【キナリ★マガジン更新】バカ舌漫遊記をいつかは

 

居心地の悪い店を引き当てるのが、壊滅的にうまい。

わたしの数少ない特技である。まったくもって、そんなもんを特技にしたくはない。しかし、どうあがいても特技になってしまう無情が、この世にはある。

つい先週、前職の同僚と久しぶりに東京で会うことになった。

店を予約したのはわたしだ。うまい焼き鳥を出すという店を選んだ。入ったことはないけど、名前はよく聞くし、20年も続く老舗なので安心していた。

カウンター席に通されて、つもる話も食欲もMAXになったわたしたちが、キャイキャイしながら注文すると、

「えっ、串だけ!? 四十分はかかりますけど!?」

若い大将が、素っ頓狂に叫んだ。

焼き鳥屋に来たんだから、たらふく串を食べたっていいでしょうが!コケコケ言い返したかったが、そんな度胸はない。素直に前菜を頼んだ。

ごはんは、それなりにおいしい。

しかし、わたしも元同僚も、会話が細切れである。会話どころではないのだ。カウンター席で若大将が永遠にピリついていた。

店は繁盛していて満席、バイトも狭い通路にひしめいているが、

「さっきから注文取ってくんの遅いよ!もういい!俺がやるよ!」

大将が紙を挟んだ板をふんだくる。いやいやあんたねえ、そんなことしてっから串が四十分もかかるんじゃないの。コケッコケーッ。

棒立ちで目が砂のようになっているバイトを背景に、大将へ注文を伝えるのも苦しい。ライブ感の味わえるカウンター席ということで注文したが、求めているのはこういうことではない。終わりゆく人間関係のライブ感など、とうにリアルで味わっている。

ごはんが出尽くして、いつもならデザートにしけこむところだが、わたしと同僚は目で合図した。出よう。とにかく出よう。

「あのー、お会計お願いします」

バイトがこちらを振り向くより早く、大将が不機嫌そうに

「ガス前、お会計ェッ!」

店中に響き渡る声量で叫んだ。

やぶれかぶれの和太鼓みたいだった。

ガス前……?

わ、わたしたちのこと……?

見渡してみたが、他に会計を頼んでいる客はいない。わたしたちが紛うことなき。ガス前である。ガス前、ガス前……。

目の前に、もつがグツグツと煮込まれている大鍋のガスコンロがある。ああ、なるほど、ガス前ね。

膝から崩れ落ちそうになった。

この店では客よりもガスコンロの方が、基準として採用されているのである。ガス前。われわれはもはや客ではない。座標である。

これがまだ、ガス御前(ごぜん)とかなら、良かったんだろうか。竈門の神を信仰している店ならば許せる。

「20年もやってるんだから、あれはあれで、うまくいってんだよ。そういうさ、機嫌が悪い店っていうジャンルがきっとあるんだよ」

元同僚に気をつかわせてしまった、東京のよるだった。

記憶がフレッシュゆえに止めどなく流れ出てしまったせいで、例が長くなって、申し訳ない。

わたしがゼロから店を選ぶとたいてい、この羽目に巡り合ってしまう。居心地が悪く、機嫌が悪い店。ハラハラドキドキ、邪念スペクタクルライブ!

なぜそんなことに。
猛烈に運が悪いのはあるとしてもよ。

実は薄々、気がついている。

わたしは誰かとごはんを食べるとき、インターネットの口コミ点数を鵜呑みにして、店を決めている。

点数が高ければ安心。他人が褒めていたら安心。安心感にすがりついている。しかし皆さんもご存知のように、昨今の点数はサクラだなんだで、あてにならない。

おいしくて感じのよい店は、みんな教えたがらないので、特に地方では点数にあらわれないことも多いらしい。

やたらめったら点数の高い店の中でも「点数を鵜呑みにしてノコノコやってくる客でいっぱいになり、忙しすぎて機嫌の悪くなった店」を、わたしは引き当ててしまうという寸法だ。

情報にすがってるのに、その情報すら、見る目がない。

わかっちゃいるのに、やめられない。

だって、じぶんの舌に、自信ないから!

数年来のこの悩みを誰かに聞いてほしくて、ここまでタラタラといやな思い出を書き連ねてしまった。騙し討ちのようになって、すまない。


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