【キナリ★マガジン更新】怪犬と奇襲犬
Photo by shinobuwada
季節の変わり目はね、もうあかんのよ。
花粉症がないだけまだマシだけども、頭が痛いし、オエオエするし、お腹もバグる。と、思ったらさっき、くしゃみした。花粉症の足音が聞こえる。振り向いてはいけない。
東洋医学では、毒出しという概念があるらしい。あたたかい春は内蔵の動きが活発になるので、たまっていた毒素を体が外に出そうとして、調子が悪くなるのだとか。
毒出し。
東洋医学をかじっていた母から早い内に聞いていたからよかったけど、なんも知らない人が毒出しって聞くと、瘴気を吐き散らす腐海や、反町隆史が言いたいことも言えない光景を想像してしまうかもしれん。
だからこれ読んでるみなさんはね、春は毒出しの季節って、知っておいてね。縦になってるだけでえらいのよ。横になってて然るべきなんよ。
なんもね、得られるもんがない文章なんで、それくらいはね、持って帰っていってください。
毒出しでありとあらゆる五感がバカになってんのか知らんけど、聞き間違えがひどい。重要事項を、まともに聞き取れたことの方が少ない。
いきなりのご報告になりますけども、ようやく、ばあちゃんの介護認定がおりた。たぶん要支援1でしょうと言われてたけど、要介護1だった。要支援より程度が重いけど、その分、利用できる介護サービスも少し増える。
ばあちゃんのかかりつけ医の先生が、よろしく取り計らってくれたらしい。
それで、もう何度目かわからん書類の手続きが必要だということで、ケアマネージャーさんが自宅にきてくれた。
40代くらいの背の高い男性だ。
犬の梅吉は、どちらかというと人間の女性に目がなく、男性にはあまりなつかないのだけど、ケアマネージャーさんの足には狂ったようにすがりつき、履いているジーンズにダメージ加工を施すかのごとく、ガシガシいく。
「なんで梅吉がこんなになつくんでしょう……」
「ぼくの家に『かいけん』がいるからですかねえ」
怪……犬……?
想像上の犬小屋から、ケルベロスが顔を出す。その後方にはオルトロス、ヘルハウンドも控えている。
そんな恐ろしいものが、家にいるわけない。きっと聞き間違いだろうと思っていたら、母がびっくりした顔で言った。
「かいけんって、ちょっと怖いですよね?」
あ、怖いんだ。
やっぱり怪犬じゃん。
「そんなことないですよ。よくなつきます」
日本のご家庭にいる怪犬の目星が、まったくつかない。しかし尋ねるような隙もなく、膨大な量の書類へサインと捺印が待っている。
ケアマネージャーさんが帰ったあと、母と話した。
「『かいけん』飼ってるって、どういうこと?」
「えっ、『きしゅうけん』って言ってなかったっけ?」
奇襲……犬……?
一体なんの戦いに備えて、育てられているんだ。副業でモンスターサマナーでもしているのか。響きがケアマネージャーと似てるもんな。
ちょっとでも書類の提出が遅れたりすると、怪犬と奇襲犬をけしかけられる未来が見えた。
ケルベロスは琴の音色で眠りにつくらしい。ハーマイオニーがそう言ってた。ばあちゃんの大正琴はどこだ。
「その前はドーベルマンを飼ってはったらしいで」
「ドーベルマンからの飛躍がすごくない?どんな戦線をくぐり抜けてきたんやろう」
「えっ?」
結局、わたしが「甲斐犬」と「紀州犬」を知らなかったというだけで、起こった失礼な勘違いであった。甲斐犬も紀州犬も、強そうでかわいいね。
書いてて思ったけど、これ、毒出しの影響でも、聞き間違いでもねえわ。横になろう。
あっ、そういえば、あったぞ。ちゃんとした聞き間違いの話。いや、聞き間違いにちゃんとしたも何もないけど。
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