そぶえスパルタ先生のこと
ブックデザイナーの祖父江慎さんが亡くなられました。
インターネットで次々に手向けられる追悼の言葉を読んでいると、祖父江さんのほんとうにチャーミングなお人柄とエキセントリックなお仕事でいっぱいで、悲しさと温かさが同時に押しよせてきます。
わたしがはじめてお目にかかったのは、たった5年前です。お会いできたことも片手で数えるほどしかありません。そんなわたしが祖父江さんについて語るなんてどないやねんだし、長い時間を親しく過ごされてきた人にも申し訳なく思います。
ですが、祖父江さんがいなくては、わたしには作れなかったものがありすぎて。それがわたしにとっては、運命としか考えられないことばかりで。
ほんなら祖父江さんがお元気なうちに書いとけよこのボケナスと、わたしはわたしをひっぱたきたいのですが。
わたしが語るまでもなく、祖父江さんは本当におもしろくて、あたたかくて、ふしぎな人でいらっしゃって、そのすばらしさは言葉にすれば遠ざかっていってしまうと思っていました。いつか書きます、お伝えしますって祖父江さんに言ったのに、いまさら書いていることが情けないです。
わたしが初めて本を出すことになったのが2020年でした。紙の匂いにつつまれるコズフィッシュの片すみで、大量に並んだ本をボケーッと眺めながら「えらいところへ来てもうた……」と固まっていました。緊張していました。
本棚と本棚の隙間から、祖父江さんがあらわれたかと思うと、
「おいしゅうなーれ♪ おいしゅうなーれ♪ にこにこぽん!」
マグカップのお茶を渡してくれました。いまだかつて見たことがない、魔法を唱えるタイプの巨匠であられました。
祖父江さんは『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』の原稿の束をパラパラとめくると、
「ふんふん。これはね、本をあんまり読まない人もうれしいサイズにしたほうがいいね、余白も大きめにとろうね」
流し読みで!?
あまりに早すぎて、なにが起きたかわからなかったのですが、祖父江さんの頭にはもう本の姿形ができあがっているようでした。文章を眺めただけで、どんな本になりたがっているかがわかる人なんて初めて見ました。
「弟くんにページ番号を書いてもらったらどうかなあ?」
「えっ……どうでしょう、書けへんと思いますけど……」
ダウン症の弟はまだ字を書けなかったし、根気のいる作業も苦手でした。
「書ける、書ける!」
そこまで言ってくださるんなら……と、帰ってから弟に頼んでみたら、黙ってペンを走らせてくれました。
書けるのかよ。
祖父江さんからは、0から9を繰り返し10パターンは書いてねと言われたので、てっきりいちばん形のいい数字を選ぶのかと思ったら、
なんと、全ページにバラバラの数字を使ってくれました。300パターン近く、祖父江さんたちが手作業で組み合わせるという、気の遠くなるようなデザインでした。
本のページ番号をこんなに愛おしく見つめたことはありませんでした。
祖父江さんのおかげでこの世に爆誕したのは、ページ番号だけではありません。
「表紙と挿絵は岸田さんが描いてみよっか!」
げーっ!
絵を描くのが楽しいと思えたことはほとんどありませんでした。描いたとしても、どっかで見たようなつまんない絵にしかならないし、正直にいえば時間をかけるのもめんどくさかったのです。
祖父江さんに作ってもらえる一世一代の本に、なにが悲しゅうて自前の絵を載せなあかんのやいと思いました。
「勘弁してください。描けません、というか描きたくないです……」
「描ける、描ける!」
ハッとしました。
もしかして、わたしったら、才能があるの……?
バチ褒められが確定したとなれば俄然やる気もわいて、腕をまくりまくりして描きました。
送りました。
「わあ……ヘタだねえ……」
褒められませんでした。
この時の衝撃といったらよ。がーん、がーんがーん……と頭蓋骨が反響して、しばし返事もできませんでした。
ですが、祖父江さんのおっしゃる“ヘタ”とは技術どうこうではなくて、たぶん“味”のことだったのです。
わたしの絵は、なんというか“他人が発明したイラストの記憶”を引っ張り出して、それっぽく描いていました。自分の目に焼き付いた光景ではなくて。誰でも描ける絵を、誰より雑に描いたので、そりゃもう“ヘタ”なわけです。
本の出版日はすぐそこまで迫っていました。
使えそうな絵がなく、うーん、うーん、と祖父江さんを困らせてしまいました。同席していた編集者さんも顔をひきつらせながら、やや青ざめていました。
わたしはもう、なさけなくて、いたたまれなくて。
どうかお願いします。
どうしようもないからやっぱりプロに頼もっかって、今からでもおっしゃってください。
投げやりに切望するわたしを、祖父江さんは見捨てませんでした。
「もういっかい、今度はていねいに描いてみましょう」
なんぼていねいに描いたところで、たった数日で絵がうまくなるわけもありません。でも祖父江さんはニコニコしてらっしゃるので、ほんならば……と暗澹たる気持ちで新しい絵を描きました。
びっくりすることが起きました。
祖父江さんがアドバイスを書き入れて、戻してくれたのです。
なんか……いる……!
そぶえスパルタ先生……!
わたしのどうしようもない絵がどうしたら良くなるか、基本のきから教えてくださったのです。むちを片手に。むち!?!?
わあ〜!わあ〜!大興奮しながら言われたとおりにして送ったら、そぶえスパルタ先生はまた次の宿題を授けてくれました。
「どう描くかより、なにを描くかがだいじじゃん!」
ほんの一枚の絵に、何度も何度も、宿題と励ましを送ってくれました。さすがに申し訳なかったです。だって、祖父江さんはいつお会いしても忙しそうだから。絵で生きていくわけでもないこんなわたしのために、時間を使わせてしまっていいわけあるかいなと。
プレッシャーでくじけそうなわたしでしたが、祖父江さんのお返事が楽しみすぎて、だんだん描く枚数が増えていきました。
そうして、
心から大好きだと叫びたくなる本にしてくださったのです。中を開くとお楽しみ、写真も一枚はさまっている仕掛けです。
エッセイの新刊が出るたび、絵のハードルも枚数もどんどん上がっていきました。
描いても描いても、うまくいかなくなりました。全然よくないボロボロの絵をひっさげて「今度こそ失望させてしまうかも」と、コズフィッシュにとぼとぼ向かったら、
祖父江さんが、となりで一緒に描いてくれました。
「ええええええええ!?」
すらすらとペンを滑らせる祖父江さんが、それはそれは楽しそうで、線が踊る絵ってこういうことか!と驚愕しました。
「犬はどの線をどう描いたら、いちばんかわいく見えるかねえ」
祖父江さんはつぶやきながら、あっちゅう間に十匹も二十匹も、紙の上に犬を生んでいきました。
「でっちりになりすぎないようにね」
わたしの描いた犬の尻がデカすぎたらしく、キュッと直してくれました。今にも走り出しそうな愛らしさになって、すごいなあ、すごいなあ、と夢中でマネをしました。
そのうち祖父江さんは熱中しはじめて、
「あーあ、教えるぼくがヘタなんだよねん……」
がっくりうなだれる姿に、わたしはのけぞりました。だって、こんなにうまいのに。何をそんなに落ち込むっていうんでしょうか。本当は画家になりたかったんだよと、祖父江さんが教えてくれました。
一日はあっという間に過ぎました。
「じゃ、絵がじょうずに描けるペンをあげましょう」
帰り際にくださったのは、ステッドラーの銀色のシャープペンでした。ずっしりと重く、使い込まれ、何よりも唯一無二の魔法がかけられたペンが嬉しくて、その晩はほとんど寝ずに描きました。
何日もかけて直しをつづけてくださった最終稿には、花丸と絵が書き込まれていました。
ヨシヨシされるわたしがいました。
泣きながら、これは額にいれて飾りました。
おかしな話ですが、紙に文と絵が印刷されてはじめて「これはわたしの作品だ!」と胸をはって言えるようになりました。
デジタルの世界で書いたものはどこか、書き終わった瞬間にわたしの手を離れ、遠くへいってしまう感じがしていました。たくさん読まれたとて、SNSの海へ届けてくださったのは読者さんのおかげだし、ドラマになってもスタッフさんと役者さんのおかげだし。
でも今やドラマの台本にも、書店のポスターにも、わたしが描いた絵が印刷されています。
目に入るたびに、
「どのイラストも、まったくだいじょうぶ!本当にうまくなったね!」
いちばん最近の新刊で、祖父江さんがおっしゃってくれた言葉が、聞こえてくるようです。わたしに自信を授けてくださって、その自信はまた新しい絵を、わたしに描かせてくれました。
祖父江さんは、わたしが大好きな漫画家さんの装丁もかつて手がけられていました。本にのせる絵が進まず困っている漫画家さんの前で、祖父江さんはおもむろに絵の具と筆を取り出し「こうかな?こんなのどう?」と、思うままに描いてみたそうです。漫画家さんの前でなんとすごい勇気がいったことだろうと思います。
漫画家さんは最初「なにやってんだろ」と呆れたそうなんですが、祖父江さんが楽しそうに描く姿を眺めてるうちに「そうじゃないよ、こうだよ」と口を出しはじめて、あれよあれよと筆をとり、いつの間にか漫画家さんは大作を完成させてしまったといいます。
祖父江さんは本を愛していて、作ることを愛していて、愛しているから放っておけない人なんだと思いました。ウキウキしている祖父江さんのそばにいると、作家ならどんな無茶でもつられて手を動かさずにはいられなくなるのでしょう。
自分で作りながら、相手も作りたくさせる。そんな祖父江さんのおかげで、生まれた創作はたくさんあるんだと思います。
わたしはいまウズベキスタンの地で訃報を知りました。遠すぎるせいで、もう祖父江さんがいないという寂しさをうまく飲み込めていません。
書くことをやめないわたしは、きっとまた本を出したいと願います。本ができあがる喜びを、祖父江さんとコズフィッシュの皆さんが教えてくださったからです。
でも新しい本をつくりはじめたら、わたしはまたなにを描けばいいかわからなくなるはずで。その時になってやっと、寂しさをおもい知るんだと思います。