iMac G3を手に入れたので、思い出と一緒に起動してみた

 
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実家のクローゼットの奥底から、写真アルバムが発掘された。

「Family」とプリントされた表紙のそれをどれどれと開いてみると

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家具が盛大にひっくり返った写真ばかりで、こっちがひっくり返るかと思った。なんなんだ。家族を現代アート風に解釈した先鋭的なアルバムなのか。

母に聞くと

「阪神大震災の直後の家やわ。片づける前にパパが“今のうちに撮っとくんや!こんなん、なかなか見れへんぞ!”って言うから」

わざわざ一眼レフを探してフィルムを入れ、現像までしたというのだから、まあなんとも緊張感があさっての方角を向く家族である。ちなみに直前まで父は倒れてきたタンスの下敷きになっていたらしい。命があってなによりだが、なんでもネタに変えるのが早すぎる。

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17年前にとつぜんこの世を去った父は、新しいものがとにかく好きで、流行の十歩先を行き過ぎては時代が追いつくのを待ちきれず「あいつらはなんもわかっとらん!アホや!」と大騒ぎし、またわけのわからんものを小脇に抱えて持ち帰るという、鑑定眼のないインディージョーンズみたいな男であった。

そのひとつが、1998年にappleから発売されたiMac G3だ。

当時のわたしは7歳だったので、あとから調べて知ったことだが、そのころのパソコンはどれもネズミのような色ばかりで、ボンダイブルーというユニークな色でスケルトンデザインのiMac G3の登場は衝撃的だったらしい。

なんでそんなもんが、震災でしっちゃかめっちゃかになり、とても余裕などない我が家にもたされたかというと、

「学校で友達がおらん。さみしい」

などと泣き言をいっては夕飯をつつく根暗なわたしに

「友達なんかこの箱の向こうになんぼでもおる。これからはパソコンの時代じゃ!」

と、父がなかばヤケクソで持ち帰ってくれたのである。組み立てながら、なぜかやたらめったらに怒っていた。気性が激しすぎる。

手に入れたばかりのころの話は以前、「先見の明を持ちすぎる父がくれた、移民ファービーとボンダイブルーiMac」というnoteに書いたが、まあこれが、わたしの人生の転機だった。


しかし、急性心筋梗塞であっさり亡くなった父のあとを追うようにiMac G3が寿命で壊れると、途端に押しに弱くなった我が家はあれやこれやと電気屋のすすめで光回線を導入し、パソコンはWindows XPを搭載した富士通になった。

社会人になってようやくAppleのMacbookAirにシャケのごとく戻ってきたが、あの頃のiMac G3の面影は時代とともに薄れている。

まあよくも、あんな時代にあんなもんを買ってくれたもんだな、と時折思いを馳せながら、先週も買い出しに街を歩いていたときである。(以下個人が特定できる内容を含んでしまうので多少経緯のフィクション有で)

閉店寸前のリサイクルショップの片隅に、やけに巨大な、でもどこか懐かしさが漂う、巨大な段ボール箱が目に入った。


iMac G3だ!
しかも初代、ボンダイブルー!


「パパ!キーボードの打ち方がわからんから教えて!」「じゃかあしい!ローマ字じゃ、そんなもん調べんかい!」という、父との理不尽過ぎるやりとりが脳裏を高速でよぎる。あれだ。あれと同じやつだ。

「こ、これってまだ使えるんですか?」

店員さんに聞くと

「はい。インターネットにつなぐのが有線で面倒なのと、いまのホームページは規格が違うんでほぼ表示されないとは思いますが……」

お値段、4万円。


一ヶ月分の食費が吹っ飛ぶ金額である。しかも、ワールドワイドにウェブできないパソコンに。どうやら阿部寛の公式サイトですらたぶん表示できないらしい。

迷った。迷いに迷った。今日はカルディで奮発してパンダ杏仁豆腐を大人買いする予定だったのに。

母に連絡をした。

「買ってええと思う?」

「えーっ、わたしやったら買わんけど……置くとこないし」

「そうやんな」

「でも」

「でも?」

「パパやったら買うと思うわ」


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買った。


奇しくも今は、盆の時期である。これはすべて父の仕業といっても過言ではない。

ふたを開けると、付属品が入った薄い箱があって

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その下に、iMac G3がお目見えした。懐かしさに目がくらみそうになった。

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意外と小さい。それだけ当時のわたしの体が小さかったということである。

ごていねいに、人間で言うところの後頭部にハンドルがある。そうそう、ここを持ってね。

ッせい!

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…?

……?

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腰が木っ端微塵になると思ったので、一旦戻した。これは腰が木っ端微塵になる。わたしには予知能力があるのでよくわかる。

重い。

アホかと思うほど重い。


ブラウン管製品を手放して久しいので、こんなに重いことを忘れていた。今や最新のiMacを旅行先へ持ち運ぶジャンキーもちらほらいるというのに。


おびえる我が子を涙を呑んで引きずり出す獅子のようにして、なんとかiMacをシャバに引きずり出した。

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先に付属品の箱を開けていく。

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マウス……このマウス……!あんた、こんなちっちゃかったのか……!

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当時、子どものあいだでスーパーボールのくじ引きが流行っていたので、このマウスの中にあるボールをこっそり持ち出し、レアなスーパーボールと騙って不当に賞賛を浴びていた記憶がある。

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Windows搭載の富士通モデルに買い替えたとき、「右クリック」というボタンの存在に驚愕した覚えがある。人間、一度高まってしまった生活水準を下げられないのと同じで、もうこの丸いマウスには戻れない。

だが、不便なのがかわいいとすら今は思える。そう思えたらおばさんの始まりなのかもしれない。今日はノスタルジック懐古ババアの記念すべき誕生日。

説明書とCD-ROM類。

今のapple製品は直感的な操作が売りで、なにを説明してるねんと思うほどに説明書がペラッペラだが、iMac G3は電話帳くらい分厚く、初心者にもいたれりつくせりである。

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「トラブル克服ハンドブック」という、いまのappleではおよそ出てこないようなネーミングがとてもいい。心強いにもほどがある。

初代機動戦士ガンダムでは宇宙世紀0079年になっても、ガンダムのコックピットには紙の分厚いマニュアルがドンとアホみたいに置いており、アムロはそれを必死でめくって大気圏を突破した。われわれは所詮、いざという時には紙が便りになる世代なのだ。

側面をパカッとあけて、キーボードをUSBコネクタにつなぐ。

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テンキーが別売りになってからとんと使っていないが、あったらあったで安心する存在感だ。棚の奥にしまいっぱなしの土鍋って感じ。

このキーボード、打ち方すら父から教えられなかったが、箱の向こうにいる人たちとおしゃべりしたい一心で、自己流でローマ字を調べ、自由帳に書き写しては練習した。

野生で育ったので、結果的に8歳になるころには「両手とも人さし指一本ずつ打法」で、有名なタイピングサイトで全国5位に入る腕前となった。

社会人になってからは、この速さに幾度となく助けられた。なんでもすぐ、喋るように書いてはネタにできる。

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電源プラグを挿したら

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いざ。



……


………

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おっ。

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ついた〜〜〜〜!!!!!!!!!


決して音がいいわけじゃないくぐもったスピーカーから「ジャーン!」と流れた。二十年ぶりの再開に、ぼろりと涙が流れてしまった。産声を聞いた親の気持ちがわかる。

よう、よう来てくれた……。

デスクトップも、懐かしい。下のバーをいじる度に「カチャッ!カチャッ!」ってそろばん弾くような音がして、それが心地よくて、ずっとクリックしてたっけな。

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(画面に横線が入ってしまうのはカメラとブラウン管の相性の問題なので、実際はクリアに映ってるよ)


アプリケーションを開く。

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Microsoft Office 98が入ってるぞ!

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これで原稿を書いたら、なんか良さげな出来になる気がする。インターネットには繋がないけど、データ移動の方法はあるはず。

USBメモリがちょうどひとつだけあったので、挿してみた。

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このUSBメモリには「ひろみ」という母の名前を設定している。社会人のころ、USBをあちこちに落としまくっては始末書を書き続けるアンポンタンだったので、肉親の名前にしたところ、さすがに肉親を落とすわけにはいかないと脳が認識したのか、この一本だけは失くさずに残った。

しかし、そんな「ひろみ」も

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iMac G3では何者でもなくなってしまった。母がまだ、母になりきらない時代の産物なのだから当然である。なんだか感動してしまった。

中のファイルを開いたところ

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他に20個ほど、PDFや音楽データが入っていたはずなのだが、なぜか無かったことにされていた。

「娘から母への手紙.docx」という、わたしが母の本のあとがきに寄せた原稿データだけ残っているのが、偶然にも運命を感じさせる。

これを開いてみた。

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おわ〜〜〜っ!

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文字化けェ!

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誰やお前ェ!

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「こんにちは」とデフォルトで書いてあったので検索を押したら、「質問の意味がわかりません」とSiriもびっくりの塩対応をされてしまった。長い眠りで言葉を忘れてしまったんだろうか。

こいつはWindows 97年版で言うところの例のイルカで、Mac版にしか登場しないマックスというらしい。記憶にない。放っておいたらルービックキューブみたいになった。


docxは、最新のiMacの方で保存時にバージョンを落としに落とすか、.txt形式で保存されたら無事に表示された。これでインターネットに繋がずとも、ワープロとして使えることが確定する。作家が生業でよかった。


Photoshop 5.0も入っているので、

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デザイナーとしても活躍できる。お仕事お待ちしています。納品はCD-ROMに焼くか、USBメモリを郵送します。


CDトレイも、ボタンを押すと勢いよく飛び出てくる。

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お年玉をためてCDをはじめて自分で買ったとき、プレーヤーに乗せる瞬間がたまらなくドキドキした。買ってやったぜ、どうだって感じがした。

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実家にあった奥田民生を。くぐもった、だけどどこか愛しい音色で「さすらおう、この世界中を」と歌い出す。わたしはいまも、ネットの海をさすらい、ころがり続けている。


楽しい。


久しぶりだから使いづらいかなと思っていたら、まったくそんなことがなく、ずっと前から知っていて心の片隅に棲んでいた友人との話が弾むように、しっくりくる。


あの頃、名前も顔も知らない遠くの一人ぼっちたちと、ネットの掲示板ではじめて友達になったときと、いまも変わらない。

「起動できた。なんか知らんけど、ずっと泣いてる」

母に連絡した。

「こんなんわたしのために買ってくれて、ええパパやったな」

すると母は、少し気まずそうに、歯切れの悪い返事をした。

「あのな、水差すのもあれやから、言うか言わんか迷っててんけど……聞いてくれる?」

「う、うん」

「たぶんな、パパ、自分がほしいだけやったと思うねん」

「なんやて」


「よく、奈美ちゃんがほしがっとるから!良太がほしがっとるから!って言うて、いろんなもん買おうとしててん」


思い返せば、心あたりがありすぎる。

「奈美ちゃんのためにええとこ連れてったる!」と言われ、ワクワクしていたら、およそ小学生低学年には理解もできないマニアックなヨーロピアン建築をはるばる見に連れていかれたことがあった。父はぐずる娘をそっちのけで写真を撮りまくっていた。

「これからはXboxがくる!Xbox買うぞ!」と父がおもちゃ屋に走ろうとしたが、当時はXboxなど子どもは誰も知らず、任天堂64がほしかったわたしと弟は泣いて父の足にすがった。「これからはXboxの方が自慢できるねん!」と父は譲らなかったが、誰に自慢するつもりだったのだろうか。


わたしが友だちがいないと泣き言をいったあの瞬間、父は心配しながらも、こっそりガッツポーズをしたに違いない。

そういえば、最初はパソコンに興じるわたしをニコニコと見守っていた父が、あまりにわたしがハマり出すと

「なんやねん!パソコンできるからってえらいと思うなよ!」

と三下のような捨てゼリフを吐いて子ども部屋からやかましく出ていったのを思い出した。父のポン菓子のように突発的な理不尽は今に始まったことじゃないので気にしてなかったが、あれは自分よりパソコンを占領し、自分より上手くなってしまったわたしへの当てつけだったというのか。なんなんだ。

「でもな、奈美ちゃんのためになにかしてあげたいっていうパパの気持ちはな、本物やで」

母はそう付け足した。


ある意味、健全なのかもしれん。

自分の時間を犠牲にして子どもを思うというより、自分の興味と子どもの興味を瞬時に一致させて、底なし沼のように引き込みつつ、謎の爆発力で一級のエンターテイメントに昇華させる父だった。

父は楽しかったんだと思う。

わたしも楽しかった。


父から送られたものは、変なものばかりだった。iMac G3もそうだった。

変なものを買っては、説明書もなしに、それを乗り越えろ!どうにかして楽しめ!と言ってくる父は、当時は頓珍漢だったが、今は感謝している。

「アホか!説明書なんか読まんでええ!つまらん!」

体ひとつで、祖父から大工仕事を受け継いできた父はそう言った。

おかげで説明書がなくても、たいていのものは触ってみれば取り扱いがわかる、というのが今のわたしの特技になった。

どうせ、人生に説明書は存在しないので。


iMac G3のおかげで、インターネットの世界でなにかを書くということが当たり前になって、タイピングが早くなって、もうあかんくらい悲しいこととか恥ずかしいこととかあっても、こんちくしょうと思いながらそれを書いては、たくさんの一人ぼっちに囲まれて、ご飯を食べているよ。

こんなこと、説明書には載ってなかったからね。

(さすがに昨夜、母への誕生日プレゼントの指輪や一張羅が詰まったカバンを車道に落としてしまってそのまま見つからないのは、まだ笑い話に変えられてないけど)

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こんにちは、ひさしぶり、ありがとう。
今日からまた、よろしくね。

友達いなくて、きみに出会えて、本当によかった。

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※このnoteは、起動したばかりのiMac G3で下書きをしました。


以下、おまけ。(設置〜起動しているシーンの動画と一言)

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