職したい理由を聞いたら、しばらく黙ってから、
「……わたしが支援した子が、引きこもりや貧困から立ち直ってくれるのは、素直に嬉しかったんです。やりがいもあったから、夜も休日も返上して……」
うん、うん、って聞いてたら、
「ただ、それが……当たり前、みたいな空気なのがいやで」
「当たり前っていうのは、残業が?」
「えっと、そうじゃなくて……」
その子、言葉を探すのがものすんごいトロくて、内心イライラしてもうたんやけど。
「その、支援員には、根気よく話を聞くとか、リラックスしてもらうとか、そういう気配りがすごく大切なんですけど」
「優しそうなあなたにぴったりだと思いますよ?」
「……わたしにとってはそれ、すごく大切なもので。でもあの職場では当然って感じで。優しさはティッシュみたいな消耗品なんですよね」
優しさが消耗品。なんか、妙に残っとるわ。
「弱者を守るような社会的意義の強い仕事って、成果と給料が結びつきませんしね」
おれが言うたら、
「……わかってくれますか!?」
泣きそうな顔された。
その子、接客はいくつも経験あるけど、立ち仕事はしんどくなってきたから避けたいって。まあ、華奢やったし。そんでコールセンターを紹介したわけ。最初は、大手の健康食品の顧客のジジババに新商品を案内する仕事な。
「コールセンター……それはちょっと……」
そうやって渋る子ほど、落とすのに燃えてくるやん?
「ノルマもきつくないし、ずっと座ってられるから楽ですよ。給料もええから、次が決まるまでの繋ぎにしましょう!」
「繋ぎ、ですか……」
うまくいった。これ、キャバ嬢を口説きまくってた頃の貯金やで。たくみっちも社会経験はなんでも積んどけよ。
ただ、三ヶ月でパツッと辞めてもうた。ぜんぜん売上とれへんかったらしい。
「電話口でおばあさんの悩みとか……いつの間にか何十分も相談に乗ってしまって……」
「なるほど。根っからの優しい人なんですねえ、あなたは」
呆れるより驚いた。話を聞くだけ聞いて、気に入られてるのに、モノは売られへんのかいってな。
……ま、おれ的には、辞めてくれてもかまわんのよ。やらしい話やけど、三ヶ月働き続けてくれたら、成約金だけはもらえるから。
で、次にナブディスを紹介した。さすがにこれはダメ元やな。慢性的に人手不足の会社やから、面接に繋ぐだけでもごっつい喜ばれるんや。
「債権回収……ですか?」
「いうても法律にちゃーんと則ってますし」
「でも……」
「払えずに困ってる人と、払われずに困ってる会社を、どっちも助けることができる立派な仕事ですよ」
自分でも調子ええなと思いつつ口から出任せで言うてみたら、その子の顔が意外や意外に明るくなっていくわけ。
「……借金してる人って、やっぱり、怒鳴ってきたりしますか?」
「どうやろなあ。でも、首が回らんようになった人間は、怒るようなエネルギーもなくて、むしろ弱りきってそうですけ」
また時間たっぷりかけて黙ったと思ったら、
「そういう人なら、わたし、話ができるかもしれません」
思わず「え!」ってモレそうになったけど、ギリこらえた。
やっぱこの仕事、人を見る目がすべてやな……って、心の底から思った。おれがあの子の才能をちゃんと見抜いたってことや。あれはおれも、気持ちよかった仕事や。
ちょ、待って。たくみっち、今、なんて言うた?
おれが“人生の編集者”?最高や!天才や!それ、もらうわ!
あかん、しゃべりすぎてノド乾いてきた。たくみっち、飲み行こや、飲み。もっと話したいわ。ってか、今すぐおれの弟子に……えっ、さっきの子がどうなったか?
試用期間後に連絡したけど、元気にやってますって、それっきり。天職を見つけたら、パタッと戻ってこんくなるもんやねん。
以上、熊谷の発言記録
熱を持ってじくじく痛む腕を抱えて、SHINDO美容・形成外科クリニックのドアをくぐった。
「ご予約は?」
「進藤千寿先生に、アイザワが来ましたと言ってください」
人形のように華やかな受付の女性に伝えると、しばらくして診察室に呼ばれた。白衣姿の千寿は、おれの顔を見て、腕を見て、もう一度顔を見た。
「……た、たくみさん、ですよね?」
「突然押しかけてしまい、すみません」
真っ黒に日焼けし、クリームで歯を白く染め、ツーブロックに髪を刈りあげて変身を遂げたおれに、千寿は絶句している。
「日焼けサロンってものが初めてで加減がわからず。一回で完ぺきに黒くしてくれって無理に頼んだら、なんか焼き魚みたいになっちゃって」
「ほとんどヤケドですよ!はよ処置せんとシミに……いや説明はあとです、とにかく横になって……」
進藤の本気で焦った顔を見ながら、いい医者だな、と思った。
「音声を送ってもらった時もおかしいと思いましたよ。たくみさんのしゃべりがめっちゃイケイケやし。相手に合わせてまさか外見までガラッと変えてはったとは」
「郷に入れば郷に従えと言いますし」
腕のみずぶくれを見て、千寿が眉をひそめた。
「探偵ってこんなことまでするんですか……」
ひやりとしたジェルを塗られながら、千寿の後ろに控えている看護師と目が合った。受付とはまたタイプの違うモデルのような美人だ。
「……彼女には口止めをしておりますので、大丈夫です」
千寿に言われると看護師は口角をわずかに上げて会釈したので、おれは遠慮なく熊谷について話した。
聞き終わった千寿は、
「鞠亜をあんな仕事に放り込んだんは、熊谷っていう下品な男やったんですね……」
包帯を受け取りながら、恨み混じりの声で言った。
「ご本人が選んだんですよ」
「強引に口説かれたんでしょう」
「まあ、それはそうかもしれませんが」
「鞠亜は押しに弱いから……あんな風に言われたらきっと……」
「鞠亜さんが和菓子屋を辞めたあと、若者の支援の仕事に就いていたというのは知っていましたか?」
「それは初めて聞きました。でも福祉はぴったりやと思いました。鞠亜が選んだんやったら納得です!」
「施設のほうにも確認しましたが、優秀な支援員だったそうです。いつもニコニコして、一生懸命で、彼女にだけは心を開く若者も多かったと」
「ええ、そうでしょう」
「それだけ重宝されていても、辞めてしまった」
誇らしげに相槌を打っていた千寿の顔がしゅんとした。
「傷ついた人間を立ち直らせる仕事というのは、優しさは通常運転として求められて、その上に繊細な判断力や行動力が乗っかってくる。福祉は休むこともできませんし、大変だったと思います」
カラン。千寿がガーゼのピンセットを置いた。
「……優しさは消耗品、ですか」
おれもその言葉が耳から離れなかった。役所の窓口に座っていた頃のおれも消耗していた。余計なこと気づきすぎる、やりすぎる。市民に喜ばれても同僚は迷惑。
でも鞠亜の話は、すこし違う気がした。認められないことへの不満だけではなく、なにか、もっと明確に欲しているものがあるような。だから彼女は、いかにも上昇志向の熊谷を頼ったのだ。
それが何か、まだ掴めていない。
「鞠亜さんは仕事ができない人じゃなかった。ただ環境に恵まれなかっただけのように思いました」
「だからですよ」
包帯を巻きながら、千寿が言った。
「SHINDO会の系列なら、鞠亜の優しさはちゃんと評価されます。感じがよくて余裕のある患者さんばかりですし、ホテル並みのホスピタリティ水準にも彼女なら応えてくれるはずです」
看護師の立ち振る舞いを見ていれば、このクリニックに求められる品格は相当なものだが、鞠亜になら務まるだろう。満足いく給与も手にできる。
だが千寿が用意した完璧な環境で、本当に鞠亜は満たされるだろうか。なぜか、そうだとは思えなかった。
処置が終わり、おれは立ち上がった。
「あの、たくみさん」
「なんでしょう」
「ぼくたちのために、こんな痛そうな日焼けまでしてくれたんですか?」
「ま、成り行きで」
「後遺症が残るかもしれないのに」
「知らなかったんですよ。熊谷の写真を見てパッと思いついただけで、あんまり深く考えずにやったもんだから」
「……それ、すごい才能やと思いますよ」
感心するような、畏怖するような目だった。
熱のこもった耳によみがえってきたのは、熊谷の言葉だ。
『人間っちゅうのは、自分が理解しとる才能より、他人に見出された才能のほうが、嬉しくて信じたくなるもんやからな』
おれは今、その本能の罠に落ちかけている。
「調査に必要となれば、診断書でもなんでも書きます。ぼくもたくみさんのプロ意識に報いたい」
「……どうも」
「そういえば、シャーロック・ホームズの片腕も医者でしたよね!」
ホームズのように、暴けば暴くほど世の役に立つのが探偵ならば、おれだってこんな気持ちは抱かない。鞠亜のことを調べるたびに、おれは彼女の輪郭をなぞっているのか、それとも自分の輪郭をなぞっているのか、わからなくなる。
黙っていた看護師が、クスッと笑みをこぼした。
(つづく)