小さな文章しか書けないから(イ・スラ×岸田奈美)6/8

 

誰からも依頼されずに文章を書く、韓国人の作家、イ・スラ。

借金を返し、家族を養うため、インターネットで文章を売る彼女。並々ならぬ親しみを抱いた岸田奈美が、どうしても友だちになりたくて、韓国まで行きました。書くことで生きるふたりの、打ち明け話がはじまります。

▼会いに行くまでの話

▼第1回

岸田
味方をつくるために、
文章の書き方や明るさを
変えるってこと、ないですか?

スラ
あります。
そこは奈美さんと似ていると思います。
誰もが喜んでくれるようなお話を書く一方で、
読者にはあんまり人気のない、
おもしろがってもらえなさそうなお話も
わたしたちの中にはありますよね?

岸田
はい、そういうのもたくさん。

スラ
それをどう明るく……
上手に包んでいくというか、
言いたいことをうまく包装して届けるかが、
すごく大切だと思うんです。

岸田
そうですよね。

スラ
わたしの友だちに国会議員がいるんですけど……。

岸田
友だちに!?
へえー!

スラ
彼女は若くて、元々は優秀な作家だったんです。
それがなぜ国会議員になったというと、
彼女は幼少期がとても貧しくて、そして、
妹さんに知的障害があったんですね。

岸田
うん、うん。

スラ
妹さんは福祉の施設で
暮らしていたらしくて。
ただ、その施設がとても……
ひどいところで。

岸田
ああ……。

スラ
で、彼女は妹さんを連れ出すことにして。
一緒に暮らすようになってわかったのが、
その、障害者のための法律やシステムが、
韓国はまだめちゃくちゃだということで。

岸田
生活してみて、気づいたんですね。

スラ
それで彼女は
「あっ、これはいくら文章を書いて訴えかけても、
法律が変わらないと意味がないな」って考えて、
国会議員になったらしいんです。

岸田
すごい!

スラ
彼女は作家としてもすばらしいし、
仲のいい友だちだったから、
わたしも力になりたい!
……って、思ったんですけれども。
それはすごく、難しいことだったんです。

岸田
ありゃ。

スラ
わたしがSNSで彼女のことを書いたら、
読者の中から
「なんか政治色が出はじめたね」
って批判が次々きてしまって。

岸田
うう。

スラ
本当にわたしが望んでいたのは、
すごく素朴なことだったのに。
友だちと妹さんに少しでも安心して暮らしてほしくて、
そのために必要な法律が変わってほしいなっていう、
ただ、それだけだったんですよ。

岸田
そうですよね。
そんな当然の友情を、
批判されたらショックですよね。

スラ
やっぱり政治と文学っていうのは、
一緒にやるのは難しいんだなって、
思い知りました。

岸田
ああ……。
わたしもその難しさは
感じたことあります。

スラ
ありますか?

岸田
えっと、たとえば……
点字ブロックってあるじゃないですか?
あれは目が見えない人には便利だけど、
母にとっては車いすのタイヤが
引っかかるのでちょい不便。
あちらを立てればこちらが立たず、
みたいなことが、日本の社会にもたくさんあって。

スラ
そうなんですね。

岸田
わたしがダウン症の弟や、車いすに乗った母を
暮らしやすくするように社会を変えたいと書いても、
障害のある他の人が同じように喜ぶとは限らない。
わたしはその小さな視点が常に気になるせいで、
みんなが100%幸せになるための言葉が書けなくなりました。
主語が大きすぎる話をするのが苦手なんです。
文章も立派なことを言おうとすると、
ブレブレのヨワヨワになっちゃう。
わたしの言葉の力が失われていってしまうんです。

スラ
なるほど……。

岸田
頭ではわかってるんですけどね。
わたしが言うことで社会が良くなるなら、
言うべきだと思ってるけど、できない。
この矛盾がいつも悔しい。

スラ
そもそも、主語を自分から、
ある別のひとりに人間に移して書くことも、
難しいですもんね。

岸田
難しいですね。
でも主語を“障害者”にするよりは、
“良太(弟)”にする方が、ずっと簡単ではある。

スラ
ああ。

岸田
こうやって、身近で小さな他人の話を
たくさん、たくさんやっていくことで、
わたしの主語の範囲をちょっとずつ
広げていくっていうことしか、
たぶん、わたしはできないんだろうなあ。

スラ
とっても共感します!
わたしも似たような戦い方を
取ったことがあって。

岸田
おお!

スラ
たとえばわたしは今、異性愛者で、
男の人と偶然出会って、結婚してますけども。
友だちにはレズビアンだったり、
ゲイだったりの人がいる。
友だちは、いまの韓国の法律のもとでは、
恋人との結婚は認められないんですね。

岸田
日本もパートナーシップの条例などは
各自治体で増えてるけど、
法律ではそうです。

スラ
そこでわたしが何の脈絡もなしに、
「同性婚を許可すべきだ!」みたいな
メッセージを投げかけたとしても、
なんか、その分、
言葉の力が失われるような気がして。

岸田
本当にそう思います。
困っているのが身内な分、
とても悔しいですよね。

スラ
だから、文学ができることっていうのは、
レズビアンの友だちひとりを
深く投影した登場人物として書いて、
読む人が愛せずにはいられないような、
そういう文章を書くことだと思うんですね。

岸田
ええ、ええ。

スラ
実際にはその登場人物は、
ただひとりのレズビアンにすぎないけど、
その、彼女たちが直面しているすべてについて、
興味を持ってもらえるようなきっかけになったり。
まあ、そういう、なんか、自然な形で
関心が広がっていくっていうのができるような。

岸田
わたしも、それしかないと思います。

スラ
小さな文章を書き続けていくっていうのが、
わたしのやりたいことだと思います。

岸田
すばらしいです。
なんか、いま、それを聞けて、誇らしいです。

スラ
えへへ(笑)

岸田
書き続けるって言葉が
サラッと出ましたけど、
努力してきたスラさんだから言える。
書くことより、続けることのほうが
どえらい大変で奇跡的なので。

ここでお願いがあります。イ・スラさんへの対談はわたしの自主企画で、渡航費・取材費(彼女への謝礼)・通訳費などすべて、岸田奈美の定期購読note(キナリ★マガジン)から出させてもらっています。

これまでの対談のPVや評判がとてもよく、また近いうちに韓国へ行って、イ・スラさんとお会いする淡い約束ができました!やった〜〜〜!

彼女と話したことはこれからもnoteに書いていきたいので、この連載のラスト2回はキナリ★マガジン限定公開とさせてください。

いただいた購読料はわたしが初めて友だちになりたいと思った友だちと会うために、あたたかい食事を囲むために、大切に使わせていただきます。

 
コルク