エッセイストは、よく訓練された嘘つき(イ・スラ×岸田奈美)4/8
誰からも依頼されずに文章を書く、韓国人の作家、イ・スラ。
借金を返し、家族を養うため、インターネットで文章を売る彼女。並々ならぬ親しみを抱いた岸田奈美が、どうしても友だちになりたくて、韓国まで行きました。書くことで生きるふたりの、打ち明け話がはじまります。
▼会いに行くまでの話
▼第1回
4.エッセイストは、よく訓練された嘘つき
スラ
「どうやったら、そんなふうにありのままを
正直に書けるの?」って聞かれると、
……困っちゃうんですよ。
岸田
はい、はい。
スラ
これ、奈美さんもよく聞かれてると
思うんですけど。
岸田
聞かれますねえ。
スラ
わたしたちのようなエッセイストは
起こった事実を少し整理したり、
加工したり、編集したり
手を入れて文章にしますよね?
岸田
はい。
スラ
というところで、エッセイストって、
“とてもよく訓練された嘘つき”だと
思ってるんですけど。
……どう考えてます?
岸田
ものすンごい、わかります!(笑)
いやあ……訓練された嘘つき……。
ほんとにその通りですね。
スラ
ふふふ。
岸田
嘘をつきたいわけじゃなくて、
言葉にできないこともありますから。
言葉にできないぐらいの衝撃は、
書けば書くほど、本当の自分の感情からは
離れていくというか……。
スラ
うん、うん……。
岸田
本当に伝えたいことは、
事実をそのまま書こうとすると、
遠ざかってしまう苦しさがあって。
スラ
すべてのエッセイストが
悩んでることだと思います。
岸田
わたしは『日刊イ・スラ』の中で
スラさんがおじいさんと登山するエッセイ、
あれが本当に大好きで。
( p.38「あなたの自慢」)
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スラ
おー!あれが!
岸田
子どもだったスラさんのために、
おじいさんがはりきるんだけど、
はりきりすぎて、
スラさんがヘソまげちゃって、
途中で下山しちゃうっていう話ですよね。
スラ
ええ。
岸田
おじいさんのリュックの中身が
見るからに重そうなんだけど、
とても中身を聞けないんですよね。
それは朝から一生懸命、準備してくれたはずの
お弁当やおやつに違いないから。
聞いちゃうと、切なくなっちゃうから。
スラ
ええ、ええ。
岸田
あれは、すごい文章でした。
わきあがる失望とか怒りが、
後から押し寄せる切なさに混ざって、
でも、作家になったスラさんの目線には、
まちがいなくおじいさんへの愛がこもっている。
愛することと、許すことは、紙一重なんだなって。
なかなか伝えられない深い感情だと思います。
スラ
それはもう…お言葉だけでも
ありがたいです。
岸田
「あの時はひどいと思ったけど、
思い返せばあれは愛だったよね」と
過去の傷を認めることは、
とてつもない勇気がいりますよね。
スラ
……わたしたちふたりとも、
自分のことをひとりのキャラクターとして、
文章を書くじゃないですか?
岸田
はい。
スラ
イ・スラという主人公を、
ちょっと意地悪で、憎たらしい女の子として、
エッセイでは書けるのが楽しくて。
岸田
はい、はい。
スラ
そんな悪どいイ・スラを書くと、
わたしのまわりの人物のいいところが
際立つような気がするんです。
岸田
自分で悪役を演じることもある?
スラ
文章の中では、
偽善ではなくて、
偽悪をやってるのかもしれません。
岸田
ああ!偽悪!
スラ
深刻な巨悪ではなく、
「憎たらしいなあ」って
思われるぐらいの悪。
岸田
うわ、すごい!
憎たらしいけれど、
他人の優しさを際立たせる悪役が、
実は一番優しいことにいま気づいた!
スラ
小さい頃、祖父に対しては、
駄々をこねまくって……
いまになって振り返ると、
ひどい孫だったなって。
謝りたい気持ちを込めて書いたエッセイだけど、
伝わってよかったです。
岸田
めちゃくちゃ伝わりました。
わたしも、思い出したことがあります。
スラ
どんなことですか?
岸田
小さい頃、お父さんが旅行につれてってくれて、
レストランでなんでも食べていいって言われて。
観光客向けのちょっと高い中華……
といっても、チャーハン1000円ぐらいの。
でも、わたしはお金がもったいなくて、
そればっかり気にして、注文できなかったんです。
スラ
ああ……。
岸田
「どうしてん、いっぱい食べろ」って
言われたんですけどね。
わたしが食べなかった時の、
父の悲しそうな顔を思い出して。
悲しい記憶なんだけど、でも、
スラさんのエッセイで思い出せたのが
なんか、うん、嬉しかったです。
スラ
奈美さんのお父さんが登場する
エッセイ、ものすごく好きです。
「アホちゃうか?」でしたっけ。
(※岸田父の口ぐせ)
岸田
あはは、そうそう。
スラ
中毒性がある言葉ですよねえ。
どんな場面でも使える。
岸田
アホちゃうか!ってね。
スラ
亡くなってしまった大切な人について、
ユーモアたっぷりに書いていますよね。
わたしの両親もいつか亡くなるけど、
もしその時が来てしまったら、
奈美さんみたいに書けたらって思いました。
岸田
うれしい!
わたし、とんでもなく忘れっぽいんですよ。
父の声とか顔とか、どんどん忘れちゃって。
スラ
ああ……。
岸田
家族を忘れることが、ものすごく悲しくて。
亡くなったことより悲しいかもしれない。
だから、忘れない手段として
文章を残すんだろうなと思いました。
スラ
いろんなおもしろいことが起こって、
それを缶詰に詰めるように書きますよね。
文章を書く人のほとんどが、
そうだと思うけど……。
岸田
はい。
スラ
わたしはよく、まわりから、
「あんた、お父さんもお母さんもいなきゃ、
なんにも書けないんでしょ!」って
からかわれます(笑)。
岸田
スラさんのお父さんとお母さんは、
おもしろすぎますからね……。
スラ
ただ、奈美さんならわかってくれると
思うんですけど、
家族のことを書き続けるのは
簡単なことじゃないっていう。
岸田
でも、苦しくても、難しくても、
家族のことを書き続けることでしか、
わからない自分のことって、
たくさんありませんか?
スラ
ああ……あります。
すごく共感します。
岸田
ねえ。
スラ
自分のことを理解する時って、
他人から反射してきた自分を見る時なんです。
相手のまなざしで、自分を見るというか。
岸田
そうですね。
スラ
ただ、まあ……一方で、
家族でも自分でもないものを
書いてみたいっていう欲望も
だんだん大きくなってきてるんです。
岸田
スラさんはエッセイかインタビューで
「自分のことを書くのに飽きた」
って言ってましたよね(笑)。
スラ
飽きちゃったんです……。
いま脚本を書いてるドラマが
終わったら、ちょっと、
書いてみたい物語があって。
岸田
気になります!教えてください!