【キナリ★マガジン更新】カレーハウスで小顔にさせて

 

その日、わたしは、自分史上最高質量を記録していた。

地球上において岸田奈美の占める面積が、一番広いとも言える。そして順調に膨張を続けている。宇宙の神秘。

「岸田さん、ドラマ“かぞかぞ”のDVD化が決まりました!」

「マァ!」

「特典用に、主演の河合優実さんと対談してください!」

「マァ!?!?!?!!?!」

自分の書いたアレが映像化された円盤なんぞ、発売、即、家宝である。

長らく、我が一族の家宝の座は“伝説のアル中である祖父が飲み干した、レミーマルタンの空きビン”であった。次点は“淡路屋のひっぱりだこ飯の空き壺(4個)”。

レミーマルタンとタコ壺を押しのけての、君臨まちがいなし。

そんなもん末代まで保存されるに決まってるだろ!

いやだ。

この質量のままで保存されるのはいやだ。しかもあの、尊敬してやまない優実さんのとなりだぞ。

減らそう。

収録までの2週間で。

大丈夫。わたしならできる。3年前、健康的に減量できた経験だってあるんだから。任せて。減ってみせる。

減らねえ。

走れども泳げども踊れども、減らねえ。びっくりした。

30代になったら肉は落ちねえぞとは聞いてたけど、まっさかまさか、これほどとは。金太郎にまさかりで削ぎ落としてもらうしかないレベル。

すごいの、もう。身体が叫んでる。1mgだってお前を失うことに耐えられないって、肉をガッツリ掴んで離さない。後ろから脂肪を、あすなろ抱きしてる。

質量保存の法則に唖然としている間に、収録前日。

こうなったら。

押し込もう。

収録の当日だけマシになってりゃ、それでいい。手技だか電気だかを駆使して、とにかく肉を押し込む作戦に変えた。

「小顔 エステ」

調べたら、一件しか空いてなかった。

「今からって……そんな……あんた、人間の顔は粘土とちゃうのよ」

母が絶句していた。そっと予約した。

ホットペッパーの予約画面をたよりに、渋谷へ降り立った。

ほっそいほっそい、雑居ビルの4階。

ところが、エステらしきものがない。あるのは準備中のインドカレー屋だけ。

おかしいな。

フロアをぐるっと回ってみたけど、ない。間違えたんだろうか。ワラにもすがる思いでやって来たわたしは、ドキドキしながら電話をかける。

「予約してた岸田です。もう近くだと思うんですけど、場所がわからなくて」

「アー、オマチクダサイ」

バンッ!
ドアがあいた。

「ドウゾォ」

カレー屋やないか。

水色とピンク色の鮮やかなワンピースに身を包んだ、異国情緒漂うお団子頭のおばさんにいざなわれ、店へと入る。

薄暗い部屋の真ん中に、ベッドとタオルケットが置いてある。エステだ。エステができそうな気配だ。よかった。

部屋の隅の厨房には、ただひたすらに鍋でなにかを煮込んでいる別のおばさんもいた。

カレー屋やないか。

「ココ、アオムケ、ネテクダサァイ」

いやエステだ。やっぱりエステだ。

寝転ぶ。おばさんがタオルケットをかける。ファサッ。やわらかな風に乗って、スパイスの香りが運ばれてくる。圧倒的香辛料。ヴァスコ・ダ・ガマ。

「カレー屋やないか」

つい声に出してしまった。

「アー、ディナーは、カレー。ソウジャナイジカン、ココデワタシ、エステしてマス」

よく見りゃ、ベッドをよけるようにして、机や椅子が片づけられている。なるほど。かしこいわ。

正直、不安でいっぱいだったけど、おばさんの手つきは慣れており、何よりていねいだった。

暗くてだだっ広い空間と、ゴテゴテ装飾のランプも、薄目で見ればなんかこう、アラビアンナイトの宮殿っぽく見えなくもない。

これはこれで、セレブだ。考えようによっては。

「小顔はチョット、イタイカモ……」

「もとより覚悟の上です」

武士のようなやり取りになってしまったが、背に腹は変えられない。家宝がかかっているのである。

おばさんの手が、わたしの頬をググッと押す。

身構えたが、思っていたよりずっとマイルドな感覚だった。輪郭を揉んでいくときは痛かったが、どっちかっていうと痛気持ちいい。

顔とともに不安がほぐされ、ウトウトしてきた。

「肩、スゴイ、ハッテル」

「そうなんですよ。昔からずっとで……」

「時間ノバシテ、全身、ヤリマスカ?」

「いいんですかあ」

当日予約だったから延長は無理だと思っていたけど、これは儲けもんである。粘土みたいに、こねれるところは、限界までこねてほしい。

……ねむたい。

マッサージを受けているときの、意識を失う直前がずっと続く、この感じがものすごく好きだ。夢とわかる夢を見ているような。

首から鎖骨まで、おばさんの力強いタッチでほぐされていく。いろんな場所を、一気にこまかく、神速で。

す、すごい。これはすごい技術。千手観音にマッサージされているみたいだ。ふと目を開けた。

「えっ」


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