【キナリ★マガジン更新】ギンギラギンの26歳男児(姉のはなむけ日記)
グループホーム入居を目指し、ダバダバと奮闘する姉と弟の記録。前回のお話はこちら。
始まりのお話はこちら。
体験入居中のグループホームへ、もう行かないと宣言する弟。いままでの苦労が水のバブルになるやも。
あせってはいけない。
「なんで行きたくないん?」
「もう、あかん、っていわれます」
「あかんって、なにがや」
「スマホで、でんわしたら、あかんって、いわれます」
実際は「あっ、いやあ、スマホが」「でんわ、あかんって」「いわれる、あかん」「だめ、スマホ」とか、もそもそ説明していた。
弟は、昨年に母が入院をしたのをきっかけに、スマホを持ってる。グループホームに体験入居してる他の人たちは持ってないかもしれないし、みんなの前でスマホを使うのは、あかんのかしら。
そんなこと、中谷のとっつぁん、言ってたっけな。
いや、違うやん。
弟、深夜2時くらいに、わたしに電話かけてきとるわ。寝られへんから不安とかじゃなく、夜9時に居眠りしてもうたがゆえにパッと目覚めた弟による、暇つぶしの電話。
「それは……夜中にスマホで電話してたら、あかんって言われたん?」
「うん」
それはあかんわ。怒られるわ。
「福祉作業所の仕事もあるねんから、夜は寝なあかんよ。起きてしもうても、ほかの人は寝とるんやから、電話はあかん。LINEしにとき」
「ああ、うん……」
弟は髪の毛をぽりぽりかきながら、微妙な感じで、うなずいた。
なんでいつも深夜2時に電話かけてくるんや。わたしやオカンかて、寝とるわ。……と思ったが、起きとるわ。
昼間はばあちゃんがボケ散らかしてムチャクチャなことをするので、長い間、わたしと母は、ばあちゃんが寝静まった真夜中に活動していた。布団からはい出て、まんじゅうとか食べてたことを弟は知っていたのだ。
グループホームの体験入居、二週目がはじまった。
福祉作業所へ、中谷のとっつぁんが車で迎えにきてくれて、弟はグループホームへ赴く次第だったのだが。
夕方、中谷のとっつぁんから母に電話がきた。
「良太さんが、わたしの車には乗らない!って言うてはりまして」
なんてことを。
「話をしてみたんですけど、どうにも……」
「もう家に帰るって言うてますか?」
「いえ!結局、福祉作業所のスタッフさんに車を出してもらって、そっちに乗って、いまグループホームまで着いてくれました」
「えーっ……それはそれは、すみません、いまからスタッフさんにご連絡します」
忙しい管理業務のなか、迎えにきてくれたのに、空っぽの車でトンボ返りすることになった中谷のとっつぁんを思うと心苦しい。
母はスマホを片手に、ぺこぺこと頭をさげて、謝っていた。見られていないのに、見事な赤べこ具合。ステルス赤べこという高度な技です。
翌日。
「ゲーム、あかんって、いわれます」
弟から、似たようなクレームが。今度はゲームか。
中谷のとっつぁんに聞いたら、もちろんゲームは部屋でどれだけでも自由にやっていいことになってるそうだ。
「リビングでやってもらっても構わないんですが、音だけイヤフォンつけてもらえれば……」
弟はNintendo Switchのゲームを、イヤフォンをつけずに爆音でやる。わたしでも耳をふさぎたくなるくらいだ。それは、あかんわな。
わたしは、恐る恐る、気になったことを聞く。
「あの、こんなこと聞いてすみませんが」
「どうぞどうぞ」
「中谷さんや他の世話人さんが、弟に“あきまへん!”とか、キツく注意されてるってことは……?」
「ど、どうでしょう……。キツく、っていうよりは、こういう事情があるからお願いできますかーって説明させてもろて、そしたら良太さんも『ハーイ!わかりましたー』ってご機嫌に言うてくれはるんですけど……」
「そうですよね」
「わたしもオッサンですし、やんわりお伝えしたつもりでも、怖く感じられてるんでしょうか。申し訳ないですわ……」
たぶん、それはないと思う。体験入居までの打ち合わせで、中谷のとっつぁんや世話人さんが、障害のある人や、ご高齢の人にどうやって話してるかを間近で見ていた。
不自然だったり、上から目線だったりすることはなかったと思う。
となると、ダメですって言われたこと自体に、弟はショックを受けたのか。
「あんた、ゲームするときはイヤフォンせなあかんよ」
弟に電話で伝えた。
「うん、わかった、そっか」
そしてさらに翌日。
買い物のため、母と車に乗ってると、今度は福祉作業所から母に電話がかかってきた。お昼どき。まだ弟は仕事をしているはずである。
母がいったん、車を路肩に止める。
「もしもし、岸田さんですか。ちょっとですね、良太さんが、その、パニックになられてまして」
「えっ!?」
母がスマホを耳から離した。助手席に座るわたしの方を向いて、青ざめている。
「聞いたことないような泣き声と叫び声がする」
スピーカーフォンに切り替えた。
「うるさーい!もういやだー!わあああああっ!」
本当に聞いたことのない弟の声だった。
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