【11月の岸田奈美】引越しは3回目からわかるもの
秋が短すぎるよ。置いていかないでよ。ううう……突然の冷え込みに震えていたら、弟から電話がきまして、
「ひっこし する」
話も急すぎるよ。
弟は知的障害のある人たちとのグループホームで暮らしているので、福祉の手続きとかもあるし、そういうところは一度住んだら、よっぽどのことがない限り、変えないのがふつう。
はいはいって、最初は流してたけど、あまりにも毎日、毎日、言われるもんで。おまえ……ちょっと目を離した隙に、ねばり強くなったな……。
弟の身ぶり手ぶりを推理したり、まわりの人たちに事情聴取をしたり、姉探偵をした結果、
弟が仲のいいスタッフさんが同じ系列のグループホームへ異動になり、さらに気の合う住人もそっちに入居し、場所も今より作業所に通いやすくなるので、引越したいそうだ。
くそっ、案外、ちゃんとした動機を持ってやがる。
同じ系列のグループホームで、同じ県内で空きもあるので、引越しできないことはないらしい。ただ、わたしと母の頭に浮かぶのは、
(めんどくさ)
ブレーキランプ五回点滅、めんどくさのサインである。弟の理想はなるべく叶えてやりたいが、引越しはめんどくさい。いろんなルーティンが変わる。役所でもあんまりそういう事例ないって言われたし。
なんとかあきらめてくんないかなと祈っていたが、弟のねばり強さは、日に日にかき混ぜられる納豆のごとし。
そこで、わたしはハッとしたわけです。
「引越しって、すればするほど、人間がたくましくなるよな……」
わたしも今までに5回は引越してきた。最初はお金もないし、素人だしで、不動産に言われるがまま東京でワンルームを借りて、狭いわ、壁は薄いわ、火事にかきこまれるわで、涙を飲んだ。
なんか、こう、暮らしの勘所を掴んだのは、3回目ぐらいからである。
「そうそう、やっぱ独立洗面所だよ……IHコンロは洗濯機まわすとブレーカー落ちないか確認して……宅配ボックスがない生活にはもう戻れん……」
などとブツブツ言いながら、自分が快適な暮らしを、もはやSUUMOをクリクリしてるだけでだいぶ寄せていけるようになった。
格安引越し業者にボッタくられ、入居挨拶のタオルを隣人に断られ、ペット禁止物件で隠れトイプードルを目撃しては葛藤する、そういうドブ色の対応力も、引越しを重ねると上がっていくものである。
障害があるからといって、弟がその経験を積めないのも、おかしな話といえばおかしな話だ。
「引越し……考えてみてもいいんでは……?」
ポロッと出た一言への、弟の喜びようったら、なかった。
とはいえ、やっぱりやめとけばよかった、みたいになると大変なので、少しずつお試しで新居に泊まっているらしい。二ヶ月ぐらいかけて決めるそうだ。メダカの水槽変えみたいなやり方。
と、いうわけで。
今月のキナリ★マガジンを購読していただいた費用は、弟の引っ越しにあてます。するかわからないけれど、もうなんか、やりそうな気配なので。
部屋のサイズが変わって、家具を持っていけないんだけど、
「そのまま置いてくれたら、次の入居者さんも助かると思います」
と言われたので、今までの家具は寄付して、新しく買わせていただこうかなと思います。
家族みんなで食べていくためにエッセイを書いている、と前々からずっと公言しているものの、マジでストレートに読者から養われている。
これだけじゃなくて、今月のnoteは、鹿児島のしょうぶ学園を見学したことや、韓国のエッセイストと対談したことを書きます。
どちらも頼まれた仕事じゃなくて、わたしがどうしても行きたくて、話したくて、旅費や対談の謝礼などはわたしで出しました。
noteを読んでもらったお金で、noteに書きたい場所へ行けて、心が動いたことをおすそわけでお返しできて、こんなに嬉しいことはないなと改めて思います。
いつもありがとうございます。
今年も残りわずかですが、元気によろしくお願いします。
目次
キナリ★マガジンは月初の購読がおすすめ
「新婚さんいらっしゃい!」に夫婦で出演しました
新作小説「どんヤナギの回復速度」を公開して、マガジンにまとめました
Podcast「岸田奈美のおばんそわ」で、初ゲストをお迎えしました
フリーマーケット「岸田家のいってらバザー」やります
ファンクラブ「岸田団」やってます
NAMBA MASHUP 混沌から生まれるイノベーションに出演します(大阪|11月5日)
有田市民会館紀文ホールに出演します(和歌山・オンライン|11月16日)
フェリシモ神戸学校に出演します(神戸・オンライン|11月22日)
無料公開した今月の9記事「消えた1500万円」
1.キナリ★マガジンは月初の購読がおすすめ
生きるための恥さらしエッセイ『キナリ★マガジン』の購読するなら、月の初めがおすすめ!400本以上が岸田奈美からの直売で、読み放題!
11月は
・しょうぶ学園訪問記のつづき
・韓国のエッセイスト、イ・スラとの対談と気づき
などを新作で更新する予定です!
家計と創作活動、そして弟のグループホームの送迎費など、ダイレクトに支えられております!
2.「新婚さんいらっしゃい!」に夫婦で出演しました
いやあもう、たまげた、たまげた……。
連絡がむちゃくちゃ来る。
もう配信終わってるのに、本当に毎日くる。歩いてても声をかけられる。それも「作家の岸田奈美さんですよね?」じゃない。
「新婚さんに出てはった人ですよね?」なのよ。
アイデンティティが一日にして新婚さんに塗り替わった。やはり並の人気番組ではない。おもしろがっていただけて光栄です。
TVerでの配信は終わっちゃったのですが、収録の話はnoteで読んでいただけます。
3.新作小説「どんヤナギの回復速度」を公開して、マガジンにまとめました
待てない主人公と、待っている運転士が、電車で出会って一瞬だけ動きだす話です。英文学者の小川公代さんにも対談で触れていただきました。
月1本ぐらいで短編小説(全文無料公開)を書いています。それだけ読めるマガジンも作りましたので、フォローすると追加時に通知がきます。
小説はいつも迷いながら書いているので、感想を読ませてもらうのがとても嬉しくて、励みになります!
4.Podcast「岸田奈美のおばんそわ」で、初ゲストをお迎えしました
いまお悩み相談やちょっといい話をメールすると、採用されなくても全員にステッカーがもらえる、地味に太っ腹なわたしのpodacast。(詳細は公式Xのプロフィールへ)
医学書院から「ゆっくり歩く」を出版された、小川公代さんがゲストに来てくれました。切実で身近なケアの話で盛り上がっています。
冬ぐらいにまた、番組イベントをやろうと企んでいますので(前回は令和ロマン・くるまさんが来てくれた)ぜひリスナーになってください!
5.フリーマーケット「岸田家のいってらバザー」やります
岸田奈美のお気に入りの服(普段着・仕事着・撮影着)、もったいなくて使えなかった雑貨、作家になって愛用していた戦友のようなノートパソコン、読みながら線や感想を書き入れてしまった大量の本。
母・ひろ実が集めたちょっといい食器や骨董品。
岸田家のいろいろ起きる歴史の中で、長いこと、たいせつにしてきたものたちなので、誰かのおうちへ「いってらっしゃい」で送り出そうと思います。
弟は不用品がないのですが、なんか、瓶入りのコーラを転売したいらしいので、勝手にやってもらいます。独立国家です。
↑予約制で、公式ファンクラブ「岸田団」またはnote「キナリ★マガジン」の読者を優先受付中です。午前の部が売り切れましたので、午後の部があと数人の枠です、お待ちしております。
6.ファンクラブ「岸田団」やってます
noteでは書かない日記、マネージャー目線のコラム、岸田奈美に関する最新情報がメールで毎月届きます。
7.NAMBA MASHUP 混沌から生まれるイノベーションに出演します(大阪|11月5日)
ヘラルボニーの松田のあんちゃんも一緒だね。
8.有田市民会館紀文ホールに出演します(和歌山・オンライン|11月16日)
9.フェリシモ神戸学校に出演します(神戸・オンライン|11月22日)
10.無料公開した今月の9記事「消えた1500万円」
エッセイのおすそわけということで、2021年11〜12月に公開されたキナリ★マガジン(有料)限定記事を、だれでも読めるようにしました。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

