声がする文章は、テレビばかり見る母のおかげ(イ・スラ×岸田奈美)3/8
韓国人の作家、イ・スラ。
借金を返し、家族を養うため、インターネットで文章を売る彼女。並々ならぬ親しみを抱いた岸田奈美が、どうしても友だちになりたくて、韓国まで行きました。書くことで生きるふたりの、打ち明け話がはじまります。
▼会いに行くまでの話
▼第一回
3.声がする文章は、テレビばかり見る母のおかげ
スラ
エッセイを読んでいて、
楽天的なところも似てると思いました。
岸田
ああ……。
スラ
合ってますか?
岸田
超楽天的です!
スラ
あははは。
岸田
楽天的に見せてるけど、
本当はめっちゃ悲しくて、
怒ってる時もある。
スラ
岸田さんは悲しみの中から
ユーモアを探すのが、
とっても上手な人だと思いました。
岸田
うれしい。
スラ
岸田さんの本を読んで
何度か泣いてしまって……。
歩けなくなったお母さんから、
悩みを打ち明けられた時、
「死にたいなら死んでもいいよ」って
言った話で、涙があふれてきて。
岸田
ええ!
スラ
言ったあと、岸田さんが
隣の席のおばさんたちから
大注目を浴びたっていう……。
岸田
浴びました。(笑)
スラ
あの話には読者のハートを
鷲掴みにする力がありました。
岸田
わたしが質問しにきたのに、
うれしいことばっかり
言われてますね……。
スラ
あはは。
重さと軽さ、悲しみと喜びを、
混ぜ合わせる感覚が天才的です。
岸田
わたしはスラさんの
『29歳、今日から私が家長です』を
読んで、その才能を感じました。
『29歳、今日から私が家長です』(CCCメディアハウス)|娘が家長で主人公。 厳しい祖父が統治する家で生まれた女の子・スラがすくすく育って家庭を統治する、革新的な物語。
岸田
昨日も、韓国に10年間住んでいる
日本の知人から話を聞いてきたんですが…。
韓国はずっと長いこと、
お父さんが最強の家長なんですよね?
スラ
そうです。
岸田
文章のおもしろさはもちろん、
すさまじい衝撃なわけじゃないですか。
スラさんが韓国でこれを書いたっていうことは。
スラ
今朝も「29歳」のドラマ版の
脚本を書いてたんです。
これをどう発展させようか悩んでます。
岸田
ドラマ版を自分で!?
放送も決まってるんですか?
スラ
決まりました。
来年ぐらいになりそうで。
岸田
へえー!
スラさんはマンガも描いてますよね?
『わたしは泣くたびにママの顔になる」(かんき出版)|貧困デフォルト状態の母と娘。お互いを選べない関係のなかで、偶然出会ったふたりが、ともに成長する風景を描写した小さな自叙伝。
スラ
描きました。
日本語でもうすぐ出版されます。
(※2025年7月に出版されました)
岸田
日本語で読めるスラさんの本が
2冊しかなくて「なんでやねん!」って
悔しかったので、うれしい。
スラ
そういえば、わたしたちはふたりとも、
お母さんの話を書きますよね?
岸田
自然と多くなっちゃいますね。
わたしを一番愛してくれた人で、
愛の在り方をわたしが一番
尊敬している人が母なので。
スラ
そうですよねえ。
岸田
そうだ。
これは、スラさんの文章を
読んでる時に思うことなんですけど……。
スラ
はい。
岸田
声が聞こえるんですよね。
スラさんの声が。
声がする文章っていうか。
スラ
えーっ!
岸田
すごいことだと思うんですよ。
誰でも書ける文章じゃなくて。
スラ
ああ……でも、それは、
親の影響もあります。
岸田
どういうこと?
スラ
まず、うちの親は、
ふたりとも本を読まないんです。
岸田
ありゃ!
スラ
ふたりとも高卒で、
文芸みたいなものとは、
ちょっと距離があるっていうか。
あの、テレビばっかり、好きで。
岸田
うちの母も、テレビとNetflix大好き(笑)
スラ
あはは。
だから、あの、よっぽど面白くないと、
読んでくれないんですよ。文章なんて。
岸田
ああー、納得。
スラ
それで、とにかく両親を笑わせたいっていう一心で、
こういう文体が開発されたんじゃないかと。
岸田
声が聞こえてくる、
テレビみたいな文体がね。
スラ
そうそう。
メールマガジンの文章も、まず、
親に読んでもらって
それで反応を見るんですけど……
とっても大衆的なふたりなので、参考になるから。
岸田
いや、めっちゃ大事な工程だと思います。
スラ
岸田さんもお母さんに
読んでもらってますか?
岸田
うちの母は……
なんか、勝手に読んでます。
スラ
お母さんが自分で本を買って?
岸田
買ってない。
インターネットで簡単に読めちゃうんですよ。
で、SNSでわたしの読者と、
勝手に仲良くなってました。
スラ
おーっ!
おもしろいお母さん!
岸田
びっくりですよ。
イベントでも、わたしより先に、
お母さんが声をかけられたりして。
スラ
あはは。
大切にしてくれるお母さんのもとで、
わたしたちは育ちましたね。
でも、わたしたちの読者には、
まったく違う環境で育った人もいるじゃないですか?
岸田
はい。
スラ
わたしの本のレビューに、
「こういう優しいお母さんに出会えなかったから
立派な大人になれませんでした」っていう、
あてつけみたいなレビューもたくさんあって。
岸田
わたしももらったことあります。
スラ
だから、こう、母の優しさが
自慢にならないように書かなきゃって
気をつけはじめたんですけど……。
岸田さんもそれは考えていますか?
岸田
考えたくなくても、
考えちゃいますよね。
スラ
ですよね。
岸田
自分の幸せが、誰かの不幸になるって、
知った時はショックでした。
スラ
エッセイっていうのは、
そういう意味でも、
難しいジャンルですよね。
岸田
家族のことをさらす危うさもあるし、
妬まれることもあるし。
なのに、書くのをやめられない……。
スラ
やめられない理由の一番は
話を作ろうとしなくても、
おもしろい話が身の回りにあふれてるからでは?
岸田
そう、そうかも。
スラ
家族がとつぜん言い出した
おもしろいセリフなんて、
書かないともったいないですよね(笑)。
岸田
本当にそう。もったいない。
あと、わたしはめっちゃ覚えてるのに、
母は覚えてない……みたいなことが、
エッセイを書いたら判明して、
それもおもしろいんですよ。
スラ
あのですね。
わたしはエッセイって、
ノンフィクションじゃないと思うんです。
岸田
……おお!?