【キナリ★マガジン更新】3万3000フィートにてアイスクリームの乱

 

わたしと弟は、あんまりケンカをしない。

ケンカするほど、お互いのことを気にしてない。

一緒にいるときは「あっ、おったんや」ぐらいの空気感で、横ではなく、縦に並んで歩いてる。雑な相互扶助が完成している。

そんな姉弟関係につい先日、亀裂が走った。

家族でニューヨークへ向かう飛行機のなかで。

最初はわりと心配してた。弟にとっての初海外が、まさかのアメリカンドリームっていうね。本来ならばウルトラクイズでたどり着くべき場所。

フライトも、最長でも沖縄の2時間。

ニューヨークは驚異の14時間。

空港の売店で、弟が言った。

「あめりか、いく」

おっ、ちゃんとわかってるやんけと思いながら、手元を見た。

「おみやげ、ます」

わかってるような、わかってないような、絶妙なラインの手土産。

腐るから戻してきなさいと突っぱねたが、時差の分だけ賞味期限が伸びるかもしれんところまで気づいていたら、わが弟、天才のそれである。

機内に乗りこんだ弟は、ご機嫌だった。

「これで映画も観れるねんで」

枕も毛布もスリッパも、余すところなく完ぺきに使い倒そうとする弟が、液晶パネルを熱っぽく見つめていた。映画が好きなのだ。

弟は迷わず『ズートピア』を再生していた。

おもしろいよね。


離陸から3時間、機内食が運ばれてくる。

ぺろりと平らげたあと、眠くなってきたので、枕を抱っこしながらウトウトしてしまった。堕落した本能に罪悪感なく従えるのが、飛行機の良いところ。

2時間ぐらい経っただろうか。

うっすら目を開けた。

暗い機内で、弟の顔がぼうっと浮かび上がっていた。液晶に映っているのは引き続き『ズートピア』だ。

うん、うん、おもしろいよね。

椅子の上で寝返りを打って、もう一度眠る。

アメリカ時間の朝にあわせて、天井の照明が明るくなった。まぶしくて目を開ける。さらに4時間も経っていた。

弟は、まだ『ズートピア』を見ていた。

時空が歪んだのかと。

永遠にウサギのジョディがしなびた人参を食べるシーンが映し出されている気がしたが、本編を連続で5回は再生してるのではないか。強火のオタクすぎる。

お腹はまだ減ってなかったが、二度目の機内食の時間がやってきた。

ヘッドフォンをつけ、映画をてきとうに選びながら、シチューを口に運ぶ。

そのときだった。

とんとん、と弟がわたしの肩をタップする。

「なに」

わたしがヘッドフォンをしているので、弟の声は聞こえない。手で大きくバッテンをしている。口の形は、ダ、メ、!

「なにがダメやねん」

「これ、これ」

ヘッドフォンだった。

映画を観ながらごはんを食べるのは、行儀が悪いということか。

学級委員か、お前は。

「いやいや、ここは飛行機やねんから、ええやろ」

となりに母が座っていたが、エンジン音がちょっとうるさく、ろくにおしゃべりもできない。美味しい思いをしながら、映画ぐらい観たいものである。

てきとうに弟を説得しても、肩を叩くのはやめない。

ダ、メ!

と怒って、繰り返してくる。

「うるさいな!ほっといてや!」

弟はぶんぶんと首を振る。

ここで姉弟ゲンカのゴングが鳴った。まさに数年ぶりのタイトルマッチである。



弟の攻撃は、デザートの時間に繰り出された。

乗客全員にハーゲンダッツのバニラ味が配られるのだが、日本で売ってるのを見たことないほどのアメリカンサイズ。

半分ぐらいで、わたしのスプーンは止まってしまった。

弟は甘いものが苦手で、アイスもめったに食べない。これは残してるだろうなと思って、様子をうかがったら。

弟は一心不乱に、アイスを食べ続けていた。

もう半分は越えている。

「あんた、ハーゲンダッツ食べられたん?」

ぎょっとしてたずねるが、弟はアイスから目を離さない。聞こえてないのかと思って、無理やりに顔をのぞき込んだが、あきらかにわたしを無視している。

バクバクバク!

ベロベロベロ!

なにかに取り憑かれたように、アイスを食べる弟。

妖怪・アイスなめまわし?



母が気づいて、目ン玉を見開いた。

「いやいやいや!お腹こわすから!良太、やめときって!」

弟は食べすぎるとすぐにお腹をこわす。ここは不便な上空だ。こわさないに越したことはない。

しかし母の必死の呼びかけにも、弟は答えない。

あっという間にアイスクリームは、残り3分の1ぐらいまで減った。

話を聞きなさい!田舎のお母さんも泣いてるぞ!

「奈美ちゃん、良太を止めたって!」

母にすがられたが、止めたってと、言われてもな。


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