【キナリ★マガジン更新】ぎっくり首
寒くなると、睡眠時間は変わらないのに、布団の滞在時間だけが伸びていく。起きあがるまでに、思いっきり助走がいる。
「エイヤーッッッ」
と、城ひとつ攻め落とすぐらいの声と気力を振り絞る。それでやっと起きる。
達成感のせいで、忘れていた。こういう冷え込む朝に限って、アレが襲来することを。
さて、卵焼きを焼くぞ。
流しの下の扉をあけようとしゃがんだら、
……違和感があった。
首のあたりが重い。
なんだこれは。
フライパンに油を引こうと、腕を傾けた瞬間
ピキィッ
首の奥で、火花のように激烈な何かが走った。
ぶわああああんと冷や汗が出る。
レディース、アーンド、ジェントルメン……
ボーイズ、アーンド、ガールズ……
トォーキョーディズニィーラァンドッ
エレクトゥ↓リカァル↑パレード
ドリィムライツッ♪
チャンチャカチャンチャン♪ チャンチャラパラパラ♪(激痛が踊りながら通過)
動けない。
いや、正確には「これ以上動いたら命が危ない」と本能が訴えかけてくる状態である。
激痛パレードが過ぎ去った。
そろ、そろ、慎重に歩く。
「おぎゃあああああああああああああ」
腐った床板を思いっきり踏み抜くような痛み。
ぎっくり首だ。
やっちまった。
いわゆる寝違えが首の不機嫌だとすると、ぎっくり首は首のブチギレである。首が一触即発のかんしゃく玉ぐらい短気。青春のジャックナイフ。
首の中身の肉を、絶対に曲げたらあかん方向に、ゴリラがゴリゴリゴリとねじ曲げているようだ。
一度痛みを感じると、3秒間、たっぷり痛い。
僕は常々思っているんですが、痛みっていうのは一瞬であればびっくりが勝つので、まだ耐えられるようになってるんですよ。(アホの久能整)
前後に【予感】と【余韻】が追加されてる痛みを、人間は耐えられないんですよ!
ガンジーから突然ビンタされても耐えられるけど、ガンジーが助走をつけて殴りにきたら無理でしょう!?
「くるぞ……くるぞ……」
ってニコニコ動画のダセェ弾幕みたいな痛みでさんざん気を引かれた後、大サビの激痛を味わう羽目になった。最悪だ。
痛みが最高潮に達した時なんて、声も出ない。
「ぁ゛……ぁ゛……」
枯れる。
痛みを感じている時間は、無限かと思うほど長い。
どれぐらい果てしねえかっつーと、3秒の間に王国の勃興から滅亡までをただ見守るしかないような圧縮された虚無感。BLEACHの敵にこんな感じで倒されたやついたよな。
ぎっくり首は、
“この動きをしたら痛い”
……の “この動き” の当たり判定が、メチャクチャになるのだ!
人間の神経とは本当に複雑怪奇で、わけのわからん回路とわけのわからん回路がこんがらがって「そう行動してその結果にはならんやろ!」みたいな、金をかけまくった大作洋画の伏線回収みたいな事象が起きる。
目線だけで左を見たらなぜか右の首に痛みが走り、コーヒーのマグカップを持ち上げてもなぜか右の首に痛みが走る。予想できなさすぎる。クリストファー・ノーランがメガホンでも取ってんの?
痛みが発生するトリガーとなる動きは、何分かごとに勝手に入れ替わる。さっきまで大丈夫だったはずの、ドアノブをひねる動きが、もう今はダメになった。
一挙手一投足が、激痛ガチャ!
行動する度に死の福引きをひかされている。
ただ一生懸命に生きているだけなのに。
ぎっくり首はやばい。
ぎっくり腰もやばい。
首と腰は、社会活動の根幹を成しているので、片方が痛むだけですべての気力が削がれてしまう。生きる無気力に成り下がる。
ぎっくり腰の方が「絶対安静」感が強く、休みやすいと思う。人体のド真ん中の部品がオシャカになっているというのは、傍から見てもやばいのは明白だからだ。
でも……首は……!
まだ無事な部分(手と足)が2/3残ってると勘違いしがち…… !
「自分まだやれます!やらせてください!」
無駄な根性がわいてくる。
やれないのに。やれないのに。
わたしはこの日、犬を病院に連れて行かねばならなかった。うちの犬はケルベロスの生まれ変わりのような動きをするので、家族の中でわたししか連行できないのだ。
犬の命>わたしの命
とりあえず、犬のいる実家までたどり着かねばならない。やっとこさ外へ出て、横断歩道の前に立った。
信号がない。
最小限の首の動きで、左右をチョロッと確認した。なんか雰囲気でしか確認できなかった。
安全確認するのにも命がけ。こんなにも情けない人間が、この広い青空の下のどこかに、何人もいるんだろう。雑踏の中、虚無顔で黙って痛みに耐えているのだろう。まだ見ぬ同胞を思うと涙が出そうだ。
何度も空絶叫(からぜっきょう)しながら犬の診察を終えて、帰ってきた頃には、見事に悪化してしまっていた。
週末には『岸田奈美のえんがわ』イベントで、村井理子さんとの公開対談が控えている。
わたしが、
「なんかあ、正面から向き合って喋るとお、深い話ができないんですよねえ……?」
などと文化人っぽく奇抜ぶってしまったがゆえに、村井さんには右隣に座ってもらい、わたしが右を向きながら、横並びで対談する形式にしたのだ。
「いや、べつに漫才じゃないんだから、左右を入れ替えたらいいんじゃないですか?」
スタッフに言われた。
それはそう。
しかしそうすると、首を左に向けたまま、ガッチガチに固定する必要があるため、村井さんを二時間も凝視し続ける怪異と化してしまう。圧迫面接の最終形態。
「ぎっくり首を治せるっていうゴッドハンド整体師がいるんですけど、東京なんですよね……」
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