借金を返すために作家になったら、一晩で大仰天(イ・スラ×岸田奈美)2/8

 

韓国人の作家、イ・スラ。

借金を返し、家族を養うため、インターネットで文章を売る彼女。並々ならぬ親しみを抱いた岸田奈美が、どうしても友だちになりたくて、韓国まで行きました。書くことで生きるふたりの、打ち明け話がはじまります。

▼会いに行くまでの話

▼第一回

2.借金を返すために作家になったら、一晩で大仰天




岸田
わたしは会社員をしてたので、
noteは無料で公開したんです。
趣味として。

スラ
はい。

岸田
それが急にSNSでバズって、
一晩で100万人に読まれるという。

スラ
一晩で急に変わりますよね。

岸田
急展開ですよ。
でも、会社員を10年やってたんですけど、
ほんとに向いてなくて。
迷惑かけまくるし、しんどかった。
だったら得意なことで人に喜んでもらおうって、
会社は辞めて、有料の定期購読マガジンを始めまして。

スラ
どんな感じでしたか?

岸田
信じられないぐらい応援してもらえました!
始めて一ヶ月目で、会社員だった時と
お給料も同じになって。

スラ
わたしが文章を有料にした時は、
韓国の文学界のベテランの人からは、
あんまり喜ばれなくて……。

岸田
あっ、そっち方面の話か!
それはわたしもありました!

スラ
本当?

岸田
肩書を作家にしたら、
文学系の雑誌のインタビュアーから
「文学賞を取るまでは作家と名乗らない方がいいです。
ほかの作家に失礼ですよ」って言われて、載らなくて。

スラ
おお……。

岸田
エッセイをネットで直売して、それだけで
食べていってる作家が他にいなかったから。
わたしの他には、スラさんしか知らない!(笑)

スラ
わたしもすごく興奮してます!
noteのお金の流れが気になるんですけど……
これ、聞いたらだめですか?

岸田
どうぞ、どうぞ。

スラ
noteのお金って前払いなのか、
あとで振り込まれるのか……

(しばし、noteについての説明タイムです)

スラ
まさかの、わたしたち、
収入まで似てましたね。

岸田
家族4人がジャスト生活できる金額っていう。

スラ
ねえ。

岸田
収入のことなんて、
誰にも言ったことなかったです。

スラ
わたしもです。

岸田
わたしたち、
世界にふたりだけだと思います。

スラ
あはははは。
会ってすぐにお金の話になっちゃうの、
おもしろいですね。

岸田
韓国でもメールマガジンで文章を売るって、
やっぱりふつうじゃなかったんですか?

スラ
だれもやってませんでした。

岸田
なぜ始めようと思ったんですか?

スラ
まず、借金があったんですよね。(笑)

岸田
借金。

スラ
大学の奨学金が2500万ウォン(約250万円)。
うちは貧乏で、親から支援してもらえなくて。
アルバイトで授業料と生活費をなんとかしつつ、
通ってたんですけど……。

岸田
わお。

スラ
最低賃金が4000ウォン(約400円)ぐらいだったので、
いくら稼いでもぜんぜん返せなくて。
これ、卒業したら、どうしようかと。

岸田
わたしも奨学金を借りましたけど、
最初は本当に返せないですよね。

スラ
返せない。
悩みながら、ある日、
サツマイモを食べてたんです。
箱買いしたやつを。

岸田
はい。

スラ
そしたら、ダンボールに、
「直売」って大きく書いてあって。

岸田
あー……!

スラ
それを見て、
「ああ……文章もお芋みたいに
直売できないかな……」
って。

岸田
あはははは!おもしろい!

スラ
文章を直売して、
借金を返そうと思いつきまして。

岸田
借金を返すために作家を選ぶ人って、
今まで聞いたことないですよ!

スラ
まあ、小さい頃からの夢も作家だったんですよ。

岸田
そうなんですね。

スラ
借金が夢を加速化させてくれた、
っていうふうに思ってます。

岸田
結果オーライだ。
それで、メールマガジンで文章を売りはじめた、と。

スラ
はい。

岸田
最初から自信はあったんですか?

スラ
いえ。
ちょっとでもお金の足しになればいいな、ぐらい。
あの……30人も買ってくれたら、
それだけでもう大成功というか。

岸田
文章はいくらで売ったんですか?

スラ
メールマガジンを1ヶ月、毎日、
配信して1万ウォン(約1000円)です。

岸田
30人だったら30万ウォン(約3万円)。

スラ
それだけでもありがたいじゃないですか。

岸田
ありがたい、ありがたい。
でも、実際はもっと多かったわけですね?

スラ
あの、わたしが作ったポスターが、
ネットでものすごく話題になってしまって。

岸田
あれね!あれ!最高でした!
「文章の直売始めます」って、
新聞配達みたいな格好のやつ。







「月・火・水・木・金曜日は連載して、週末は休みます。購読料は1カ月で1万ウォン、全20通を送ります。1通あたり、おでん1串より安いですが、おでん以上に満足していただけるように頑張ります。」

この売り文句の秀逸さに、岸田奈美はしびれました……。


スラ

寝て、起きたら、
ものすごい数の申し込みが。

岸田
うわーっ!

スラ
そして一夜にして、
ものすごいお金が。

岸田
一緒、わたしも一緒。

スラ
こんなところも?

岸田
いやあ、いるんですねえ、同じ境遇の人。

スラ
あまりに想像を越えていたんで、
これはやばいぞと。

岸田
それからどうなったんですか?

スラ
あの、韓国にはいろんなスラングがあるんですけど……
ここで言えないような……。
それが口に出ました。
あははは。

岸田
いったいどんな言葉が飛び出たんだ。(笑)

スラ
奈美さんはバズった時、
びっくりしませんでした?

岸田
えっと……。
わたしが最初にバズったのって、
今みたいな家族の話とかじゃなくて。

スラ
そうなんですか?

岸田
めちゃくちゃ高級なブラジャーを試着したら、
おっぱいが仰天するほどでかくなったという話で。

スラ
……ええ!?

岸田
ものすごい下世話な話を書いて、
人気になってしまったんで、
そっちにびっくりしました。
いいのか!?っていう。

スラ
ふっ……ふふふっ……。
ちょっ……具体的に聞きたいです……。

岸田
ブラデリスニューヨークっていうお店で、
熟練の店員さんがいるんですけど、
こう、脇腹のこのへんから、
ガーッとお肉を持ってきて……。

スラ
ふふっ……。

岸田
ごめんなさいね、こんなこと。

スラ
あーっはっはっはっ。
いいですねえ。
実は、わたしも最初は、
ちょっとエッチなお話を書きました。

岸田
え!?
気になる。

スラ
ひとりの女が、部屋に男を連れてきて、
次の日は別の男、また次の日は別の男って、
とっかえひっかえしていくような。

岸田
わお。

スラ
わたしたちふたりは、けっこう、なんか、
刺激的な文章から始まったんですね。

岸田
韓国ではそういう話を、
スラさんみたいな20代が書くのは、
めずらしかったんですか?

スラ
当時はやっぱりちょっと、目立ちましたね。

岸田
はい。

スラ
もう7年前なので、
変わってきたとは思うんですけど。

岸田
はい、はい。

スラ
イ・スラという作家はどうやら
そういう話を書くらしいぞとは、
思われていたはずです。

岸田
いやだった?

スラ
わたしが本当に得意なのは、
エッチなお話よりも、
心が温まるようなお話なんだよ!って
説得するために努力してきたと思います。

岸田
それで、家族のお話が有名になって、
作家 イ・スラさんになったんですね。

▼つづき


 
コルク