【キナリ★マガジン更新】わたしのいい写真を撮ってくれる人だから、付き合った
わたしは、写真にうつるのは好きで、うつった写真を見るのは大嫌いだった。
あれはまだ、叶姉妹を本当に姉妹だと思っていた、いたいけな少女の頃のことだ。わたしは父と母に「かわいい!かわいすぎる!」と言われまくって育った。
アメリカンホームドラマも真っ青な、熱烈なハグを伴う爆裂な称賛。どうしてもダウン症の弟に注目が集まりがちだったので、あえて、口に出してくれていたのかもしれない。
ちぎっては褒め、ちぎっては褒めを繰り返した結果、わたしはわたしのことを「立てば世界樹、座れば文化遺産、歩く姿は桜前線」ぐらいの存在だと思っていた。
やがて、かわいさにおける家庭内評価と社会評価との大きすぎる乖離を知った。地球が割れるかと思った。
とはいえ、自分の顔を嫌いにはなれなかった。
上くちびるが水鳥のように出ているのも、前歯が休めの姿勢で曲がっていることも、奥二重のまぶたが布団のように厚くなっているのも。それらが“不器量”といわれる原因でも、父から色濃く受け継いだ特徴だ。今は亡き大好きな父と似ているなど、誇らしいに決まってる。(……と、思いたいだけだったかもしれないが)
だから整形とか矯正とか化粧でなんとかしよう、という方向のやる気はわかなかった。面倒くさかっただけというのもある。
写真うつりだけは、全力でがんばることにした。
中学生の時から、修学旅行、卒業式、プリクラ……あらゆる場面でカメラが向けられたら、すぐさま顎をおもいっきり引き、口角をVの字に吊りあげ、まぶた布団をフッ飛ばすようにガンギマリの目を見開いた。
これで顔のいやな部分は解消され、かわいく映るはず!
その頃の写真を見返してみると、それはもう、ミスター・ビーンでしかなかった。古いアルバムの中に……隠れて……ビーンがいっぱい……。
顔面に異常な力を集中させていたせいで、肩も眉も、不自然にいかってっやがる。修学旅行の写真など『ミスター・ビーン、沖縄へ行く!』でしかなく、1枚100円も払って買い集めたことが恨めしい。
社会人になり、ついに化粧を覚えた。地元で歳上の彼氏とも付きあえた。ある晩、彼氏が言った。
「ねえねえ、奈美ちゃんってさ」
「なあに?」
「スピードスケートの高木菜那さんを2で割った顔だよね」
バカお前!
なにも足さずに割るやつがあるか!
高木菜那さんはかわいい。似てると言われたら嬉しい。悪いのは勝手に人間を2分の1にする無礼千万なこの男である。
その黄桜のカッパによく似た顔を、なるべく錆びたトゲトゲの棒でたこ殴りにしてやりたいところだが、まだ水もしたたるウブな女だったわたしは、贔屓の武器庫を持っていなかったので、静かに別れることしかできなかった。
さめざめと泣くわたしを、母は必死で励ましてくれた。
「奈美ちゃんはこんなにかわいいのに……」
「それは娘やからやろ」
「ちゃう!日本の全人類を、こう、4つにわけたら、アンタは松嶋菜々子とおんなじエリアにおる!」
手で十字を切りながら、母は右上を指さした。お腹を痛めて産んだゆえの、だいぶ大味な励ましだったが、わたしの涙は止まった。松嶋菜々子の威力ったらすごい。
冷静になって考えれば、それは「四国なら同じ高知県にいるよ」論法と同じで、高松市と足摺岬じゃあ2時間145kmも離れているわけで、なんの救いにもならないのだが。
菜々子が高知市の居酒屋でカツオに舌鼓を打っているとき、わたしは地の果ての断崖絶壁で震えているのである。谷川俊太郎がそんな詩を書いていた気がする。
と、いうわけで。
わたしは写真を見るのがきらいだった。
わたしの頭の中のわたしより、写真の中のわたしはずっとブスだ。必死に無理をして映ることで、どんな素敵な景色も思い出も台無しにする不自然さをブスというのだ。写真を見ることは、その悲しみを見せつけられることだ。
「こんなはずないわよ、ダ・ヴィンチ!」
つって、写真なんか破り捨ててしまいたい。
これが現実だよと言われたら、そうだろうなとも思う。それでもわたしは、生きてる限りなるべく、わたしに失望したくない。わたしを嫌いになりたくない。機嫌よく生きて、その余裕さで、世界に優しくありたいのだ。
スマホの台頭で、誰かれかまわず虫でも採るかのごとく、写真を撮るようになってからは気が休まらなかった。やめろ。グループラインを作るな。写真を送ってくるな。
そんな時代に彗星のごとく現れたのが、みずきくんだ。
みずきくんとは友だちの紹介で出会った。彼は恋愛をしたくて上京したら、住民のほとんどがネズミ講のシェアマンションに入居してしまい、わたしの家へ転がり込んできた。
彼はお盆の帰省までの一ヶ月でいいから、居候させてほしいという。
「絶対に!奈美ちゃんの邪魔はしませんから!色恋沙汰にもなりませんから!」
と宣誓し、三日目までは大人しくしていたが、四日目で付き合ってほしいと頼まれた。早すぎる沙汰に、空いた口がふさがらなかった。
みずきくんのことは嫌いではなく、むしろ、途方もなく良いやつだということもわかっていたけど、恋愛で痛い目を見続けていたわたしは「おい目を覚ませ、一緒に住んで浮かれとるだけやろがい」と説得した。
消極的な気持ちがグルンと変わったのは、写真を撮ってくれたあの瞬間からだ。
「これ使っていい?」
棚に飾りっぱなしでホコリをかぶっていたカメラを手に、みずきくんが聞いてきた。
「カメラ好きなん?」
「ぜんぜん。おれは人のいらんもんが好きなだけ」
みずきくんはお寺の僧侶である。いつもこんな具合で、そのへんに転がってるガラクタを、嬉々として持って帰ってくる。生まれるべくして僧侶に生まれた男。
カメラをみずきくんに渡し、ふたりで夕方の町を散歩した。
ぶらぶらしながら、わたしは容姿への自信のなさや、写真という現実を突きつけられる虚しさについて話していた。
みずきくんは、
「なみちゃんのかわいさが、なみちゃんに伝わってないのはいやだ」
ちょっと悲しそうな顔で言ってくれた。
「かわいくはないよ」
わたしは鼻で笑った。つまらんお世辞はいらんのだよ。みずきくんは言い返してくる代わりに、立ち止まって、カメラのシャッターを切った。
あっという間だった。
ポーズを取るヒマもなかった。わたしは「なにやってんねん!」と振り向きざまに雑なツッコミを入れて、ノーメイクでむくんだ顔のまま立っているだけだった。
▼記事の続きはこちら
▼キナリ★マガジンとは
noteの有料定期購読マガジン「キナリ★マガジン」をはじめました。月額1000円で岸田奈美の描き下ろし限定エッセイを、月3本読むことができます。大部分は無料ですが、なんてことないおまけ文章はマガジン限定で読めます。