意志を纏って、異彩を放ちたかったので
「もうこれ以上、服を買いとうない」
引っ越しで捨てることになった山積みの服たちを見ながら、わたしは頭を抱えていた。
取材や出演が重なるたびに、買い替えてきたからだ。
それなりに気に入っている服なんだから、同じのを着てもいいじゃんと最初は思っていたが、仕上がってくる写真がどうしても同じ印象になってしまう。
SNSなどで記事や番組を告知するとき、サムネイル写真はとても印象に残るので服が同じだと「なんだ、同じ記事か」とスルーされかねない。せっかくわたしのようなどこへ出しても恥ずかしい人間を出してくれるのだから、それではなんだか申し訳ない。
気を利かせれば利かせるほど、家のなかに布が増えていく。引きこもりだから、お出かけに着ていくでもなく。
「そうだ、制服を作ろう」
部屋にあったスティーブ・ジョブズの自伝の表紙をぼうっと眺めながら、ふと思いついた。こういう流れでそういう境地に至った人、世界にあと10万人はいそうだな。
オーダーメイドでそれなりに費用がかかったとしても、このさき何年もシーズンごとに服を買い替えず、着るものに悩まなくていいなら、何円かかろうともお釣りがくるわい。
さて。
制服を作ろうと決めたなら、さっそく、条件を考えよう。
一. わたしの体型に合って、シュッとして見えること
岸田家は、母がオシャレ番長である。自分によく似合うものを知り尽くしていて、店で服を探すときもほしいもののイメージと注文が細かい。
しかしわたしは父の血をグビグビ引いている。父はセンスという概念がよくわからず、マネキン買いの貴公子として百貨店で名を馳せていたが、「とりあえず誰もが知ってるブランドものの定番を着ておけば文句言われへんやろ」と自信満々で選んだのが、胸元に伊勢海老よりでかい馬の刺繍が鎮座するラルフローレンのポロシャツだった。子どものわたしが抱っこされる度にその馬と目が合ってめちゃめちゃ怖かったのでよく覚えている。先日、父の古い友人にあったら「浩二くんといえば、ポロ バ〜イ ラルフローレン!(笑)」と懐かしがるフリをして完全にバカにされていた。
なのでわたしは、自分がセンスが良いと思うものよりも、自分がシュッとして美しく見える方を信じようと心に決めた。
ちなみに、流行りの骨格診断では、骨格はストレートだった。ストレートの特徴は、胸板が厚く、メリハリがあって肌質に弾力がある。わたしは特にマヨネーズのキューピーになれる才能がある。
エッセイを書き始めた当初からブラデリスニューヨークへ自主的にお世話になっていることもあって、胸がド〜ンと出てるので、実はゆるめのワンピースやシャツを着ると、胸の位置が腹の位置とみなされ、ロボみたいな風格をまとってしまうのが服選びの難しさだった。
二.カジュアルとフォーマルで使いわけられること
種類は、最低でも二種類がほしい。
気軽な場所にもサッと着ていけるやつと、紅白歌合戦の審査員のような厳かな場所にも着ていけるやつ。上沼恵美子氏にあこがれているので、紅白歌合戦の審査員はいつかなりたかったのだが、上沼氏はなんと紅組司会も担われているので、わたしはかなり覚悟を決めて上り詰めなければいけない。
三.お手入れが簡単であること
ズボラなので。本当に。もうね、服をクリーニングに出すこと、布団をたたむこと、天ぷらをあげること、皿を洗うことが嫌い。網戸は外れたら、もう二度と自分でつけたくない。ほったらかしにしておきたい。
だけど、身なりはきれいにしておきたいのよ。強欲のファッショニスタ。
ちょっと全部の希望を詰め込んで、サッと書いてみた。
こんな感じ。とりあえずボウタイブラウスと、シャツブラウスがあればいいな。チャイナみたいな飛び道具的形とか、ワンピースもほしいけど。
四.意志を身に纏うこと
じゃあこれをどこに作ってもらうかと考えたとき、「意志を身に纏う」ことが叶うブランドにしようと思った。
買い物とは、選択の連続だ。わたしが身に纏うものは、わたしが選んだものでできている。
こんなわたしでも、人に見られる機会がある。人に見られるということは、「同じやつがほしい!」と思ってもらえるかもしれない。そんなときに、「そう思ってくれて嬉しい!」と心からわたしも思いたい。
そしたらきっと、引きこもりでトラブル続きのわたしでも、服を着て、人前に出ることが楽しくなるはずなので。
そうなるともうヘラルボニーしか思いつかんわけで。
わたしとヘラルボニーの出会いは、これらのnoteを見てもらえるとわかりやすい。
こないだ「岸田さんって、へランボルギーニがお好きなんですよね!」と複数の読者さんから声をかけられたが、そんな時速350km超出そうな名前ではない。しっかり覚えて帰ってほしい。
障害のあるアーティストさんの才能を発掘し、全国の福祉施設と連携して、彼ら彼女らのアートを商品にして販売している会社だ。
障害のある弟を持つわたしが、ヘラルボニーを好きな理由はいっぱいあるんだけど。
障害のある人の可能性を心から信じて、リスペクトしていること。“異彩を放つ”のキャッチコピーからも滲んでるけど、決してお涙頂戴でも、ボランティアでもなく、みんなが夢中になってお金を払いたくなるようなクオリティの作品を見つけて、商品にまでプロデュースしている。福祉施設やアーティストさんとの関係性づくりもなにより丁寧。
しっかり継続しているビジネスであること。障害のあるなし関係なく、すばらしいアーティストはたくさんいるけど、障害のある人や福祉施設は、それを世の中に広げて、お金にするきっかけやノウハウに乏しい。人生の経験と魂のこもった作品には、相応の対価が払われ、より創作に打ち込める幸せな人生に循環されるべきだとわたしは思う。
スタッフのみなさんがいい人であること。これが最大にして最高の理由かもしれん。いい人。いつも一生懸命で、優しくて、会社やアーティストのことを愛している。それが目一杯、伝わってくる。いつ連絡してもなんかめっちゃ人肌の温度があるメッセージを返してくれる。
そういうわけで、深夜、ヘラルボニーの松田崇弥さんに連絡した。
「いくらかかってもいいので、わたしの制服を作ってもらえないでしょうか」
「いいんですか!?!?!?! やります!!!!!!」
即答であった。
嬉しいのだが、反面、ちょっと不安になる速さだった。会社ってもっと稟議とか決済とかあるんじゃないのか。情緒一本槍ドリブンが過ぎる。
最初に、ブラウスに使用させてもらうアートを選ぶことになった。
ヘラルボニーはとんでもない数のすんばらしいアーティストさんと作品の契約をしているので、迷いに迷ったが、とりあえず二種類ということで。
生涯かけて全種類のアートで作ってもらおうという気概を持ちつつ、工藤みどりさん「(無題)(青)」 と 佐々木早苗さん「(無題)(丸)」を選ばせてもらった。
カラフルとモノトーンで、冠婚葬祭ぜんぶ行けるわ。
次に布選び。
渋谷スクランブルスクウェアのカフェで、ヘラルボニーのクリエイティブ全般を担当されている佐々木春樹さんが、いろいろ持ってきてくれた。
「綿とか麻の軽い素材だと、わたしの体のプニムチ感に負けちゃってなんか垢抜けないんですよね……」
「それならサテン地がおすすめですね。このあたり」
「うわー、つやつやしてる!でもこれってお手入れ大変ですよね……」
「丈夫で楽チンな素材もありますよ」
「夏とか暑いですよね……」
「これだと涼しいです!」
全体的に語尾が控えめなのだが、言うてることはド厚かましいわたしの質問に次々と最適解をくれる。
ところでこの場所には松田崇弥さんもいたのだが、お茶をすすりながら「良いですねえ!」「最高!」「楽しみになってきた!」「いいなあ!」を連呼していた。
仮にも社長がそれだけの役割でわざわざここまでご足労くだすったわけもないだろうと最後の最後で尋ねたら
「えっ……このためだけにワクワクしながら来ました」
と言った。すごいぞ。
わたしの選んだ布に、アートがプリントされた。
一ヶ月後。
形の仮縫いができたので、実際に着てもらってその場でサイズ感を調整しましょうということで佐々木さんに呼んでもらった。
ちょうど、熱血ファッション漫画「ランウェイで笑って」と「海月姫」を読み終わったところだったので、仮縫いというファッショニスタたちの死闘が浮かんで、たぎった。
この時点では着心地を確かめるので、布は無地。わたしが描いたやつに袖を通してるという感覚が新鮮すぎる。
あまりにも慣れていないので、目のやり場などもどうすりゃいいかわからず、「2億個の発注ミスをして締め上げられている新人バイト」みたいな風貌になった。(そんな会社は存在しない)
ってかこの写真すげえな……喜びすぎて目が漫画みたいに笑ってる……こわ……。
モニターに映すことで、テレビ映えなどもイメージがつく。
「ちょっと柄が小さくて見えないかな。もうちょっと大きくしましょう」
「袖のあたりもう1cm縮めた方がきれいですね」
「胸の下、あと0.3ミリ詰めよう。やっぱり0.4ミリかな」
「リボンどうです?結びやすい長さですか?結び方によってはもうちょっと長くした方が華やかかも」
2億個の発注ミス、再び。
怒涛の細かい調整をかけてくれるのだが、もうランウェイの上の鯉といった感じで、言われるがままに調整してもらった。0.数ミリ単位で自分のためになにかを工夫してもらった経験がないので、ありがたみが強い。大抵、ざっくりした指示のもとで右も左もわからないどころか、右と左すらわからない状態で放し飼いにされて生きてきた。
鶴の恩返しで言うところの鶴が……こんなわたしのために二人も……別に通りがかりに助けるような善行を積んだわけでもないのに……。
仕上がりは一ヶ月後の予定だった。
のだが。
なぜか仕上がりよりも早く、連絡がきた。
「岸田さん!今日からNHKのパラリンピックの中継出られてますよね」
「はい、出てますが……」
「ギリギリでブラウスのサンプルができました!これ、岩手県から超特急で送ったら、出演に間に合いますか!?」
「えっ!?」
「せっかくの記念ですし、着ていただけたら嬉しいなと」
「いやわたしも嬉しいけど、パラリンピックで物流が不安定らしく、今日の明日で届くのは残念ですが難しいかと……」
届いた。
奇跡の物流か?
こっちの形も。
「(無題)(青)」の柄の方は、制作の事情で間に合わなかったけど。二日連続で制服を着用できたのである。
なんの告知もなく突然、躍り出てきたので「岸田さんが着てるめっちゃいい服、なんなんですか」といろんな方面から連絡があった。NHKのスタッフさんたちからもすれ違うたびに大好評だった。
かくして岸田奈美の制服は、国際的行事かつ全国放送にて、お披露目が叶った。嬉しくてたまらん。ずっと着る。
ところで、お支払いの件について、事前にこんな話をしていて。
「お代は結構です!」
鶴かな?
鶴になっていただくわけにはいかないのだ。大阪のおばちゃんがよくやる「ここはわたしが」「いやいやわたしが」で一生財布のチャックを開けたり閉めたりする勢いで迫った。
「お代は結構なのですが、お願いがありまして」
「ほいきた」
「このブラウス、コラボ商品として販売してもいいですか?」
「いいんですか?」
コラボったらあーた……あれでしょ……焼肉たむらみたいな……だめだ、あまりにもオシャレに疎すぎて焼き肉たむらしか出てこない……でも焼き肉たむらすごいじゃん……。
芸能人でもインスタグラマ〜でもないわたしが、そんなことさせてもらっていいんだろうか。
出ちゃった。
モデルさんもスタイリングもなにもかも素敵なやつ、出ちゃった。
「あらやだ!そのブラウスとーっても素敵!どこの?ねえ、どこの?」
と通りすがりのおばちゃんに聞かれたら
「これねえ、ヘラルボニーに岸田奈美さんが乗っかって作られたやつなのよ」
などと情報量の多い返しを課してしまうのが心苦しいが、それにつけても着ていただく価値のある異彩とストーリーを持つアートなので、ぜひ購入を検討していただければ嬉しいです。収益はもちろん全額、ヘラルボニーとアーティストさんに入ります。
ぶっちゃけ、売れなきゃ困るんだ!わたしとコラボして大ゴケさせたら鶴になっても償いきれないから!頼む!(わたしが持ってる服の中でもかなりお高めの値段だけど、素材・アーティストさんへの使用量・生産数を考えたら本当に絶妙な設定なので清水の舞台から飛び降りてみよう)
予約販売はこちら
「渋谷スクランブルスクエア2F / HERALBONY POPUP」にて試着&予約(お届けは2021年11月上旬を予定)もできるそうです。