【キナリ★マガジン更新】サイン会でバーサーカーになったから、病んだらしい(どすこいしんどみ日記)

 

※メンタルが弱っている現在のことです。そんなにどぎつい書き方はしてないと思うんですが、つられてしんどくなってしまう人はご注意ください。

※医師や専門家のお話を交えつつ書いていますが、いち個人の、しかも特殊な職業のわたしの話であることをご了承ください。

前回のnoteに引き続き、わたしの心が疲労骨折した話なのだが。

そもそも、なんで疲労骨折したねん。


好きなことを仕事にして、寝不足の翌日は泥のように寝て、夜型だから朝はなんも予定を入れないようにして、家族の心配ごともひとつずつ解決して。

わたしにしては、順調オーライだったはずなのでは。

だって一年前は、母、死にかけてましたし。じいちゃん、死にましたし。あれに比べると、まあ、全然。


完全に昼夜逆転してしまったから?

誤解で保健所に通報されたから?

深夜の打ち合わせがあったから?

二週間くらい集中が必要な仕事を受けたから?

取材やテレビ出演などの顔出しが増えたから?


いろいろ、心当たりはあれど。

ここまで一気にガーンッと回復不能に陥るくらいまで、メンタルの疲労がたまる気がしない。

「なにが一番の理由なんですかねえ……?」

気になる。

心理カウンセラーの下園壮太先生と、あれこれと話してみた。


「イベント参加で、全国各地へ移動してたからですか?」

「ああー、移動は疲れますよね」

「でも、移動日は前後一日ずつ空けて、リフレッシュしたんですよ。ゆっくり観光もしたし、温泉も入ったし」

「そうですか。ちなみに、どうして移動を?」

「自分でサイン会を開催したんです」

「何人くらい来られました?」

「1回あたり50人から400人くらい…それを二ヶ月で5回くらいやりました」


「あ、それです」


下園先生がはっきり断言した。わたしはビビり散らかす。

「なっ!?」

「原因、たぶんそれです。サイン会」

もちろん、昼夜逆転や、納期の差し迫った仕事のプレッシャーなども原因だけど。疲労のリミッターが振り切れた引き金は、サイン会じゃなかろうかと彼は言った。

動揺した。

まったく想像していなかった答えなのだ。

「ででででででででも、でも、ですね、先生」

「はい」

「わたし、楽しかったんですよ。サイン会!超!楽しかった!」

紛れもない事実である。

楽しかったから、自分で旅費や会場費を払ってでも、全国を回ろうと意気込んで決めたのだ。

サイン会でわたしは、ディズニーランドのミッキーになれた。いやごめん、ミッキーまでは無理だ。ミニーでも恐れ多い。ジャングルブックの猿くらいにはなれた。インディージョーンズのエリアあたりにいるよね……。

サイン会を開くと。

本を持って、読者の皆さんが会いにきてくれるのが嬉しい。

作品の感想を、ていねいに教えてくれるのが嬉しい。

わたしなんかのサインや写真を喜んでくれるのが嬉しい。

いろんなお土産や差し入れをもらえて、わけわけできて嬉しい。

「岸田さんに会えて元気になりました!」と言ってもらえると、役に立てた気がして嬉しい。

ファンの人からもらったお金を、ファンの人に還元できるのが嬉しい。

嬉しいことしかない。仕事だと思ったこともない。


楽しくて嬉しくて本も売れて、三方良しなサイン会を開いて、なぜにメンタルをやられるんだ。わからん。

下園先生は、ゆっくりと説明をはじめた。

「岸田さん、あのですね。人間が一番怖いのってなんだと思いますか?」

「冬眠しそこねた……熊……?」

とっさに出たのは、昨日のテレビで特集されていた内容である。

あとはなんだろう? 地震。雷。火事。親父と言うが、わたしの身近な話に限ってはババアの方が最近めっぽう怖い。

下園先生の答えは違った。

「人間が一番怖いのは、人間です」


「人間!?」

地震。雷。火事。人間!?

「原始人で考えてみてください。共同体ではない人間を見つけたら、それはもう敵ですよ。槍で戦って殺すしかない。共同体のなかでも、嫌われたら殺されます。自分の命を守るために」

「いや……わたし原始人じゃないですし……現代人ですし……」

「人類の歴史なんて、原始人の方がずっと長いですよ。数百万年の歴史に対して、数千年なんて一瞬じゃないですか」

「たしかに」

「目の前の人間は、自分を殺すかもしれない。だから、常に防御しなければならない。これは原始人の頃から、わたしたちに備わってる本能です」

人間に会うとき、防御している。だから疲れる。

下園先生の説明は、そういうことだった。

しかしわたしは、サイン会が原因だと信じたくない。

「でも、サイン会に来てくれる人たちはみんな優しいですし、歓迎してくれるんですよ。嫌な思いをしたこともないし、防御なんかいらんでしょ」

「心拍数とかどうですか?」

「心拍数?」


そう言われて、いつも腕につけているApple Watchのデータを見る。定期的に心拍数を計ってくれているのだ。

実は、ちゃんと見たことがなかった。こんなところで使うとは。


サイン会をやっているときのデータがあった。

心拍数が跳ね上がっていた。

バックバクやないか。二時間ずっと。ときめきトゥナイトかな。

「やべえっすわ」


「でしょう」

「なんで?」

「人は防御に入ると、心拍数をあげて集中力を高めるからですね。臨戦態勢ってやつです」

わたし、サイン会でずっと臨戦態勢だったの……?

超好戦的じゃん……バーサーカーじゃん……?

「原始人って、基本的にすぐ死ぬので」

原始人、基本的にすぐ死ぬ。


「長期的に温存して生きるのに向いてないんですよ。原始人の本能を持って、現代人みたいに長生きするのってすごく大変なんです」

なるほど。

「いや、でも、やっぱりサイン会のせいだって信じたくないです」

だって。

わたしのことを応援してくれる人たちがわざわざ足を運んでくれて、「大好きです」「読んでます」って言ってくれて。

肝心のわたしは、防御の構えで返すなんて。

挙句の果てに、メンタルに疲労がたまって仕事を休むなんて。

応援を仇で返すっていうか。

そんなの、わたしがクッソひどいやつみたいじゃないですかァ!


根も葉もないことを言うが、これが本音だ。槍玉にあげられるならまだしも、ちやほやされて病むなんて、贅沢な悩みすぎるにも程がある。バチが当たる。そう思ってしまう。

「そうですよね、好きだって言われると嬉しいですよね」

下園先生が、励ましてくれた。優しい。

「でも裏を返せば、好かれてるっていうのは、嫌われるかもしれないってことですから」

「ひっ」

「原始人的に言えば、嫌われたら、殺されるかもしれない」

原始人、シビアすぎる。

「岸田さんや読者さんのお人柄はまったく関係なく、それが人間の本能ですから。無意識に、殺されないように、嫌われないように、期待に答えて、振る舞おうとする。そんなの続けてたら、疲れるに決まってますね?」

「はい……」

もうなんも言えん。

信頼している家族や恋人など、ある程度、ガッツリと関係性がある人と会うことはむしろ緊張を解く効果があるそうだ。


ふと、思い出したことがある。

“会いに行ける”という触れ込みから一気に広がった、アイドルの握手会。

CDを買うと参加権利がもらえることが多いので、熱心なファンともなれば、推しのために数万円分のCDを買って、握手会に臨む。

でも、たまに、体調不良で休んでしまうアイドルがいる。返金されるにしても、期待を裏切られたファンからの非難は飛んでくる。

あれは、もしかしたら、わたしと同じような状況だったのかもしれないな。どんだけ悔しかっただろう。

調べてみたら、AKB48の人気メンバーになると1日あたり1000人から2000人と握手をするそうだ。

ちなみに、人間の認知能力的に、安定した信頼関係を築けるのは150人と言われているらしい。それを踏まえると、数千人と会う仕事は異常だ。

体と心はほぼ原始人のままなのに、SNSを通じて、数万人と繋っている時点で、わたしたちはパンクしているのかもしれない。だいぶ無理めなことをやっている。

どんな人にも、好意と悪意はわずかにでも存在しているのだから。



わたしは、言おうか言うまいか迷ってたことを、下園先生に打ち明けた。

「だけど、楽しいんですよ。サイン会を開くのも、人と会うのも」

「はい。人を警戒してるけど、人に会いたい。そのジレンマも人間ですから」

寂しいとき。苦しいとき。自信がないとき。人に励まされることは多々ある。

「楽しいと感じるうちは、サイン会、やめたくないです」

本もガッポガッポ売れるし!本屋さんも喜んでくれるし!

「大丈夫ですよ。大切なのは、人に会わないことではなくて、人に会うことで消耗するという自覚ですから」

下園先生は、その状態を“低温ヤケド”に例えた。

仕事で派手に失敗したり、失恋したりといった、ネガティブな出来事の疲労は感知しやすい。熱湯をかぶるくらい。だから意識して、休もうとする。

でも、ポジティブな出来事の疲労は、感知しにくい。たとえば楽しいこと。人と会ったり、ゲームをしたり。あったかいから、休まずにどんどんのめり込む。でも、ストーブだって、あったかいからと言ってずっと当たっていると、低温ヤケドを起こす。

疲労は、ポジティブでも、ネガティブでも、疲労なのだ。

「要は、サイン会をするなら、その消耗の分だけ回復できるように準備すればいいんじゃないでしょうか」

ホッ。

よかった。いま予定しているサイン会も、予定どおりできそうだ。

ここまで書いて、誤解させてしまったら申し訳ないのだけど、わたしはサイン会に来てくれた人たちのせいで病んだわけじゃない。

疲労に気づかず、バーサーカー状態のまま、なんの回復手段も持たずに素っ裸で過ごしていたせいなのだ。

一度にたくさんの人に会うには、それなりの準備が必要だと知った。


ところで、回復っていっても、どうしたらええんやろうか。

趣味とか、好きなことをする?

うん。
それはなんか、心が休まる気がする。

しかし、下園先生は首を横に振る。

「好きなことをするのは、回復にはなりません」

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