【キナリ★マガジン更新】【小説】聖母の天職(終章-姉・川野厘の証言)

 

あらすじ 探偵・相沢たくみに「婚約者の仕事を調べてほしい」と依頼する御曹司。聖女のように可憐で清楚な恋人の職業は———借金の取り立て?証言を重ねていくたび、奇妙な彼女の人生が浮かび上がってきて……。全8話完結、第1話はこちら(装画は星野ちいこさん、本作のための描き下ろし)

婚活パーティは、京都駅直結のビルにあるサロンで開かれた。ホテルかレストランでやるものだと思っていたが、今どきは専門の場所があるらしい。パーテーションで区切られた面談室で、男女が回転寿司みたいに入れ替わっていく。

「こんにちは」

入ってきた女を見て、やっぱり姉妹だな、と思った。

調査をはじめてすぐの段階で、鞠亜に姉がいることはわかった。輸入食品の会社でマーケティングをしているらしく、SNSの更新も活発で、趣味はグルメにランニング、おまけに婚活中もあっさり判明した。肉親を調べるなんて基本中の基本、チュートリアルのように簡単だが、鞠亜に勘づかれる危険性は増す。だから今まで近づかなかった。

しかし進藤は鞠亜に打ち明けると決めた。もう今さらバレても構わない。

「川野厘です。よろしくお願いします」

よく通る声だ。

鞠亜とおなじ白い肌だが、姉の方が少しふっくらしている。トートバッグは一見すると地だが、OLに人気のブランド品だ。てきぱきした手つきで、椅子の背もたれにかけると、

「……あのう、トークタイムはじまってますよ」

ぶすっとした顔を隠さずに厘が言った。

「すみません。こういうところは初めてで、ちょっと緊張しっぱなしで……」

おれが渡した名刺を見て、疲れぎみだった厘の目が少し輝いた。

『医療法人SHINDO会 形成外科医 相沢たくみ』

あの看護師に作ってもらったものだ。借りた白衣で撮った写真もわざわざLINEのアイコンにした。

「京都にいくつも病院があるんですね。住まいはこっちなんですけど、職場が梅田のほうで……知らなくてすみません」

「いえいえ。その方がいいです、ご健康の証拠ですから」

「……あははっ。たしかに、丈夫だけは取り柄です」

控えめな受け答えに、さりげなく相手を立てる質問、ゆったりした相槌。いたって普通にしているが、この場で喉から手が出るほど求められるのが、まさにこういう普通だ。

会の終わりにマッチングして連絡先を交換した時、冷静ぶりながらもスマホを胸に押し当てていた。

「相沢先生のお休みはいつですか?ぜひゆっくりランチでも」

「先生はよしてください。同い年ですし。川野さんは土日がお休みですよね……ちょっと待ってください……ああ、すみません、週末は学会とオペが多くて」

「やっぱりお忙しいんですね」

「まだ修行中で末席を汚してる身やし、雑用係みたいなもんです。来月はいかがでしょう?」

「うち、平日も有給取れますよ」

「ええっ。でも川野さんみたいな優秀な方を休ませるのは、気が引けちゃいますよ」

あえてそっけなく、遠めの約束を取りつけておいて、二日後の夜、高島屋の地下惣菜売り場で偶然をよそおってはち合わせた。量り売りのサラダ屋の前で、

「このそら豆と水菜って250gからですか?参ったなァ……大好物なんやけど、あし速いんが難儀やなあ……」

あえて無邪気に熟考している姿が、厘に見つかるようにした。

「うそっ。相沢さんですよね?」

「あ……」

買い物袋をさげたまま立ち尽くす姿に、厘が笑いをこらえているのがわかった。それで、どうせお互いひとりで惣菜をつつくなら食事でもという自然な流れができた。

偶然は、心を開かせる。しゃれた和食屋のカウンターに隣あって、最初は当たり障りのない話に徹していたが、二軒目のバーに移動してからは距離が縮まった。

「うちは代々医者の家系なんですけど、みんな人の体のことはわかっても、人の気持ちはからきしで。患者さんの家族の話とかついつい聞き惚れちゃうんですよね。この間もはぁー、へぇー、ってNetflixドラマよりおもしろくのめり込んじゃって、午後診の時間がとっくに終わってしまいまして」

「おっかしい!相沢さんってちゃんとしてるのに、変に抜けてはるんがかわいらしいわあ」

はたとして、

「いやや、ごめんなさい。かわいらしいって失礼でしたね」

「いいんですよ。年の離れた姉がいて、今はバリバリの女医なんですけど……昔はよくおもちゃにされてたから、なんだか懐かしいぐらいで」

「うちも妹がいます」

「あっ、それでこんなに話しやすいんか!……って、ぼくも失礼ですね」

厘がぷっと吹き出した

「いま思えば、ふらふらして危なっかしいぼくをちゃんと見てくれてたんですよね、姉は」

「相沢さんはどんな子どもだったんですか」

「虫が好きで、コガネムシを追っかけてよく迷子になってました」

厘の顔がほころんだ。スパークリング日本酒のグラスを持つ指先がほんのり赤い。

邪気のない笑顔、隙すらも誠実に見える人柄。そういう仕草をひとつひとつ丁寧に積み重ねていくおれの中には、進藤千寿がいた。聖戦のために探偵ごっこを望んだ、憎めない男。助手にはならなかったけど、結局、この局面においては誰より役に立っている。

「しっかり者の姉ならではの苦労もあったんかなあ……。厘さんはどうでした?」

まんざらでもなさそうに気持ちよく話しだした厘を見ながら、おれは心で千寿に礼を言った。いい手本になってくれましたね、と。

日時 2025年6月12日14:32
場所 バー先斗町KIRIKU
対象者 川野 厘 (34歳)

どうやろう、おもしろい話になるかなあ。うちの妹は五つ下で、鞠亜っていうんですけど。変わった子なんですよ、ほんとに。

小学校で、遠足の日記を書いてくる宿題があって。楽勝でしょ?でも鞠亜だけ四日もかかって、先生から怒られて泣きながら帰ってきたことがあったんです。

「そんなの、書けないなら摘んできた花でも“思い出“っていうて貼っとけばよかったやん」

って言ったら、鞠亜はぐすぐす泣きながら、

「もっとよく考えて書きたかったの」

呆れました。四日もかかってアンタ……って。しかたないから、日記の宿題はうちが鞠亜の話を聞いて、書いてあげることにしました。運動会の時の日記なんて、いまでも覚えます。

「えっと、徒競走で2組のりくちゃんが転んじゃって、すごく痛そうで、でもがんばって走ってね、一番最後にゴールしたけどおちゃらけて、なんでもない風だったんやけど、後でひとりで、水道のとこで泣いててね」

「ちょっと待って。その子と仲ええの?」

「ちがうクラスやから、あんまり仲良くない」

よう知らん子のことだけで一ページ埋まってしまうんです。ふつうはお弁当おいしかったとか、自分は何位やったとか、そういうのを書きますよね?こんなん書いたら、りくちゃんも嫌がって、もしかしたら鞠亜がいじめられるかもしれんから、うちがうまく書きなおしておきました。

ねえ、変わってるでしょ?でも、そういう子なんです。

昔から、鞠亜はおっとりして、損することばっかりで。うちはそういうの見てたら、助けてあげなきゃって思うんです。なんでも相談してくれるんやけど、とにかく決めるのが遅くて、気づいたらうちがぜんぶ先に動いてしまってた。……ふふふ、そっか、たくみさんのお姉さんと一緒かあ。照れますね。

あっ、相沢さんのお母さんも?うちもです!「厘はほんまにしっかりしてるわ」って、よう褒めてくれました。……そうそう、あれ、言われれば言われるほど、しっかり者にならなあかんような気がするんですよね。

……あの、今ふと思ったことがあって。こんなこと、聞いてもええのかな。でも相沢さんにしか聞けないので、ええですか?

お姉さんに「ありがとう」って言ったことありますか?

うちは言われた記憶があんまりないんです。鞠亜はうちの助けを嫌がってるわけでもないけど、喜んでるわけでもない。ただ、こう……眉を下げてニコニコしてるんです。なんていうか、その場をやり過ごすみたいに。

それがなんか……傷つくんですよね、うちも。鞠亜のためを思って助けてあげてるのにって。


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