検査結果と加護寿司
必ついさっき、とんでもねえことが起きたのに、誰に話しても伝わらんので、書かせてください。
近所の病院に、行ってまして。
遺伝性の脂質異常症で薬を飲んでるんですが、それの血液検査の結果を聞いてまして。
「うーん、薬飲んでるのに、EPAの数値が上がらへんね。薬だと吸収しづらい体質かな」
お医者に言われまして。
EPAの数値が低いと、うちの父みたいに心筋梗塞のリスクが高まるそうで。
「ど、どうすれば……」
「毎日、魚を食べなあかんよ。特に生魚。」
わたしは、しょっぱい顔をした。魚が好きじゃない。丸々一ヶ月、食べないことも普通にある。
「アジとか、サバとか、イワシとか……無理?」
検査用紙に、魚の名前が連なっていく。
「無理どす」
「お刺身は?」
「もっと無理どす」
お医者をポリポリ困らせてしまった。
「お寿司なら、ギリ、いけます」
「そっか。大トロなんか一番栄養がええんやけど……あなたの若さで、そんな高級品食べろったって、無理やんねえ」
無理やんねえ。大トロ食べるお金あったら、豚トロ食べたいもんねえ。
妥協の妥協で、せめて安いツナ缶を買って帰れと言われ、診察室を出た。
ああ、魚かあ……。
大トロかあ……。
食べないと、体を壊す。
でもなあ。
それと、ほぼ同時だった。
10秒も経ってなかった。
編集者氏から、とつぜん、連絡がきた。
寿司の写真だった。
寿司の写真だった。
彼は打ち合わせはするものの、基本的に私用の音沙汰があまりない人間である。もちろん、わたしの病院のことなど、知らない。
むちゃくちゃ忙しくて、会う時間がいつも取れない。
しかも、彼は福岡県に住んでいるはずで。
それが!!!!
なんで!!!!
兵庫県の、こんな、主要駅でも繁華街でもなんでもない、ただの住宅街にいる!?!?!??!
どゆこと!?!?!?!?!
わけがわからない。
今いる場所から、徒歩3分の寿司屋だった。
と、徒歩3分!?!?!??!!
寿司屋!?!?!?!?!??!
途中から飛び込みで席なんか絶対あいてないだろと思ったら、一席だけ、早く帰ったお客さんであいてた。
そんな超偶然、ある?
3分後。
わたしは、寿司屋にいた。
「????????」
病院帰り、すっぴん、部屋着のスウェット、靴底がベロンベロンになったスニーカーで、寿司を食らっていた。
「??????」
走馬灯か?
死ぬのか?
編集者氏は言う。
「ちょうど家族で、兵庫県にゴルフしにきててさ〜。お店入ってから、あれ?岸田さんの家の近くかも?って思ってさ〜」
「????????」
彼のご家族にあたたかく迎えていただいたが、わたしだけ終始、混乱している。
「あああああああの!わたしついさっき!病院で魚食えって言われて!大トロって!すごい偶然だけど、本当なんです!ここに先生の手書きのメモも!信じてください!」
血液検査の結果をビロビロと広げながら、一生懸命に話した。奇跡だ。ミラクルオブ奇跡を目の当たりにしていた。
「……?」
みなさん、ポカンとされて。
「それは、まあ、よかったね……?」
くっ……!
悔しいっっっっ!!!!!!
わたしだけが興奮している!!!!!
この奇跡が!伝わらない!言葉では!
ちくしょう!!!!!!!!!!!!
もしもピアノが弾けたなら!!!!!
地動説を始めて唱えた人、こんな気持ちだったと思う!!!!!!
「大トロです」
アア゛〜〜〜〜〜〜ッッッッ!
ウメェ゜〜〜〜〜〜〜!!!!
魚は嫌いだが、寿司は食べられるのだ。
この勢いで秘密を打ち明けてしまうが、生臭い安めの寿司はだめで、新鮮な高めの寿司なら食べられるのだ。なんて感じの悪い味覚!
怒涛の十貫を食らい、茶を飲み、一息ついた。
……ふう。
「????????????」
なにが起きた?????????
ふらつく足で席を立ち、店を出た。
「うわっ!車停めた場所、岸田さんちの隣じゃん!偶然ってすごいね!」
「そこじゃねえ!!!!!!!!」
感動するのはそこじゃねえ!!!!!!!
とはいえ、今週は特に、こういうことがよく起こる。
Xを見て、会ってみたいなと思った人から、急にDMがきたり。観たいなと思ってた映画のチケットをもらったり。
そういう時、あるよね。
今週の岸田奈美、無敵かもしれん。
加護寿司、ごちそうさまでした!(合掌)