絶対損したくない万博に疲れすぎて、すべてを諦めてからが始まりだった(万博走り書き①)

 

わたしは、情強(じょうきょう)として生きてきた。

情報収集に長け、他人より一歩も二歩も先をゆく、選ばれし者のことである。

パソコンもスマホも、学校の誰より早く使いこなし、検索の申し子だった。

今に至るまで、ホテルの最安値も、並ばずに切符を買う方法も。家族や友人の窮地には、かならずわたしが駆けつけ、最新の知恵を授けた。

絶対に損したくない!
絶対に楽しみたい!

そうやって生きてきたし、これからもそうやって生きていくって。

信じてた。

大阪・関西万博が開かれるまでは。


せっかく関西に住んでるんだし、ローカルテレビでもコメンテーターやってるし、2025年の万博は行ってみよう。

そうと決まれば、さっそく情報収集である。

とりあえず入場チケットだけ購入し、公式WEBサイトを見た。

わから……ない……!

あっ、ここでパビリオン(展示館)の詳細が読めるのね。万博の花といえば、やっぱりパビリオン……

わから……ない……!

ぜんぶわかりやすい日本語で書いてあるのに、何が見どころなのかがビタイチわからない。すっごい不思議。目がズロンズロンにすべる。

全体的に「想像」と「未来」と「自然」が、多すぎるよ。逆に、想像も未来も自然もない国を見せてくれよ。

でも、わかるよ!わたしもライターやってたから!なんかこういう対象がクソデカくて、かと言ってイジれもしないものについて「まだ中身決まってないけど、いい感じにページ埋めといて」って言われたら、こういう当たり障りない文章書いちゃう!

豚ロースを叩いて叩いて、1ミリぐらいまで壮大に伸ばして揚げるような、紙トンカツ文章である!



どうやら、公式WEBサイトは、何をするにも勝手が悪いらしい。

公式アプリがあったので、ダウンロードしてみた。

AIでわたしにピッタリな見学ルートを組んでくれるんだって!ハイテク!やっぱり時代はAI……

なんだっていうのよ……?

開催場所すら書いてない。
予約不要で突然の倒木はやばすぎるだろ。
ドンキーコングのゲームステージかよ。

ということで、万博の最新情報が転がってるのはSNSだ。

「ふーん……ま、じゃ、軽くやっちゃいますか……?」

わたしは指をポキポキ鳴らしながら、パソコンの前に座った。ハリウッド映画によく出てくる、あの、態度デカめのデブなギークである。遠隔操作で仲間を救いがち。

絶対に並びたくない!
絶対に損をしたくない!

任せなベイビー!天国見せてやんぜ!

鼻歌まじりに調べたら、出るわ、出るわ、万博の口コミが。

“レストランは並ぶから、おにぎりを持って行ったほうがいい!”

“空のペットボトルを持っていけば、給水所でタダで補給できる!”

ええやん、ええやん。

ピッチピチの情報、踊り食いしたんで!

まずは、事前予約で申し込むパビリオンを決めようと思った。

「どこが人気なんやろ……?」

おっ。

“イギリス館は展示の最後に、アフタヌーンティーが食べられるので最高です!まだ誰も気づいてないのかガラガラ!”

ニタリ。
わたしは笑った。勝利の笑みである。

予約は迷わず、イギリス館にした。




数日後『newsおかえり』の出演だったので、控室でアナウンサーさんたちと話していた。

「えっ!岸田さんも行くんですか!ぼくは先月行きましたけど、混みすぎてて、2時間並んで入れたのアメリカ館だけですよォ!」

「わーっ!たいへんですねえ!」

大げさに相槌を打ちながら、わたしは内心で高笑いしていた。ごめんあそばせ……あなたには悪いけど、わたしはもう知ってるのよ……。

最高のアフタヌーンティが出てくる、ガラガラのイギリス館を……ね……?




その晩、イギリス館はネットで炎上した。




アフタヌーンティのクオリティが低いだの、紙コップであっつあつの煮え茶を飲まされるだの、散々な書かれよう。

「え……?え……?」

一夜にしてイギリス館がギッタギタのメッタメタ。何が起きたんだ。わたしは焦りながら、万博のタグを打ち込んで、検索した。

“給水所はめちゃめちゃ混んでるので、一回も使えませんでした!ふつうに買ったほうがいい!”

“日陰で座れる場所がありません!今日もおじいさんが永遠にさまよっていました!”


真逆やんけ!

昨日、検索して得た情報と、真逆やんけ!


落ち着け。まだ予約はやり直せる。ふるえる手で検索して、フランス館でどうやらクロワッサンがおいしいという情報をゲッチュした。

これは……うん……本当においしそう!

テレビの『行ってよかったパビリオンランキング』という特集画面のスクショもあって、フランス館が、堂々の一位!

あっぶねー!
わたしが行くべきはフランス館だったのね……!




その翌週。

podcast『岸田奈美のおばんそわ』の収録で、ディレクターの石井玄さんに言ったら、

「フランス館は……気をつけた方がいいですよ……」

「えっ?」

「展示の列とパンの列がすげえ近いのに違うんで、ルイ・ヴィトンの展示見たくて並んでた人が『クロワッサンじゃねえか!!!!』って絶望してました」

展示を見たいのに……強制的に……クロワッサンを……!?

震えた。クロワッサンが食べたくて、飢餓状態のまま血眼で並んでいたら、ルイ・ヴィトンを見せられることもありえるわけである。昭和の風刺画か?

自分が正気でいられる気がしない。
フランス館はだめだ。

「あと、公式マップがめっちゃ見づらかったです」

マップはどうやら、万博ファンの一般人が作ったものが一番わかりやすいので、みんなそれを使うらしい。

検索したら「非公式の公式」という謎のタグが存在した。それはもう公式だろ!

「あっ……本当だ……マップがめっちゃ見やすい……」

けど、多いなあ!?

一般人が作ったマップ、わたしが調べただけで5種類ある。流派が違う。どれがいいのか、初見ではまったくわからない。一枚、一枚、拡大してスマホで読んでいたら、眼球が瀕死になった。

「これが一番良さそうだな……うわっ、Google Driveからダウンロードするんや……本格的やな」

開いたら、Ver.6まであった。

横転した。

しかもほぼ毎週のように新Ver.が作られており、給水所に特化したもの、スタンプラリーに特化したものなど、少しずつ異なる。

全部の情報が載ったやつはモリモリすぎて、逆に見づらい。どのVer.で印刷するか、わたしは損切りを狙うデイトレーダーのように神経をすり減らした。




その晩、イギリス館はネットで称賛された。





アフタヌーンティが改善され、紅茶の紙コップはちゃんとした食器になったのだという。万博だと思えば価格も味も適切だとかばう人も増えていた。

(※この食器がコーヒーカップだったことで、翌日には再度、炎上することになる)

助けてくれ。

塗り変わりが早い。情報の交互浴すぎて、ととのうどころか、温度差で卒倒。




バカな……っ!
このわたしが、情報戦で遅れを取っている……!

焦って調べすぎて、わたしのTikTokやYoutubeのショート動画では、何十、何百という万博の情報が、怒涛のように流れ込んでくる。

“万博で絶対に損したくない人のための裏ワザ5選!”

“万博マニアが教える!行くべきパビリオン3つ♪”

来る日も、来る日も、ゾンビのように万博の情報を摂取する日が始まった。わたしは情強、わたしは情強——……言い聞かせながら、調べては覚えた。大学受験の時以来の情熱。

私は情強ッッッッッ……!(Ado)




万博訪問、当日。

頭がパンッパンになりながら、うつろな目で、万博会場についた。

ゲートに並んでいると、前方で中年の女性が、手書きのメモを握りしめて何度も読み返していた。Xで書いてあった情報のまとめだった。

わかる……わかるよ……!

わたしは、入場後の最速の初手を何度もシミュレーションした。

まずはゲート横の機械でパビリオンの当日予約をして、そんでアプリでも当日予約をして、これで二個……これで二個予約獲得……!

ゲートを通過して、一目散に機械へ早歩きした。

「機械での予約は、ここから一時間待ちでーす!アプリで取っていただいた方が絶対早いでーす!」

散った。





SNSでの情報はもう、すべて“遅い”のである。

わかるだろうか。書かれた時点で、それはもう過ぎ去りし情報になる。なぜならみんな同じことをするから。調べて、人が殺到する。昨日まで穴場だった場所が、今日はもう大混雑。

わたしはXで見つけた、かなり信用できそうな万博マニアのアカウントを開いた。頼みの綱はもう、彼女だけだ。

嵐が活動終了を発表した日から、万博マニアは「オゲェ」という謎の断末魔を残し、更新が途絶えていた。

終わった。

万博のシンボル、大屋根リングからの景色。すンごい形のパビリオンが並んでいるが、どれも行列が見える。


もう……なんか……疲れちゃったな……。

スマホで当日予約のページを眺めていると、ふと、わたしの前のベンチで休憩している夫婦が目についた。

70代ぐらいの老夫婦だ。
持っていたのがガラケーで、わたしは仰天した。

スマホで予約を取るのが鉄則の万博に……ガラケーで参加だと……!?

「どっこも入るの大変そうやねえ……」

キュポッと水筒のふたを開けながら、奥さんがつぶやいていた。

「おう」

旦那さんが、ぶっきらぼうに返事する。

ああ、わたしより悔しそうな人がいて、しかもそれがおばあちゃんとおじいちゃんで、いたたまれなくなった。

「でも……」

奥さんが、にこにこしながら続けた。

「大屋根リングにのぼるっていう目的は達成できたから、もうじゅうぶん、嬉しいわあ」

「おう」

ふたりはお茶をゆっくり飲んで、そして、散歩するような足取りでゆっくり、歩いていった。

幸せそうだった。

わたしは号泣していた。


ごめん、ちょっと盛った。心の中では絶叫して涙をボチャボチャ落としていたが、顔は無だった。打ちのめされた。

あの人たちが“正解”すぎて……!

絶対に損をしない万博(以下ZSB)ってなんなの?
わたしは一体、なにと戦っていたの?

ZSBの結果、情報酔いをして、漁船の新入りみたいにゲロゲロと苦悩を吐いてるだけ。幸せのかけらもない。

自然も未来も想像もない国とは、わたしっ!





これは、あれだ。
あの時の同じだ。

思い出したのは、先日行った、整体院での会話である。

整体師が、

「ぼく、ジブリが大好きなのに、君たちはどう生きるかだけ観てなくて」

「えっ!金曜ロードショーでやりますよ」

「それも観ないと思うなあ……」

少しさみしそうな顔で笑った。

はて?観ないとは一体?

「あれって、内容が難しいんでしょ?」

「まあ……ほかのジブリ作品と比べれば……」

「わからないところがあるのは悔しいんで、全てをわかるまでは映画を観ないようにしてるんです」

「えっ?」

「だからこの二年間、考察系のYoutubeばっかり何十本も、ずっと観てて……」

「は!?」

「もう20時間分ぐらい観て、ネタバレも知ってるんですけど、最近、宮崎駿監督が参考にしたんじゃないかって言われてる洋画の考察が出たんで、いまその洋画を観てるんです!」

わたしは叫びたかった。叫べなかった。なぜなら彼はいま、わたしのガチガチに固まった肩甲骨をほぐしているからである。叫べば肩の命はない。

今なら、言える。

「ええから、はよ観ろや!!!!!!!!!」

わたしは、情強の名を投げ捨てた。

ええから、はよ行けや!!!!!

損をしたくない、と思った瞬間から、損が始まるのである。絶対に楽しみたいという“絶対”が、誰よりもうまくやりたいの“誰よりも”が、呪いになるのである。

あの夫婦みたいに、偶然の出会いを楽しもう。
ええやないか、人気なもんを何も観れんでも。

ここにいる。2025年の万博に。
この事実だけを抱きしめよう。

悲観は感情、楽観は意志だ!

前向きに諦めた結果、スーパー悟り無敵モードに入って、行き当たりばったりの万博が、めちゃくちゃ楽しくなったのである。

諦めてからの万博はマジで楽しかった。

あの、ほんと、テーマパークとかやなくて、デッケェ公園だと思って行くと、何しても楽しかった。


おまけ|続きの話(行ったパビリオンなど)

 
コルク