人生を賭けた弟の立てこもりを、Geminiがどうにかしてくれた件
このnoteは、Google Gemini × noteによるコンテスト「#AIとできたこと 」の参考作品として、主催者の依頼により執筆しました。
弟の良太はダウン症で、知的障害がある。
生まれたときは「大きくなっても会話はほとんどできないと思う」と言われてしまったが、ここ数年で、弟の言語能力は爆裂的に伸びている。医者も目を見張るほど。
成長の理由は、グループホームに入居したことと、スマホを持たせたこと。
弟はずっと話すことが得意じゃなかった。家族といても、一言もしゃべらない日もふつうだった。
でも、障害のある人たちと生活すると話すことが増えた。スマホの予測変換で使える言葉が増えた。それが楽しくなった弟は毎日のように、せっせと連絡をよこしてくる。
うれしいことだ。
でも、困ったこともある。
弟には話したいことが増えすぎて、言葉が追いつかなくなってしもうた!
最近の弟なんか、すごい、長尺で話してくる。すべらない話ぐらい話してくる。身ぶりと緩急もつけてくる。5回ぐらい転調する。
ただ、発音はふにゃふにゃ、言葉もあやふや。長くなるほど内容を汲み取ってあげられない。LINEも一日50通ぐらい送ってくるが「うるさい」「警察」「あかん」など、謎の単語の羅列ばかりでわからない。
そんな日に、事件は起きた。
「もういかない!!!!!!!!!!!」
朝8時、母の電話の向こうで、弟が絶叫した。
弟は福祉作業所に通っているのだが、急に休むことが増えた。送迎の車から、てこでも降りないらしい。実力行使すぎるだろ。
15年以上ずっと機嫌よく通っていたのに、いったいどうして!?
「なんで行きたくないん?」
母が聞けばモゴモゴと話してはいるが、よくわからない。
ボイコット騒動が何ヶ月も続き、ついに弟は、朝になるとグループホームの自室に立てこもるようになった。
「顔を真っ赤にして、泣いていやだっておっしゃるんです。説得しても壁を叩いたり、警察にいうぞって怒ったり……」
本気だ。人生を賭けた立てこもりである。
「ちょっとこれはもう、ご家族のほうでなんとかしていただくしか……」
グループホームでも福祉作業所でも、困り果てられた。
なんとかしてと言われても、弟には断固とした意志があって、もう母の言うこともきかないのだ。
母のもとには朝も晩も「お母さん、どうされますか?」という電話がかかってくるので、心配と寝不足で母もげっそりしてしまった。
母はとつぜん明け方にガバァと飛び起きて、
「ハッ!?いま電話鳴った!?」
そ、空耳……!
「な、鳴ってへんで」
「……スゥ(気絶)」
母も限界である。
週末、弟が実家に帰ってきたので、わたしも駆けつけた。
「なあ、良太よ。ほんまにどうしちゃったん?」
「あのぉー、あっち(福祉作業所)がー、こらってー、どーんって、あかんてー、ええー、いんどいですねえってー、けーさつ、もーいやっ」
わからん。
一生懸命、伝えようとしてくれてるのに、姉ちゃんったら、わからんのよ。ごめんなあ。わたしがしょぼくれていると、弟はスマホをさわりはじめた。話して伝わらないから、文字を打ってるようだ。
でもな、文字にしてもわからんから、返事に困るんよな。大量に送ってくるから、弟はみんなに既読無視されて、余計に機嫌悪くなるし。
……。
………。
そうや、AIなら返事してくれるんちゃう?
「良太、ちょっとスマホ貸して!」
わたしは弟のスマホにGeminiをインストールした。
「ここに書いたら、話せるで」
「おお」
弟はさっそく文字を打ちはじめたが、Geminiの返事がよくわからないみたいで、すぐに「いや」とそっぽを向いてしまった。
やっぱだめか。考えて、ふと気づいた。Geminiには『パーソナルインテリジェンスのカスタム指示』という機能があって、こんなふうに回答してほしいとAIに学習させることができるのだ。
ためしに設定してみた。
「これで使いやすくなったと思うけど、どうやろ?」
弟はだまって、何度か画面を操作していたが、そのまま自分の部屋に戻っていってしまった。……まあ、そんなすぐには使いこなせへんか。
わたしは一足先に実家を去った。
翌日、母から電話がかかってきた。
「なんか良太、朝からGeminiと話してご機嫌やねんけど」
「え!よかった!なにを話してたん?」
「それが……」
『おでんわの おとが うるさいときは イヤホンや ブルートゥースを つかうと しずかに なれて いいですね。おとを ちいさくしたり、しずかな おへやで やすんだり してね。また いつでも おはなし しましょうね』
Geminiは弟が一方的に送る膨大な単語を、一晩かけて受け取り、ハイかイイエで答えさせ続け、解読したようだ。
「これって、福祉作業所の電話の音がうるさくて、良太が怒ってるってこと?」
「たぶんそう……」
そういえば、弟は大きな音が苦手だった。耳をふさいで「もうっ!」と怒ってしまう。
福祉作業所に聞いてみたら、たしかに最近、新しい人が入所してきて、部屋が騒がしくなっているようだった。
「イヤホン、ほしい」
弟がご機嫌で言うので、格安イヤフォン(999円)を買ってきたら、弟の小さな耳には入らなかった。わたしの買ったばかりの最新型イヤフォン(42,800円)はぴったりハマッたので、それと交換してやることになった。
……なんでやねん!!!!!!!!
その週。
弟は福祉作業所を休まなかった。
す、すげえ。本当に音がうるさいだけやったんか。福祉作業所の事情を話したところ、イヤフォンを使うことも許してもらえたようだった。
数日後、福祉作業所のスタッフさんから手紙が届いた。
「今週は良太さんも落ち着いて過ごされていました。イヤホンをされていたのですが、Bluetoothがつながらず、スタッフに助けを求めてくれたのですが、どうしてもわからなくて。すると良太さんがGeminiに『Blouetooth つなぐ だめ』と質問して、解決方法を教えてもらっていました!でも、無事につながった瞬間に作業終了のチャイムがなり『あっちゃ〜』と笑いながらずっこけていました。その後『なんや、これやったんか』とおっしゃって、ご自分で解決できて嬉しそうでした。」
使いこなしてやがる。
いまでは言葉が伝わらなかったら、Geminiの画面を見せて、なんとか伝えようとしているらしい。
わたしに送ってくるLINEにも変化があらわれた。
「しごといや Tシャツ オレンジ ほしい」
「え?福祉作業所やめたいってこと?」
「うん」
「でもやめたら、オレンジのTシャツも買われへんで?」
「いや」
わからないよ、どういうことだよ。ってか、オレンジのTシャツってなんやろう。今までならここで迷宮入りしていたが、弟は続けて、Geminiの回答をコピペして送ってきた。
……ああっ!オレンジ色のTシャツって、うちの近所によく来てるヘルパーさんの制服ってことか!
わたしは弟に電話をして、確かめた。
「お前、さてはステップアップで転職しようとしてる!?」
「うん」
ゆ、夢がひろがりまくりんぐ!
「オレンジ Tシャツ ほしい」
どうやらオレンジ色のTシャツを手に入れ、ヘルパーさんとして働こうと目論んでいるらしかった。制服さえ着れば転職できる世界。お前はキューティーハニーか。
発想はブッ飛んでいるが、弟なりにいろんなことに悩んでいたんだろう。それを伝える言葉も時間も足りないというのは、もどかしかっただろう。
まだまだ完ぺきではないけれど、Geminiという何時間でも何文字でも付き合ってくれる味方を得て、弟はなんとか居心地のよい場所を作ろうともがいている。
スマホを使いこなす弟と、ホッと胸をなでおろす母をながめながら、わたしは静かに追い詰められていた。
こいつ……いつかわたしのエッセイを解読してくるんじゃ……?
このままGeminiが進化し、弟に伝わりやすい表現をばっちり学習したら、わたしのエッセイも解読する可能性がある。今までは、弟に文章を読まれるとは思ってもみなかったが。
これからは、ダメだしをしてくる可能性がある。
お年頃ですし。600作をこえる過去作に「こんなん言うてへんわ」と口を出してくるかもしれない。いや待てよ、ダメだしなら、まだいい。
エッセイ、書けてまうんちゃうんか……?
エッセイは作者の視点が世間とズレまくっているほどおもしろいという。やばい。純度100%の弟が本気を出してエッセイを書いたら、わたしのかりそめのユーモアなど、ひとたまりもない。まくられてしまう。
わたしは未来の商売敵を生み出してしまったのかも……
……とは言え。
わたしがちょっと落ち込んでる日に、こんなふうにGeminiをコピペして励ましてくれるのを見ると「すっ、すげえ〜〜〜!お前ってやつぁ!」と感動してしまう。
もう、どんどん使いこなしたらええ!言いたいことぜんぶ、ぶちまけてくれ!わたしの言語能力なんて置き去りにしろ!Geminiよ、弟を頼んだぞ!