【キナリ★マガジン更新】天性の怒られ代理人

 

ある男とデートの約束をする。
待ち合わせ場所へ行ってみる。

すると、アラびっくり!
男がブチギレられている場面に遭遇する!

一度や二度どころではない。何度もだ。

男は何も悪いことはしていない。表情はやわらかく、半開きの口からはお茶目な八重歯がのぞき、いつでも上機嫌で、なんてったって職業も僧侶だというのに。

男の母親すら、

「息子は、なんの役にも立ちませんが、無害ですから……」

と紹介するほどの優男だというのに。

——にも関わらず、彼はいつも、すれちがう人、喫茶店でたまたま隣に座っただけ人……ありとあらゆる赤の他人から、隙あらばブチギレられている。

い、一体、どうして……?

そんな摩訶不思議な男が、わたしの夫・みずきくんである。


わたしと弟とみずきくんの三人で、銭湯へ行った時のことだ。

ダウン症の弟は、飯ほどに風呂が大好きなのだが、岸田家には他に男がおらず、今まで連れていってやれなかった。

だから、みずきくんが家族になってからは、弟も嬉しそうだった。

銭湯の出口で、わたしはふたりを待っていた。

「あqwせdrftgy〜〜〜ッッッ!!!!!!(聞き取れない怒声)」


男湯の脱衣所から、とんでもねえ叫び声。
知らん人が、めちゃくちゃ怒っている!

いやな予感がしたが、そのすぐ後に「あわわわ」を絵に描いたような顔面でみずきくんが飛び出てきた。

「めっちゃ怒られた!びっくりした!」

やっぱりお前か!

顛末はこうだ。弟が脱衣所のトイレの扉を、うっかり閉めずに出てしまったらしい。すぐさま、常連らしき高圧的なジイさんが、

「ゴルァ!閉めんかい!」

弟をめいっぱい怒鳴りつけてきたそうだ。

弟に悪気はなく、いつもみたく考えごとや独りごとでいっぱいになっていただけだった。横から急に大声を出され、弟もフリーズしてしまった。

着替え途中のみずきくんがぽてぽて駆けつけ、事情を聞いてから、うん、うん、とうなずいては、

「ああ〜!扉って、ほら、開けたり閉めたり、難しいですもんねえ……!」

「難しいことあるかあ!!!!!!!!」


ジイさんが、大噴火したという。

弟に向けられていたはずの矛先が、みずきくんを串刺しにした。そのままシュラスコでもするかのように、ジイさんの憤怒の炎であぶられたらしい。

「思ったことをそのまま言うてもた……」

呆然とするみずきくんが、あまりに気の毒で笑ってしまった。

わたしだったら「あっ、すみません……」とテキトーに謝って、その場をサッと立ち去る。ヤバい相手には関わりたくない。

でも、みずきくんは違うのだ。

「まずおれは何よりも怒ってる人が苦手やねん」

「え?そしたらすぐ謝って、怒りを鎮めたほうがよくない?」

みずきくんは考え込んだ。

「あそこでおれが代わりに謝るほど、良太くん(わたしの弟)は悪いことしてへんもん。いや、扉を閉めへんかったんは悪いけど、あんな怒鳴られるほどではないやろ」

少し、じーんとした。

たとえその場しのぎでも、みずきくんが代わりにペコペコ謝っている姿を見たら、弟はショックかもしれない。公衆の面前で怒鳴られても当然なほど、自分が悪かったのかと傷つくかもしれない。

「けど言い返すのもおかしいから、なんか、みんなが納得できる新視点を入れようとしたんやけど」

それで“開けたり閉めたり、難しいですもんねえ”という迷言が爆誕したのだ。丸く収めるどころか、丸焦げになったみずきくんの背中を、弟が他人事のように、ぽんぽん叩いていた。

「ありがとお」

なぐさめられたみずきくんは、顔をくしゃっとさせて、そう言った。

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また別の日、我が家に客人がやってきた。結婚式にも来てくれた、みずきくんの友人だ。


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コルク