【キナリ★マガジン更新】野生!おんどれパンチくん
義母に電話したら
「ちょっと手が離せないん」
ありゃ、天ぷらでもやってんのかしら?
「アライグマが天井から落ちてきたんよ」
耳を疑った。
義理の実家はお寺だ。古い木造建築だと、そういうこともあるのか。マンション育ちには想像もできない世界だ。えらいとこへ嫁いでしもうた。
……アライグマかあ。
ち〜ちゃいお手てで、なんでも洗いまくるから、アライグマ。真っ先に思い出すのは、子どもの頃に使っていた歯磨き粉のチューブだ。自然派スーパーがブームだった母が買ってきた。特筆すべきはその無味。子どもは甘やかすからつけあがるんじゃいと言わんばかりに甘さを排除し、口に洗車機を突っ込まれたようなまずさだった。
チューブに描かれた、アライグマの絵だけが救いだった。
いや、それより有名なのは、ラスカルだ。
金髪の少年がチャリの前カゴにラスカルを乗せ、田舎道をどこまでも走っていくオープニング。昔はあれが成長したクリストファー・ロビンだと思い、プーさんを捨てて現実的な相棒に乗り越えた物語だと勘違いしていた。
神さまありがとう〜♪
ぼくに友だちをくれ〜て〜♪
どこからともなくロックリバーの風が吹き、わたしのスカートがふわりと広がった。実際には薄汚れたユニクロの暖パンで、リビングに突っ立っていた。
「飼いましょう」
「こんな凶暴なもん、飼えるかい!」
義母がブチギレた。
寺に行ってみたら、
「キッシャァァァァァァ!!!!!!!!!!」
檻に入れられたアライグマが牙をむいていた。
目がどす黒い。競馬場から出てきた大人でもこんな目はしていない。目というより穴。全ての光を飲み込んで闇堕ちし、ヨダレもまき散らしている。
ラ、ラスカル……?
「あと3匹、罠にかかってたんやけど、柵を食い破って逃げられたんよ」
武闘派……!
アライグマが落ちてきた本堂へいくと、屋根に大穴があいて、そこから日光が差していた。ディストピア。
寺って修繕するのがむちゃくちゃ大変らしく「くらしのマーケットでちょちょい♪」みたいなノリはご法度で、朝から田舎中の職人たちがワァワァ集まっていた。
「ラスカルにあこがれた人らぁが山に放しよったんや……」
その昔、アニメを見てあこがれた人間が輸入しまくり、凶暴すぎて手に負えず、逃がしたのだという。
だとすれば、この檻にぶち込まれるのは人間では?
わたしのように「ラスカル♡ほまにかわゆ♡」などと寝ぼけた戯言をほざく愚か者を一網打尽にすべきでは?
アライグマが気の毒になってきた。
もしかして逃げた3匹は、家族だったのか?
アライグマ一家の転勤が決まり、広くて静かなお寺を内見しにきて、
「うむ、畳暮らしもなかなか落ち着くじゃないか」
「パパーッ!みてみて!金ぴかのお仏像!」
「あなた、お砂糖菓子もあるわよ」
「山でどんぐりを洗い続けて10年、ついにマイホームか!はっはっはっ!」
……。
やっぱり今からでも飼おう。わたしは義母に訴えた。愛情を持って育てれば、きっと相棒に……
「本堂の床の下にイタチが赤ちゃんを産んだから、それを狙って入ってきたんやで。赤ちゃんは、弱くて、おいしいん」
「赤ちゃんを……?」
「洗って食べるん」
「洗って……?」
自然をなめていた。動物は必死だ。
「アライグマは人に懐かんよ」
すでに職人のおじさんが次々と噛まれ、病院送りにされていた。
アライグマ、名前のイメージと本体がかけ離れた動物の中でも、かなり上位に君臨する。ライバル候補はアイアイ、タスマニアデビル、ネコザメである。
あと、ニホンザル。お前もだ。
わたしのSNSのタイムラインは、ある時からニホンザルまみれになった。パンチくんだ。
市川市動物園で、人口飼育されていた子ザルが群れに戻ろうとする健気な姿が話題になり、SNSのスターダムを駆けあがった。猿界の芦田愛菜。
うちの母など一瞬でメロメロになり、寝ても覚めてもパンチくんパンチくんを連呼し、就寝間際にスマホを見てはほろりと落涙するほど入れあげている。
娘と息子がむさくるしい中年に成り果てた今、ご無沙汰だった母性がリバイバルし、パンチくんへとドボドボ注がれているのだろう。
パンチくんの動画を狂ったようにむさぼる母の隣で、わが愛犬・梅吉はスンと座ってる。かわいさは灯台下暗し。
まあつまり、岸田家のニホンザルへの好感度はストップ高だったわけだ。
梅吉とわたしが出かけた日までは。
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