【キナリ★マガジン更新】首を長くして爪を切る
二週間に一度、わたしは実家に帰る。ごぼう入りのてりやきハンバーグと、激しめな犬の梅吉と、グループホームから帰ってくる弟を目がけて。
偶数週の土曜になったら、夕方からモソモソと準備をして、冷蔵庫をガバーッと開け、食べきれん食材をリュックに投げ込んで、家を出る。
毎回のごとく、一泊二日の着替えや薬を忘れるので、エレベーターホールと玄関を行ったり来たりし、日がどっぷり暮れる頃にやっと駅へ着く。
ほんでから、母にLINEを送る。
「いまから帰ります」
前はもっと早めに送ってたが、わたしが遅れるので、最近はもう電車に乗ったタイミングで。
「待っとるで」
母はすぐLINEを返す。
ドラえもんが爆竹みてえに背景を破裂させているスタンプや、どこぞの犬が白目を剝きながら音速で飛び上がっているスタンプも追撃される。
喜びの表現が過大すぎるので、わたしは、ふと気になった。
「良太と梅吉にも、言うてくれた?」
弟はひと足早く金曜の夜から帰っていて、日曜の夜になったら、わたしが弟をグループホームへ車で送っていかなければならんというミッションがあるので、なんか自動的に帰省してたけども。わたしの帰還を、彼らはどのように待ってくれているんだろうか。
……って、送ってみたはええけどやな。
いやいや、30歳越えた姉が、30分かけて西宮から神戸に帰ってくるごとき、なんでもないやろ。期待するほどのもんでもなし。
母から返事がきた。
「まず、良太に言うたよ。奈美ちゃんが帰ってくるよって。そしたら……」
「盗み聞きしてた梅吉が、ダーッと廊下に走っていって、玄関をジーッと見つめたまま、動かなくなった」
犬よ。
おお、犬よ。
神さまは偉大なる生き物をお作りになった。この姿を町一番の彫刻家に頼んで銅像にしてもらい、渋谷駅に置こう。
「おやつでも食べよかなって独り言いうたら、ちょっとチラ見してきた」
渋谷駅に置くにはちょっと忠犬成分が不安なので、高輪ゲートウェイ駅に置こう。おそらくまだ穴場のはず。
というか、むちゃくちゃ盗み聞きするやん。
まだわたし、電車にも乗ってないんやわ。嬉しい。全力で歓迎してくれる者が待つ場所へ帰ることは嬉しいなあ。
それで、肝心の弟はどうだったかというと。
「良太は『ああ、奈美ちゃんね。はいはい』って」
「はいはい……」
「顔色変えずに、部屋に戻ってった」
やっぱりな。
実際に、これまで実家へ帰ったとて、弟とは語りあったり、一緒に遊んだりすることもない。わたしと母がキャイキャイ世間話する横で、弟は黙々とごぼう入りてりやきハンバーグに舌鼓を打ち、食べ終わったら奈良公園の鹿のように子ども部屋に戻り、ゲームをするか、刑事ドラマを観ている。
話しかけても「んー」とか「ほんほん」とか、軽い返事だけ。
同じ家で別々に過ごして、充電してるようなもんなんで。
世間様では、家族の帰省といえば、たとえそこまで嬉しくなくても「おお、帰ってくるんかいな!ご苦労やねえ!」みたいな、ちょっとしたフリみたいな労いを、マナーの隠し味的に会話へまぶしていることと存じ上げる。大人は知っているからだ。実家に帰るという地味な面倒くささを。
でも、弟は、そういうのは一切しない。ヤツはカメラを向けてどんだけ笑えと言っても絶対に作り笑いをしない。お世辞も言わない。裸一貫の心で生きている。
はいはい。
しかし、この話には続きがあった。
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