【キナリ★マガジン更新】妊娠したことを弟に言えなかったのに
夏バテかと思ったら、妊娠していた。
目が覚めると、むかむかする。ツルッと爽やかにいけるもんでも食おうかしらんと丸亀製麺にいって、注文カウンターで立ち止まった。
あれ……なんか……食えんかも……!?
こ、このわたしが、ネギも天かすもスルーして、丸亀で素うどんをすするなんて。絶対おかしい。途方に暮れる足で薬局へいき、妊娠検査薬を買った。
陽性だった。YO!SAY!夏が胸を刺激する7月のことである。
前にはじめて授かった赤ちゃんを流産したときは、つわりがなかった。ほんまに気持ち悪くなるんや、と感動した。
……のも、束の間。
二日酔いと船酔いがお見合い結婚してワルツを踊りながら殴りかかってくるような体調に翻弄された。
「あっ、今日はマシかも、よっしゃ起き……うぷっ」
寝て起きるたび、ガチャを引いてるようなもんだ。でも、むかむかがマシになると、それはそれで流産が頭をよぎって不安になってしまう。
胃がむかむかするか、心がそわそわするか、どっちにしても疲れるので、妊娠超初期にして早々に寝込んだ。
母にも言った。
でも、弟には言えなかった。
弟の良太はダウン症で、目に見えないものを言葉だけで理解するのはむずかしい。わたしのまだふくらんでない腹を見せて、赤ちゃんがおる、ということをどう伝えたらいいかわからなかった。
さらに、良太はめちゃくちゃ共感性が高いのだ。高すぎて、わたしが風邪で咳をしていると、マネして咳が止まらなくなり、喉から血が出て涙目になるほど。
こんなん、想像妊娠しかねない。いや、別に、弟のポヨッた腹が多少膨れようが大したことはないが、それより、つられて吐くのがかわいそうだ。
よし、決めた。
隠そう。
もっとお腹が大きくなってから言おう。
そして、二週間が経った。お盆休みに実家に帰ったら、良太がぽりぽりと腹をかいていた。
「かゆい」
良太のTシャツをまくった。赤いぶつぶつができていた。
「ぎゃーっ!」
た、た、帯状疱疹!?
もしそうならば、えらいことだ。高熱も出てくるし、想像を絶する痛がゆさと聞いている。
帯状疱疹は早いうちに薬を飲めばいいらしいが、かかりつけの病院はお盆休みだ。電話をかけまくって、隣町に一件だけ、良太を診てくれる病院を見つけた。
「あかん、でもこの病院、車いすで入られへん……わたしが付き添ってあげれへん……」
母が嘆いた。
「せめて車で送っていってあげたいけど、駐車場からどえらい上り坂や……どうしよう……」
「ほな、わたしが行く」
「え!あんた、つわりでしんどいやん!あかん!」
母に止められたが、良太の腹を見た瞬間からふしぎと気持ち悪さが消し飛んでいた。
「任しとき!お姉ちゃんやから!なっ!」
押し切った。
そうか、これがお姉ちゃんの力か。みなぎってくる。人生で初めて竈門炭治郎に感情移入した。陽キャのええ奴すぎて、まるで共感できなかったのに。
社会の何の役にも立てず、寝ることしかできない自分にうんざりしていたのだが、まだやれるぞ。ああ、弟がいてよかった。
ところで、薄々気づいていたが、つわりが消えたわけではなく、これはただのアドレナリンによる元気の前借りである。
ええい、かまわん!前借りでも!借入枠のある優良お姉ちゃんでよかっただろ!
弟を助手席に乗っけて、お姉ちゃん号は出発した。
病院はものすごい人で、結局、薬をもらって出るまでに3時間もかかってしまった。
しかも……帯状疱疹じゃなかった……!ただの汗疹っ……!
「ま、大ごとにならんでよかった、よかった」
無言で力づよくうなずく良太を見ると、なんかホッとして、忘れていたむかむかが込み上げてきた。やばい。前借りの取り立てだ。
外はすっかり暗くなって、雨がぽつぽつ降ってきた。
車を運転していると、やけに静かなことに気づいた。良太がずっと、窓の外をボーッと見たまま、しゃべらない。
「ちょ、大丈夫?しんどいんか?」
「あのぉー」
良太が口を開いた。
「ぱぱ、いた」
「え!?パパ?」
ドキッとして、聞き返した。
父は二十年以上前に亡くなっている。
「似てる人がおったん?」
「ちゃう」
そうだろうな。
だって、外、雨降ってて誰もいねえもんな。
そういえば、良太は何年かに一度、急に、部屋のすみや交差点の向こうをボーッとながめてパパがいると言う。脈絡はまったくない。本当に突然。
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