【キナリ★マガジン更新】新幹線が運休した日に、なんとしてでも上京したかった人間の記録

 

 その日は、東京でラジオの収録だった。

映像ディレクターの高橋弘樹さんの番組で。2時間近くもみっちりトークできるってことで、そりゃもう、ワクワクしてたわけ。

前夜、即入眠。
今朝、即起床。ガバ起き。

昭和の戦後間もない映像かなってぐらい、テキパキ動きまくって、支度した。わたしにしちゃ順調すぎて。

全日本早起き選手権大会、二位以下に大差をつけ、余裕の表情で新大阪駅行きの電車に乗った。優雅にスマホを見た。

『東海道新幹線、始発から運転を見合わせ』

なんですって?

名古屋あたりで、新幹線、完全に止まってた。

あらかじめ買っといた、わたしの大切な切符、紙切れと化してた。寝てる間に紙切れと化してた。これが競馬の恐ろしさ。

しかも、なんか、見合わせの原因が。
保守車両に、保守車両が、激突したっていう。

そ、そんな、ウルトラマンとアンパンマンが空中で追突するみたいなこと、あるんだ……。

亡くなった人がいなくて、ひとまず、よかった。
復旧してる人も、がんばれ、がんばれ。


で、こっちの話ね。

いま、8時30分だった。

東京でのラジオ収録は、13時30分。

ま……間に合わ……ないのか……?

いや、まだわからん。すぐに新幹線が運転再開してくれたら、ギリで間に合う。高橋弘樹さんの根城にすべり込める。

運転再開が何時ごろになりそうか、調べてみたけど、この時点では情報が錯綜していて不明だった。

よし。
行こう。
新大阪駅へ。

こんなにさ、インターネットが普及して、いろんな情報をどこでも手中に収められるようになったのに、人類は今も昔も、やるこたァ変わってないね。

とりあえず、行けるとこまで、行くっていう。

新大阪駅がいまどうなってるか、およそ想像はついてるのに。それでも行ってから、現地で情報を拾い集めて、考えるっていう。

人生、だいたい、行き止まりで考えてる。

新大阪駅に着いた。
案の定、えらいことになってた。

同じように行き止まりで右往左往してる人間が、ミッチミチ。
リーマンも、ユニバ帰りのキッズも、阿鼻叫喚のミッチミチ。

みどりの窓口も、指定席券売機も、長蛇の列だった。

駅の構内、30℃は軽く越えてた。
すさまじい湿気で、もれなくメガネが曇る。

このままここにいたら、蒸し野菜になってしまう。
もはや新大阪駅は巨大なしゃぶ葉と化した。

電光掲示板を、みんなで一斉に花火ごとく見上げたら、『運転再開は未定』が『夕方まで復旧作業が続く見込み』に変わってた。たまや。

東海道新幹線で、東京にたどり着ける可能性が、消えた。

改札の脇で、じわじわ蒸されていたどこぞのパパが、

「飛行機、取れたぞ!バスで伊丹空港や!」

ぐずる子どもを抱きかかえて、離脱した。

飛行機!その手があったか!

JALもスカイマークも、臨時便を飛ばしてくれていたのだ。しかし、考えることはみんな同じで、秒で満席になった。ちくしょう。

もうね、こっからは、情報戦の開幕です。
サマーウォーズです。

血眼でサマーウォーズした結果、打開策を見つけた。

新大阪駅から特急サンダーバードに乗って、福井県の敦賀駅まで向かい、北陸新幹線はくたかで東京に向かうルートが動いていた。

関西から北陸を経由し「へ」の字カーブを描いて、東京に突進することになる。当然、所要時間は3時間増し、料金は5000円増し。

なにが悲しゅうて!なにが悲しゅうて!

躊躇していると、SNSのXで、こんな投稿が流れてきた。

「当方、限界サラリーマン。関空からインチョン経由で、東京に向かう便を確保しました。」

イ、イン……チョ……?

嘘だろ、ちょっと待てよ。

仁川(インチョン)国際空港だと!?!?

一度、韓国に脱出して、東京に軟着陸すれば、4時間で着くらしい。全日本迂回選手権大会があったら、この限界サラリーマンが優勝待ったなしである。

国外脱出ルートという大技を目の当たりにして、敦賀経由ルートにビビってる場合ではない。行くぞ。敦賀。

とはいえ、ダイヤは依然として乱れている。間に合わないことを考えて、ラジオ収録の担当者さんに連絡をした。

「さすが岸田さんというか、なんにでも巻き込まれますね……」

優しかった。
人生への期待値が低くて、命拾いした。

収録時間を調整してもらいながら、とりあえず、向かうことにした。ラジオ収録がダメだったとしても、夕方からはNHKの中央審議会、夜からは本の装丁をしてくれたデザイナーさんとの打ち上げもある。向かう理由に不足なし。

そうと決まれば、まずは切符を……。

「うわっ」

みどりの窓口の列が、大蛇にようにズルズル伸びまくっている。

一時間は並ぶよね……?
この暑さで……?

ゾッとした。
早くも蒸し野菜と成り果てた客たちが、列の途中で、スーツケースにもたれかかったり、うずくまったりしている。

死んじゃう!

いやだ。絶対に並びたくない。
絶対に並びたくないという、強い意志だけがある。

でも、切符がほしい!
わたしは再び、サマーウォーズした。

いったんフレッシュネスバーガーに入店し、涼とカロリーを確保して、体勢を整えた。

サマーウォーズの結果、スマホとクレジットカードと交通系ICカードの三種の神器さえ持っていれば、インターネットで予約して、切符なしで乗車できるらしい。

つまり、並ばずに、済むっ!
これだっ!

『e5489』という、JR西日本のネット予約サイトに登録した。

e5489トップメニュー 列車 予約・空席照会 | e5489 JR西日本e5489.jr-odekake.net

登録は無料で、いつでもできる。

検索条件を「新大阪〜敦賀〜東京」に設定して、サンダーバードと北陸新幹線はくたかを、同時に予約。座席も指定。

よし……これであとは決済を……

「ん?」

注意事項に、なんか書いてある。

『敦賀駅の窓口で、紙のチケットに引き換える必要があります。』

あっぶねー!あっぶねー!
罠に引っかかるところだった!おのれ、ネット孔明!

これだめじゃん!
結局、敦賀駅の窓口に並ぶやつじゃん!
並んでる間に、新幹線、出発しちゃうやつじゃん!

泣きながらサマーウォーズしたら、どうやら、特急サンダーバードはJR西日本、北陸新幹線はJR東日本の運営で、東西の両社をまたぐ場合は、そうなっちまうらしい。仲良くしてくれよ。

そうこうしてるうちに、サンダーバードの空席がもう、みるみるうちに埋まっていく。

やばいやばいやばい!
落ち着け!頭を冷やせ!

要は、会社をまたがなきゃいいんだ。

特急サンダーバードはJR西日本の『e5489』で、北陸新幹線はJR東日本の『えきねっと』で、別々に予約して、買えばいいんだ。

この時のわたしの集中力、ハンパなかった。大学受験以来のピークを迎えてた。致死量の脳汁が出てた。

「えーっと、サンダーバード17号がもう満席で……あっダメだ、そしたら乗り換え間に合わないから、もうグリーン車でいいや……そんではくたかをかがやきに変えて……」

フレッシュネスバーガーの紙ナプキンに、時刻表を、必死で書き込んでた。

もうね、ガリレオ。
福山雅治が数式書いてる時の音楽も鳴ってた。
タラララーッ!

暑さもあって、こめかみのあたり、ドクドクしてんのがわかる。鼻血が出る寸前。

「か、買えた……!」

10分後に出発の、特急サンダーバード!

交通系ICカードで入場できるように設定したので、これでもう、いっさい並ぶことなく東京駅へ向かえる。わたしはサマーウォーズに勝利した。

天才だと思った。

そんな天才を、世間が見逃すはずもなく。

「あのォ、ごめんやけど」

隣の席の紳士が、わたしをジッと見つめていた。

「お姉ちゃん、まさか切符、取れたん?」

新大阪のガリレオ、モロバレした。

「はい。ネットで取りました!」

「そんなんできんの!?」

「ふふふ」

「あれに並ばんでもええの?」

「ええのです」

日焼けして筋肉質な紳士は、トライアスロンの大会に出場するために、今日中に東京へ向かいたいのだという。

「いまどきの子は、スマホでなんでもやって、すごいなあ!」

紳士からハハァーッと感嘆され、わたしはいい気になった。

いまどきの子。あと数日で33歳になるってのに、いまどきの子扱いされて、嬉しかった。

わたしは、紳士にやり方を教えた。
行こう。ともに、東京へ。

「……ちょっとこれ、画面の字が小さくて、わからんねん。お姉ちゃんな、ごめんやけど、お金払うから代わりに操作してくれへんか?」

「えっ?」

紳士が、申し訳なさそうな顔で、財布を取り出した。

「えっ?」

わたしの父が生きていれば、この紳士ぐらいの年齢である。その紳士が、チワワのような瞳で、わたしを見つめているのである。

救いたかった。

「ごめんなさい」

「えっ!」

わたしのサンダーバードは、あと5分で飛び立ってしまうのだ。

「間に合いません、ごめんなさい」

「えっ?えっ?」

わたしは、この日、紳士を置き去りにした。

後ろを決して振り向かず、改札まで一目散に、走った。

参勤交代の途中、負傷した兵を泣く泣く置き去りにして、江戸に向かう弱小大名はきっとこんな気持ちだったのだ。

改札からホームへの道中でも、すでに熱中症で力尽きた人が、バタバタと倒れるかのように放心して虚空を見ていた。

その間を縫うように、サンダーバードが待つホームへと走るわたしたちも、すでに死んだ目をしている。現代のゾンビである。

エスカレーターで、後ろに乗ったのが、わたしよりも若い女の子だった。この暑いのにスーツを着ている。

ウチらだけでも絶対に……たどり着こうね……!

彼女は、汗だくで電話をしていた。

「はいっ!はいっ!北陸新幹線が動いてましたんでえっ!遅れますけどっ、はいっ、大丈夫そうですっ!」

電話に夢中で、スーツケースがすべり落ちそうになったから、わたしが受け止めた。

「すみません、すみません」

「いえいえ。ほんま大変ですねえ」

「ねえ、こんなん初めてで」

「お仕事ですか?」

「今日、東京で新人研修なんで」

たどり着かなくていいよ!帰りなよ!

叫びそうになった。

なんなら新人っぽいこと、わたしが教えるよ!感謝も謝罪も、「ほんまでっか」の一言だけを神妙な顔で使い分けたら、無限の感情に対応できるから、覚えとくといいよ!だから帰りなよ!

でも、わたしは知っている。

こいういうのは、何が起きても、遅刻しないのが社会人としてのマナーとかなんだとか、言われる社会なのだ。

わたしも会社員のとき、そうだった。

かつて台風で新幹線が運休したとき、徹夜してでも前乗りしてたやつが、朝礼で褒められていた。大阪から東京までタクシーで行った、おぼっちゃまくんみてえなやつもいた。もはや上京大喜利だよ。

つらい。



ホームも、阿鼻叫喚の大混雑だった。

特急サンダーバードの車内には、通路まで人が座りこんでいた。

みんなが一心不乱に、なにかの紙を見つめている。

これだ。

敦賀駅という、多くの者たちが人生で初めて降り立つ未開の駅を、シミュレーションしているのだ。突如として始まる敦賀駅RTA。休まる暇がない。

敦賀駅に着いた。
日ものぼり、新大阪駅を超える暑さだった。

ICカードをかざして通ろうとすると、改札機が沈黙している。

「わっ!わっ!」

押し寄せるゾンビたちが、改札に次々と、挟まっていく。ムギュッ。

「改札機は全台、緊急停止しています!そのままお通りください!」

お立ち台から、駅員さんが声を枯らしていた。

改札機すらも……お亡くなりになった……。

だが、ここさえクリアすれば、あとは50分後に出発する北陸新幹線に乗って、華麗にゴールだ。

わたしは、油断していた。

改札機を通ってからが、本当の戦いだった。

敦賀駅の構内、なーんにも、ねえの。
想像以上に、なーんにも、ねえの。

新幹線の駅なんだから、なにかしら、あると思うじゃん。めちゃくちゃ小さいコンビニしかない。

体感温度は変わらず30℃を越えている。

新大阪駅から脱出できた者たちも、ここで、ぐったりしていた。しゃぶ葉敦賀支店、オープン!

あかん。
ここまで来て、倒れてたまるか。

Google mapでサマーウォーズしたら、敦賀駅の西口を出れば、店がいくつかあるみたいだった。

スーツケースを引きずりながら、改札機の死体を乗り越える。

みんな考えてることは同じのようで、わたしの後に、ぞろぞろとついてきた。さながら行軍。敵は本能寺にあり。スタバは西口にあり。

ちなみに西口までは、歩いて10分以上かかった。

すぐ近くの東口から出てしまうと、人類が滅びたあとのような荒野に放り出され、二度と西口にたどり着けなくなるという恐ろしい噂が、まことしやかに流れていた。

汗だくで歩きとおし、スタバについた。
涼しかった。

天国を超える天国、実家のごとき安心感。

みんな、意識が朦朧としてて、ガラスを扉だと思って、ガンガンぶつかってたけども。

店員さんの緑のエプロンは花柄の割烹着に見えて、キャラメルフラペチーノは薄いカルピスのように沁みた。

ふと、置き去りにした紳士のことで、胸が痛んだ。

わたしはお詫びと指南書を、スタバでしたためた。

紳士よ、どうか安らかに。

ところで、敦賀駅の西口、こんなことでもなけりゃゆっくり滞在したいぐらい、おもしろそうな本の施設があった……。

30分ほどスタバで過ごして、また、新幹線の改札へと行軍した。

敦賀駅がやけに静かだった。お立ち台で声を枯らしていた、駅員が消えていた。

あたりを見回すと、改札横の駅員室で、真っ赤な顔をして座っていた。おそらく彼も、倒れたのである。

どんどん、仲間が減っていく。

みどりの窓口では、いまも、残り少ない自由席の切符をもとめて、人々が殺到している。

なぜだ。
なぜ、人間はそうまでして、東京に……!

わけわかんないよ。
                     
参勤交代って、あれ、めっちゃしんどかったんだ。
本当に弱るんだ。

弱ってもなお、わたしたちって、江戸に行くんだ。
令和になっても命を賭して、江戸に行くんだ。
シャケか?わたしたちはシャケなのか?

わたしは気づいてしまった。

現代人って、諦めるのが難しい。



情報量と交通網がドッと増えた。

何かがダメでも、どれかでなんとかできる手段が、増えた。

豊かのように思えて、手段がある以上、諦めることは許されない。


▼記事の続きはこちら

https://note.kishidanami.com/n/n97e94cc7ea07


▼キナリ★マガジンとは

noteの有料定期購読マガジン「キナリ★マガジン」をはじめました。月額1000円で岸田奈美の描き下ろし限定エッセイを、月3本読むことができます。大部分は無料ですが、なんてことないおまけ文章はマガジン限定で読めます。

▼購読はこちら
https://note.kishidanami.com/m/m5c61a994f37f

 
コルク