【キナリ★マガジン更新】もしもし人類、身内のクソリプ

 

いつにも増して長いnoteですが、前半はわたしの弟の話で、後半は誹謗中傷の話です。後半のはわたしの思考力と言語化力が拙いために闘争に発展するかもしれないので、卑怯だと思いつつ、マガジン読者のみなさまへのここだけの話としてください。

こんな日が来ないことを、心のどこかで祈っていた。

弟が、Twitterの存在に気づいてしまった。


「あのォー。なみちゃん、これ、どうかなあ」

弟が、頭をぽりぽりかきながら、自分のiPhoneの画面を見せてくる。

わたしは賢いのでわかるが、これは芝居だ。「頭ぽりぽり」と「どうかなあ」は、賢い僕は悩んでるんだけどね、というポーズにすぎない。

大抵そういう時、彼の決意は固まっている。

「どれどれ」


見せられたのは、Twitterであった。


「オ、オゲェェェェーッ!!!!」


今春で一番、汚い声が出た。春はおたけび。やうやう白くなりゆく顔色。

なぜ。
なぜTwitterを。

弟のiPhoneをひったくり、よく見ると、それはスーパー戦隊シリーズの映画「テン・ゴーカイジャー」の公式アカウントだった。

ゴーカイピンクとゴーカイイエローを演じている女優さんが並び、仲良さそうなツーショットをアップしている。

アプリ版のTwitterではない。弟のiPhoneのApple IDはわたしが握っている。表示されているのはSafari(ブラウザ)版。

あわてて、弟の身振り手振りによる事情聴取をした。ノーラン・ライアンの球かと思うくらい、あっちこっちに話が逸れるので、30分もかかった。

ダウン症の弟は、最近、目にした言葉をiPhoneに書き移せるようになった。

頭のなかから言葉を引っ張り出すのはなかなか難しくとも、目の前にある看板やチラシやらの言葉をひと文字ずつ見ながら、iPhoneに打ち込むことができる。

弟は、映画館で見そびれた「テン・ゴーカイジャー」の配信が始まるのを、心待ちにしていた。

毎日のようにブラウザの検索窓に「テン・ゴーカイジャー」と打ち込み、公式サイトを確認しては、まだかまだかと落胆してたっぽい。

そしてある日。気づいてしまったのだ。

公式サイトを一番下までスクロールすると。番組公式Twitterがあることを……。

さっきまで画面の中で、決まったセリフしか話さない、キャプテン・マーベラスたちが。見たこともないグッズが。読める。読めるぞ……!

弟の頭では、主題歌が炸裂したに違いない。

一番輝くお宝探せ
レッツゴーパイレーツ!

もっとまだまだ!
見てみたいんだ 一歩前へ!

Uh ワクワク 海賊戦隊
Go let's go ゴーカイジャ〜〜〜〜!!!!!

かくして、弟は一番輝くお宝(Twitter)を見つけてしまったので、もっとまだまだ!見てみたいんだ!とワクワクになった。

ここで科学戦隊ダイナマン(1983年)にハマってくれていたならば、Twitterなど存在しなかったのに……!生まれてはじめて、デジタルトランスフォーメーションを憎んだ。

「これ、なに?」

「ツイッターやで」

「つったー」

つったー、つったー。フムフム。素晴らしい響きを確かめるように、弟は何度か繰り返す。

「あのォー、僕、これ、みてもええかなあ?」

「……なんぼでも、みたらええがな」

この時点でもうイヤな予感がしていた。

しかし、わたしもオタクの端くれである。公式からの供給がどれほどオタクの心を潤し、明日を生きる希望に化けるのかを知っている。

弟が興味あるのは今のところ、仮面ライダーとスーパー戦隊とドラゴンボールなので、まあ、見るぶんには安全だよね。

うん。


一週間後。

「あのォー、僕、言うてええかなあ」

「なにを?」

「DVD、がんばれーって」

「だれに?」

「テン・ゴーカイジャー」

わたしは無言で、自分のTwitterを開いた。

送った。

「これでええか?」

弟に見せた。へっへっへっと笑い、弟はうなずいた。公式からの返信はなかった。


さらに一週間後。

「あのォー、僕、つったー、やってええかなあ?」

「いけません」


即答した。

眉をハの字にする弟に、心が痛んだ。しかし姉として譲れないラインであった。

わたしは10年近くTwitterの荒波を泳いでいるから、身にしみている。

大きな木の枝で、鳥たちが楽しくピチチチとさえずりながら、心地のいい巣作りに勤しむのがTwitterだが、そこにはスズメやカラスやヒッポグリフやサンダーバードが混在している。

いつだったか「飯がうまい」とツイートしたら、「仕事が忙しくて何時間もご飯を食べてません。不快に思う人のことも考えてください」と言われて、無常にブロックされたときは、背後から羅刹鳥に狙撃されたかと思った。

自分がTwitterを楽しんでる手前、言いづらかったが。

素直な弟にはそんなカオスな世界で、わけもわからず、傷ついてほしくない。あかん。想像しただけで泣いちゃう。


三日後。

「あのォー、やっぱり、つったー、やってええかなあ?」

風呂に入りながらわたしは、悩みに悩んだ。いくら障害があるからといって、彼はもう26歳だ。

まだ区別のつかないこと。理解できてないこと。弟にはたくさんある。

でもバカではない。アホでもない。

弟が、わたしと同じ小学校に通っていたときのことを思い出す。わたしの母は、弟を特別支援学校ではなく、普通学校に入学させた。

「安心して通えるし、丁寧に勉強を教えてくれるのは特別支援学校やと思う。けど彼には、世の中はそんなに甘くないってこともちゃんと知ってほしい。知能や言葉の壁があって、衝突をしても、挫折しても、相手と折り合いをつけていく方法を見つけてほしい。いつまでも、わたしが彼を守ってあげられるわけじゃないから」

今でこそ母はそう言ってるが、内心、葛藤でいっぱいだったはずだ。異質な弟がいじめられないという保障はない。

しかし、母は覚悟をしたのだ。

弟には、守られる権利もあれば、傷つく権利もある。

東郷平八郎の部下はビーフシチューを作ろうと失敗して肉じゃがを生んだ。夏目漱石は病んで引きこもりになって『吾輩は猫である』を生んだ。

傷つくことで、得られるものはある。

わたしが弟が得るかもしれないなにかを、弟の実力を見くびることで、奪ってはいけない。

覚悟だけはしておこう。傷つく彼に寄り添う覚悟を。ともに傷つく覚悟を。

「ツイッター、やってええで」

「ほんまか」

iPhoneをわたしに差し出す弟は、その場で何度もかかとだけ上げたり、下げたりしていた。跳ねとる。微妙に。

「せやけど、ごめん。これだけはわかって」

わたしは、弟に伝えた。伝わってるかわからんけど。できるだけゆっくり、わかりやすく、繰り返して。

「鍵アカウントにするで」

弟が首をかしげた。

「ええとな、あんたが、書くやろ。それ、相手には、見えへんねん。やから、返事は、ないで」

「おっけー」

「あと、お姉ちゃんもあんたのアカウントは、見るから」

「おっけー」

ほんまにわかっとるんやろうか。



翌日。

弟のアカウントに、自分のiPhoneからおそるおそる、ログインした。

弟が誰に何を送るかわからないし、トラブルになりかねないので、彼のアカウントは非公開設定にしている。

興味のあるアカウントをフォローすることはできるが、弟が書いた投稿は、誰も見れないようになっている。

弟はすでに6件、リプライ(返信)をしていた。それがもう、大変なことになっていた。

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