【キナリ★マガジン更新】自動車教習おかわり列伝-6日目「踏切で座布団を燃やせ」

 

32歳が自動車免許をとるために、ヒィヒィがんばる短期集中連載。2〜3日に1話ずつ更新中。
1日目「適性検査の神童」
2日目「異世界転生系教習生」
3日目「盗んだPCで学び出す」
4日目「牙をもがれたオジン」
5日目「ヒヨ夫とヒヨ美」


なんの準備もなく、教科書すらもなく、60分後に学科試験を迎えることになってしまった。こんなはずでは。

免許の学科試験は、マルバツの二択問題。
わたしはこれが本当に苦手である。

この話を始めるとどこからともなく必ず飛んでくる野次は、

「そんなもん、常識的に生きてたら解ける問題ばっかりや」

なのだが、のん気に嘲笑している者は今一度、胸に手を当て、本当にそうだったのかよく思い出してほしい。

『問1. 踏切内を通行中に車が故障し、発煙筒を使い切ってしまったため、使用していた座布団を燃やして合図をする』

常識的に生きている人間が果たして、座布団に着火することができるだろうか?さっきまで尻に敷いてたやつに……迷わず……火を……!

そんな命運の託し方ができるのはもう、自動車教習界の豊臣秀吉だけである。

こちとらキッチンはIH、風呂は大阪ガス、ろくに火など扱ったことのない生粋の現代っ子。そんな危ないこと、できるわけないだろ。“ごと”燃えるわ!

 ✕(バツ) を押した。

『不正解です』

なんでやねん!


スマホを投げそうになった。教官に教えてもらった問題集アプリで、一夜漬けならぬ一時間漬けをしているところだった。

『問2. 路面電車が停留所に停止しているそばを通るとき、安全地帯がある場合は徐行しなければならない。』


出たっ、路面電車!

人生で一度か二度ぐらいしか見たことないが、うちの実家じゃアレを「チンチン電車」と呼んでた。冷静に考えればよくもまあ、一般家庭であんなにもチンチンチンチン連呼して許されていたもんである。

チンチン電車の問題は、難しいのだ。

安全地帯がある場合とない場合など、徐行や一時停止の条件がとてもややこしい。仮免学科の最難関だとわたしはにらんでいる。

これ、たぶん、なんか良い覚え方があるはずだ。

「水平リーベぼくの船」的な、あるいは、「いい国取り繕つくろう鎌倉幕府(1192年)」的なやつが。

そうとわかれば、母に電話をかけた。

母はああ見えて、大阪のド下町出身である。チンチン電車のメッカだ。澄ました顔でチンチンを連呼していた。学科試験なんて落ちるわけないやろと笑っていた一人でもある。

「もしもし」

「あのな、いま免許の勉強してて、チンチン電車のことやねんけど」

「うん」

「安全地帯がわからへんねん」

「……ワインレッドの心?」

無言で電話を切った。

だめだ。母はあてにならない。


脳内で玉置浩二が「い〜ま以上〜♪ そ〜れ以上〜♪」と熱唱している。限界に近いメモリに余計な玉置を詰め込んでる場合ではないのだ。どけどけ!散れ散れ!

気を取り直して、続ける。

「問3.車を運転するときは身動きしやすい服装がいいが、下着のまま運転してはいけない」

こんなん、授業でやってないだろ。昼間からパンツ一丁でダイハツハイゼットを乗り回して死ぬほど叱られていた祖父を思い出す。もう死んだ。

さすがに ✕ でしょう。

思い出の中でショボクレている祖父のすぐそばを、夜中にヒートテック一丁で運転していた母の車が追い抜いていく。

✕……ですよね……?

あれっ。ヒートテックがいいなら下着はいいのか。だめだ。わからない。並大抵の知識量じゃ太刀打ちできない。

知識量。

ハッ!

わたしが所属している事務所の代表・編集者の佐渡島庸平氏は泣く子も黙る灘高校出身である。腕組みして一度聞いただけで授業を覚え、ノートを取ったこともなく、東京大学に合格したという逸話を聞いたことがある。バケモン。

この問題集アプリったらよくできてて、カンニングができないよう細工されている。ググって調べようとすると強制終了するのだ。

教科書も学友も持たざるわたしに与えられた方法は、テレフォンのみ。

テレフォンという魔法のランプをこするように、佐渡島氏に連絡した。いでよ!灘高!

かくかくしかじか。

「これ運転していいのか!?」

動揺していた。

「まさか佐渡島さんでもわからんのですか」

「車の中は公的な空間なのか、私的な空間なのかを確認している問題としてまずは受け取りたくなるな。人間として服を着るのは当たり前すぎて、わざわざ問題にする理由がわからない。なにを問われてるのか把握することに悩んでる」

電話を切った。

だめだ。人間はかしこすぎても当てにならない時があるのだと、初めて知った。知りたくなかった。

頭を抱えて唸っていると、教習所の玄関で、あの嫌味な三徳教官がタバコをふかしているのが見えた。あの野郎、ろくに指名されないから暇そうなのだ。


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