どこからが日記で、どうやって例えるか(エッセイの書かされ方)

 

ここまで「エッセイの書かされ方」について、さんざん一方的にまくし立ててきたら、読者さんから質問がたくさん届いていることに気づいた。

……め〜っちゃいい質問ばっかじゃねえか!

ひとつひとつ答えていくだけで、よっぽど、わかりやすい文章術になってしまった。最初からこうしておけばよかったのでは?

もうひとつ次の記事でも、答えていきます。感謝の気持ちをこめまして、この記事は全文無料公開です。

目次

  1. なにが日記で、なにがエッセイ?

  2. どこまで赤裸々に書いたらいい?

  3. 例え話を集めてうまく使うには?

  4. 会社の広報でおもしろい個性を出すには?

  5. 途中で言葉を止めずに書き切るには?

  6. 後編へ ー 人を傷つけずに笑わせるには

  7. 来月の予告「お腹にいたらしい命のこと」

なにが日記で、なにがエッセイ?


Q.私は「もうあかんわ日記」が大好きなんですが、もし私が日記を書くとしたら、ただの時系列プラス愚痴になってしまう気がします。どこが『エッセイになる話』と、『ただの日記になる話』の分かれ目だと思いますか?

『もうあかんわ日記』は日記といいつつ、エッセイなんです。日記詐欺ですわ。騙してすんません。

エッセイと日記のちがいは、誰に向けて書いているか、だと思います。

日記はできごとを自分のために記録するものです。自分が忘れたくないと思うことを、時系列もそのまま書きます。あんまり他人のことを考えないんですね。せいぜい「自分の一日をわかってもらいたいな」ぐらいで。

で、日記のおもしろさっていうのは、たいてい「この人が書いてると思うとウケるわ〜」っていう、人ありきのことだったりします。琴欧州のブログは琴欧州が書いてるからおもろいわけでして。

エッセイは他人に手渡すものです。他人への思いやりがいります。

『もうあかんわ日記』の序盤でも「ただ笑ってほしい、笑ってくれたらわたしは救われる」的なことを宣言してまして、これは日記にはまず出てこない文章です。他人と感情を共有したくて書いてるから、エッセイです。

笑えるように時系列をそのまま書くんじゃなく、起承転結になるよう組み替えるし、オチもちゃんと作ります。笑えない愚痴は書きません。

日記は『ウチの庭で取れたシソのジュース』です。好きな人のジュースなら飲めるし、文学フリマみたいに顔が見えたらギリ飲んでみるのも一興やなと思えます。

エッセイは『文明堂の箱入りのカステラ』です。知らん人からもらっても、それなりにおいしく食べられるように工夫されてるんですね。

どっちでも好きなほうでいいと思うんですけども。このご時世、文章を読んでもらうってだけで、だいぶカロリーがいることをお願いしてるわけなので、他人に読んでもらいたいならば、小さじ二杯ぐらいの思いやりはあった方が全員ハッピーちゃうやろか?


どこまで赤裸々に書いたらいい?


Q.私はいま自分の人生を赤裸々にnoteに書き記していこうと思うのですが、どこまで赤裸々に書いて良いものでしょうか?ワードとしてはマリファナ、躁鬱病、隔離病棟という感じでちょっとディープな内容もあったりなかったりという感じです。

さっきの日記とエッセイの違いでいうと、日記ならどんだけでも好きなだけ書いたらいいと思うんですよ。家族や知人に迷惑がかからなければ。

でもエッセイなら「読んだ人がどんな気持ちになってほしいか」が一番なので、逆算しながら書くことを考えたらいいと思います。

どのできごとから何を手渡したいか決まってないまま、重たくて悲惨な体験をつらつら書きつらねて、最後に無理やり「ウケるっしょ!おちこんだりもしたけれど、私はげんきです!」みたいな最悪の魔女の宅急便で締められても、読んだ人はしんどいだけです。

んで、それでいいますと、上げてくださったワードで「読んでよかった!」と思わせる文章を書くのは、ハードルがめちゃくちゃ高いと思います。

厳しい戦いになります。ほとんどの人にとって縁のなさすぎる出来事の組み合わせなので、あなたの気持ちを想像するのが難しいんですね。めずらしけりゃいいってもんでもなくて、めずらしさの中にわかるがいるんです。わかってもらえる気持ちやできごとはどこだろうと探して、そこから組み立てていくのがいいと思います。

もしくはNetflixオリジナルかよお前はとツッコミが入るぐらい、爆走過積載迷言まみれエンタメで、全てを置き去りにして振り切る道もありますね。


例え話を集めてうまく使うには?


Q. 岸田さん含め、文章や話が面白い方は、比喩や例え話が上手な気がします。どのように比喩や例え話になることを自分の中にストックしているのでしょうか。私はすぐに忘れてしまうので…。

わたしはもともと、例え話が大好きなんです。もともと説明と感動を同時に伝えるのがすごくヘタで、まどろっこしいから、一発で「ばあちゃんちがしばらく見ない間に九龍城みたいになってた」とか言っちゃうわけです。

ぐちゃぐちゃとか、違法に納戸が拡張されてたとか、そういうカオスが雑にでも、瞬間的に伝わればいいと思っているので。単語ひとつに情報を過積載して、スピーディに伝えられるのが、例えという芸です。

あと例えは笑ってもらえると「アンタもそれ知っとるんかい!」っていう仲間意識が一瞬で生まれるんで、会話で使ってても楽しいんですよねえ。

例えは遠ければ遠いほど意外性をつかれておもしろく、でも人の記憶や知識から遠すぎると伝わらない、絶妙なゲームです。ホールインワンを狙って、例えを連発しまくってきた結果、わたしは比喩中毒者になりました。もうまともな社会人生活は送れません。

普段から使いまくってるので、ストックというわけでもないんですが「おっ!これは!」というものを聞いたり、思いついたりした時のために、自分の辞書を作っています。

スマホのメモアプリに、

・建築家の自邸
・天保山の戦い
・石原裕次郎のお見舞いのメロン
・口の堅さがホタテ(時間はかかるが普通に開く)
・草生えてヤギ飼えて牛増えてまう
・川崎麻世を見るカイヤの態度
・大阪における自転車は杖代わり
・中津止まりの電車

思いついたらかたっぱしから書いていくわけです。これだけだと散らかりすぎてゴミ屋敷なので、何ヶ月かごとに見直して整理します。何度か眺めてると覚えるので、自然なタイミングで使えます。

『岸田奈美のえんがわ』で令和ロマンのくるまさんと話した時、くるまさんも例えを収集していて「大きい・小さいとか分別してメモしてる」とおっしゃってて、そらそっちのほうがええわ……!


会社の広報でおもしろい個性を出すには?


Q.会社で広報を担当しておりブログを書いています。 会社なので個性はあまり出してはいけないとは思いつつ、 自分の文章におもしろみがないなぁとも思っています。 せめて語彙力があれば違うのでしょうか?

わたしも株式会社ミライロで働いていた時は、広報でブログを書いてました。取引先が大手企業や行政だったので、発信は気をつかいますよねえ。

文章のおもしろさには「言葉のおもしろさ」と「視点のおもしろさ」があると思っていて、会社のブログでは言葉のおもしろさは考えず、視点のおもしろさを目指すのがいいと思います。

視点のおもしろさは、意外性です。つまり、いっぱいいる社員の中でも、あなたにしか見えてないものです。

・無口なあの社員、実はふせんに書くメモがお茶目なんだよな
・この商品って、実は説明書を作るのに苦労があったんだよな

のような、日々の業務の中でつい見逃してしまう小さな“良さ”や“驚き”にどれだけ気づくことができるかが、広報の視点のおもしろさです。

それを会社員らしい、おもしろみのない、淡々とした文章でつづるだけでも、あら不思議!おもしろいんですよ!

社員が「こんなところまで見てくれてる人がいるんだ!」と喜んでくれると、どんどん新しい話やおもしろい話が、広報へ舞い込んでくるようになります。話してもらえる広報になっていきます。

視点が増えた分だけ、文章は意外性に満ちあふれ、おもしろくなります。多重人格バンザイ。

これを繰り返していくことで「あいつになら任せてもいいな」と信頼され、文章でも個性を少しずつにじませることが許され、唯一無二の名物広報になれます。わたしも会社員晩年、好き放題やってました。

言葉は淡々と普通に書いてるようで、視点がやばすぎてグイグイ引き込まれるおもしろさの極地が村田沙耶香さんの『コンビニ人間』だと思ってます。


途中で言葉を止めずに書き切るには?

Q.ふと思うことはあるのに文字にしようとすると言葉が止まります。 ぐわーっと感情が動いた時、それを文字にするコツのようなものはありますか?

考えすぎなんだと思います。頭の中にある思いを、完ぺきに放出しようとすると、なんか違うなあ……と止まってしまいますことよ。

自分が思ってることってすげえおもしろいはずなのに、言葉にしてみたらつまんなくなるんですよね。言葉は不自由です。頭の中は縦横無尽ですから。インセプション!

「これは違うなあ」と思っても、とりあえず一文、書いちゃった方がいいです。起承転結など気にせず、とにかく、思い浮かんだ言葉をダダダダと書いていく。書き終えるまで、絶対に途中で見直さない。

彫刻みたいなものだと思ってください。

知ってる言葉でとにかく頭の中のイメージを掘っていって「あれ?これ違うな?」「こっちじゃないな?」と、失敗を確認しながら、それでもやみくもに掘り進めていくのです。

これではないな、とわかることは、いいことです。じゃあこっちかな、と違う道に進むことができるので。

掘って掘って、でかかった岩が箸置きぐらいの小石になってて「ちっっっっっっっさ!」と衝撃を受けるかもしれませんが、逆に箸置きとしては使えるよね、までたどり着けば儲けもんです。

わたしも思いついたことを十行ぐらい書いて、使えるのは一行だけってことがたくさんあります。でもその一行に出会うための十行なんです。

後編へ ー 人を傷つけずに笑わせるには


Q.人を傷つけずに笑わせるコツって、何かありますか?私はよく言ってることも書いてることもあまり伝わらず、なんなら怒らせたりすることもあって、どうしたらいいのかな?と思っています。

……など↓から読めます

来月の予告「お腹にいたらしい命のこと」

「エッセイの書かされ方」を最後まで読んでくれてありがとうございました!

さ〜て、来月(2026年7月)の キナリ★マガジンは……

いきなりですが、妊娠してました。

子どもがほしいかったんですが、妊娠ってすげえ奇跡なんですよ。奇跡を奇跡でもって奇跡ブーストをかけて駆け抜けていくぐらいの奇跡がいるんですよ。知らなかった。

んで、不意打ちみたいなタイミングでやっと妊娠できて、めっちゃ嬉しかったんです。家族も喜んでくれて。でも流産しちゃって。

情緒が……ジェットコースター……!

流産の痛みより、流産ってマジであるんだ?なんでわたしなんだ?というショックの方が大きくて。

さらにショックだったのが、

「まあ、みなさん言わないだけで、よくあることなんで」

産婦人科の先生にサラッと言われて、椅子からひっくり返りました。

確率的には本当にめずらしくないらしいんですが、なんせ知らなかったんで、こんな人生でもだいぶ上位にくる悔しさと悲しさが“よくあること”なの?たくさんの人がこれを抱えて、今日もこの町を歩いてんの?

どっひぇ〜〜〜!

妊娠きっかけに、今まで自分の体なのに疎かった生理や薬のことなど、取り返しがつく前に学ぶことができ、深く話せる人ができ、いまは悲しさなんてなく、経験させてもらえて本当によかったという不思議な明るさがあります。

ありがとうな、お腹の子……と、覚えておきたいことが書いても書いても書き足りませんので、わたしが受け取ったものを、キナリ★マガジン読者さんに聞いてもらうことで形にしたいです。

他にも、あこがれの文章を書く占い師さんとの対談できることになった話や、借金の取り立てという仕事のミステリ小説を書きます!来月もご購読のほど、よろしくお願いします!

 
コルク