【キナリ★マガジン更新】入籍した日におじぎするバラ

 

婚姻届けとかいう大層な紙を書いていたら、手が止まった。

「父と母の氏名を書け……だと……!?」

母の名前は、わりとしょっちゅう書いてきた。入学願書とか、入院手続きとか、そういう書類を書くような年齢になってからの“保護者”欄はぜんぶ母だった。

「これって、もう亡くなってても書いてええんかな?」

家族の誰も答えられんかったので、一斉にググったら、故人でもいいらしい。

何億年ぶりかに

岸田浩二

と書いた。父のフルネームなんて、最後に書いた日をまったく思い出せない。漢字を覚えててよかった。

昔、教習所に入学する時、戸籍謄本を取り寄せたら、父の名前に「除籍」と刻まれていたことを思いだす。「熱盛(アツモリィッ)」みてえなデケェ字面だった。あれはショックだったな。

だから、当たり前みたいに、父の名前を書けるのが嬉しい。母の名前がすぐそばに並んで、ぽつんとした保護者が、夫婦に戻った。名前だけ。それでも嬉しい。

証人欄には、うちの弟が一生懸命練習した字を埋めてくれた。

すごい時間だわ。
手書きの婚姻届が、なくならねえわけだ。

提出の前に、うちの家族と夫の家族で食事に行った。焼き肉屋で盛り上がりすぎて、日がとっぷり暮れてから、町役場にダラダラ向かった。

母が運転する車に、わたしと夫と弟を乗せてもらって。

町役場の駐車場はだだっ広く、周りにお店などもないので真っ暗だった。闇の向こう、夜間受付の宿直室だけが異常にまぶしい。

「うおっしゃー!おれは夫になるぞー!」

夫が超絶ハイテンションで、車から飛び出していく。

男の子って……本当に……バカなんだから……。

心だけは完全に浅倉南で、しばらく眺めていたら。
突然、視界から夫が消えた。


エッ……!?


一瞬、闇の中で何か大きな物体が宙を舞った。辺りは静寂に包まれていた。

わたしが車から飛び出して駆け寄ると、町役場の広場みたいなところの地面で、夫のような何かがうごめいていた。


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