【10月の岸田奈美】父が危篤でもストパーをあてに行った娘

 

朝と晩が涼しくなってきたのに、脇の下はジワ〜ッと汗をかきつづけている岸田奈美です。おばんそわ。(おばんです+ボンソワール)

10万光年ぶりに、エッセイの審査員なる大役を務めることになって、読みまくってます。ちょっとめずらしい賞で、全員がとある業界の人なのですが、文章がすごくうまい人や、文章で食べていきたい人がいない。

なので、エッセイというより、日記とか日報とかメールに近い。

言いたいことが先走りすぎて、説明がとっ散らかってたり。よくわかんないまま書き出して、結末だけドリャー!と力技でまとめたり。

国語の世界では“うまい”とは言われてこなかったであろう文章が、いっぱい、いっぱいあるわけです。

……で、それが、なんか、めっちゃいい。

本当に心が動いたことが、本当に交わした言葉と、本当に浮かんだ表現で書かれていると、その一文だけ、異常に輝いて見える。異常なんです。

辞書で逆引きしても絶対に出てこない例文といいますか。想像できる枠を、飛び越えてくるといいますか。

「えっ、そのひと言、ここで言うの!?」

みたいな。

誤解もされそうだし、意味もよくわかんない、そういう不思議な言葉や行動は、きれいでうまい、国語100点!の文章を書こうとすると削除しがち。

それでも、ここだけは書きたい!
なぜならこの言葉に、わたしは感動したから!

っていう衝動が、削除の線を飛び越えて、書かれている。なにを書きたいのかはわからなくても、なんで書きたいのかだけがわかる。やむにやまれぬ伝えたさに、胸の内をドコスコぶん殴られている最中です。



ちょっと話は変わって、

わたしの父が亡くなる一週間前のことです。

集中治療室で寝かされる父は、もうずっと意識が戻らなくて、あと数日は大丈夫だけど、その先はいつ心臓が止まってもおかしくない状況でした。ベッドのまわりには、母や祖父母がいて、みんな言葉を失ったまま立ち尽くしていました。

これからどうすんねんという時に、

「なあ、わたし、ストレートパーマあててみたい」

と、わたしは言いました。

真ん中でパッカーンと割れる前髪がいやでした。ストパーは2万円もかかるので、中学生だったわたしにはずっと禁じられてました。それは本当です。でもなぜ今、言ったのか。

わけがわかりませんでした。
ストパーあてたい、という言葉しか出てこず。

「こんな大変な時に、なに言うてんねん!」

祖母はむちゃくちゃ怒りました。呆然としていた母だけが、財布をもぞもぞして、

「行っといで」

お金を渡してくれました。で、その足で、美容室行って。まさか父が危篤なんてことも知らない美容師さんが、ニコニコしながら、「部活どうなん〜?」みたいな話しながら薬塗ってくれて。なんかそれが嬉しくて。サラッサラな髪になったことは、そんなに嬉しくなくて。病室へ戻ったら、急に悲しくなって。

あれ本当になんだったんだろうなと。
ひでえ人間だよ、わたしゃ、と。

2023年に鈴木おさむさんのラジオに出演した時、休憩中にこの話をポロッとしたんです。

そしたら、おさむさんが、

「ああ、それ、わかる。おれもね、家族が死ぬって時に、カフェラテ買いに行ったの」

「カフェラテ?」

「そう。なんでこの状況でカフェラテなんか飲めんだよって思ったけど、気づいたら、買ってたんだよ」

ああ、そうなのかな、って。

信じられない悲しみに飲み込まれることがもうわかってたからこその、ストパーとか、カフェラテとかだったのかなって。人間ってそういうおかしなことするんだねって、おさむさんと笑えたことに、わたしはすごくホッとして。

このストパーの話も、おさむさんに聞かれなきゃ、話すつもりもなかったんです。

「お父さんが病院に運ばれたのは、朝だったの?夜だったの?どんな病室だったの?」

って、おさむさんが時間や景色を細かくたずねてくれたから、脳みそに引っかかってる断片的なよくわからん記憶が浮上したんです。

もしこの時、

「お父さんが病気になって、悲しかったことはありますか?」

って聞かれてたら、ストパーの話なんか絶対にできなかった。

たぶん、悲しみという感情から逆算して、わかりやすい言葉を並べてたと思うんですよね。そうしたら、おさむさんと共鳴することもなかったわけで。ストパーをあてにいった自分も一生許せなかったわけで。

わたしにとってのストパーとか、おさむさんにとってのカフェラテとか、そういうものがフッと書かれてる文章と出会いたいし、わたしも書きたいなと思いました。

ところで、そんな共鳴せざるをえない文章であふれている『ケアをひらくシリーズ』の本が、わたしはどれも大好きです。

目次

  1. キナリ★マガジンは月初の購読がおすすめ

  2. 秋は岸田奈美のKindleが半額

  3. 小説の新作を公開して、マガジンにまとめました

  4. 公式ファンクラブ『岸田団』メンバー募集中

  5. podcast「おばんそわ」やってます

  6. かごしまイキカタ・ラボに出演します(鹿児島・オンライン|10月25日)

  7. 無料公開した今月の5記事「成田空港で札束の詰まったリュックを見つけたら」





1.キナリ★マガジンは月初の購読がおすすめ

生きるための恥さらしエッセイ『キナリ★マガジン』の購読するなら、月の初めがおすすめ!400本以上が岸田奈美からの直売で、読み放題!

岸田奈美のキナリ★マガジン

家計と創作活動、そして弟のグループホームの送迎費など、ダイレクトに支えられております!




2.秋は岸田奈美のKindleが半額

2025/09/26(金)~2025/10/10(金) Kindle限定で50%オフのビッグセール中!

最新単行本「国道沿いで、だいじょうぶ100回」も対象です。

SNSで最近よく読まれた「落とした指輪を出品されて、警察沙汰になった話」などは、165円という安さです。

3.小説の新作を公開して、マガジンにまとめました

就活のためにヤングケアラーの肩書を背負うことになった大学生の話「かなたの肩書き」を全文無料で公開しました。

いつもより、ご自身の人生や葛藤に重ね合わせてくれた感想をたくさんいただいていて、びっくりしています。嬉しいです。

月1本ぐらいで短編小説(全文無料公開)を書いています。それだけ読めるマガジンも作りましたので、フォローすると追加時に通知がきます。



4.公式ファンクラブ『岸田団』メンバー募集中


小説はnoteに掲載する前に、どこよりも早く『岸田団』のメンバーに読んでもらっています。今は、ネットショッピングにハマッてゴミ屋敷になりつつある母を持つエンジニアの小説を書いています。

その他、noteでは書かない日記、マネージャー目線のコラム、岸田奈美に関する最新情報がメールで毎月届きます。

岸田団|岸田奈美公式ファンクラブ


5.podcast「おばんそわ」やってます

ヘラルボニーのご協力で、ひとり語りpodcaast「岸田奈美のおばんそわ」が続いています。あんまりSNSだとできない話も、ここぞとばかりにするようになってきました。安息の地が増えてうれしい。

番組ステッカー完成記念で、『メールを送った人全員』にステッカーを送るキャンペーンしています!ぜひ送ってきてください!

岸田奈美が日常で感じたことを話したり、お便り読んだり、相談乗ったり、本の紹介をしたり、コーナーやってみたり、あれこれやっちゃいます!

【神より、何より、きしだのみ!】
「“いるかいないか”わからない神様よりも、まずは手近な岸田奈美にお悩みを聞いてもらおう!」「あわよくば解決策も出してもらおう!」というコーナーです!
 
【いい話でバズりたいッ!】
ご自身、身の回りで起きたいい話を 是非、送ってください! 小さなことから大きなことまで!

コーナーメールから、些細なメールまで、なんでも送ってねー!
メール obansowa@gmail.com まで!



6.かごしまイキカタ・ラボに出演します(鹿児島・オンライン|10月25日)

7.無料公開した今月の5記事「成田空港で札束の詰まったリュックを見つけたら」

エッセイのおすそわけとして、2021年10月に公開されたキナリ★マガジン(有料)限定記事を、だれでも読めるようにしました。

 
コルク