横着で二科展に入選したら、絵を描かなくなった
「いや、お前ゴリゴリに描いとるやんけ」と思うよね。
ごめんなさい。描きました。
オチから言うと、描き始めました。
落ち着いて。
古畑任三郎の脚本を踏襲した構成だから、今回は。
なんでこれまで描いてなかったかっつーと、ね。
私の濁り汚れきった、心のせい。
昔は澄みきってた。
なんなら、シジミくらい獲れてた。
土日は家族で潮干狩り。
でも、幼稚園に上がった頃には、もう濁ってた。
「ゴジラVSヘドラ」のヘドラくらい濁ってた。
人を傷つけたり貶めたりは、絶対やらなかったけど。
なんつーかね、自分のことを頑張れなかった。
横着してた。
「横着」っていう言葉を辞書で引いたら
①平気でずうずうしく怠けていること
って出んだけど。まさにこれ。
しかもその横着が表に出ねえもんだから、もう。
神話で語られし7賢人の一人・横着の賢人って感じ。
そんな賢人はいない。
幼稚園の「写生」なんて、面倒で仕方なかった。
絵を描く暇があるなら、ジャングルジムで狂ったように遊びたかった。
だから、早く終わらせたくて、終わらせたくて。
課題が「園庭」だったんだけど。
園庭の片隅で、打ち捨てられてるテニスラケットを見つけたのね。
クッソボロボロの。
四天宝寺中学校の石田銀が波動球でも打った?って感じの。
正直、さ。
このレベルのボロボロ具合のラケットを、園庭に放置できる気が知れない。
なんらかの事件性を疑っても良いはず。
でもね。
そのラケットね。
クッソボロボロだけど、クッソ真っ白だったの。
「ラッキー!白いなら絵の具塗らなくていいじゃん」
って、思ったの。
それで、テニスラケットを描いたわけ。
A2サイズの画用紙、全面に。
いやー、正直ね。
「これ怒られるんじゃね?」って、何度も思った。
だってもう、A2の画用紙の3分の2がラケットのネット。
グリップすら、入ってない。
かろうじてガットの縁までしか、入ってない。
(このnoteのトップ画像が実物の写真)
ラケットとしてのアイデンティティが、虫の息。
真っ白。King Gnu。
さすがに背景くらいは塗っとこうと思って、らくだ色で適当にベタ塗りしたんだけど。
全っ然、乾かなくて。
なにを思ったか、その辺にあった砂をふりかけといた。
シェフ。
完全にシェフの発想。
シェフの気まぐれ絵画。
仕上げに砂をサラサラ〜っつって。
クランメゾン神戸市北区。
それを早々に提出して、私はジャングルジムの王になった。
そんなやっつけ仕事だったからさ。
描いたことすら、きれいさっぱり忘れてたのよ。
数カ月後、「二科展に入選したよ」と言われるまでは。
※二科展……めちゃくちゃ有名な芸術コンクール
もうね、一族郎党、大喜び。
芸術方面に、久しく明るくない家系だから。
うちの家系から天才が出たぞ!っつって。
講評だかなんだかで大人たちから
「堂々とした大胆な配置に、畏れすら感じる」
「黄土色と砂っぽい質感が、鍛錬の苦しさを表してる」
「幼稚園生でこの発想はすごい」
って言われて。
なんつーか、神童。
控えめに言って神童。
芦田愛菜(きしだなみ)。
すんごいの。
顔が見える生産者も、首を傾げる過剰評価。
でもね、言えない。
ただの横着だなんて言えない。
エレクト岸田家リカルパレードが出発寸前。
この勢い、園児の力じゃ、止められない………っ!
翌日の新聞にも載ってしまった。
平和か。
大変なのは、それからで。
待てど暮らせど、神童の二作目は出ないわけ。
最初にして至高の作品になったわけ。
だって描けないんだもん。
絵なんて。
でも、家族も先生も心待ちにしてるもんだから。
夜にこっそり、点けっぱなしのテレビの画面に紙を2枚重ねて、トレース台のようにして、少女漫画「ちゃお」に載ってた漫画をそっくり写して描いてたんだけど。
トイレで起きてきた父から
「おまっ……お前それ!盗作やんけ!!!!!!!!!!」
と言われてから、私の横着がバレた。
横着の賢人は、それ以来、絵という絵を描くことはなかったとさ。
なかった、のに。
ついこの間。
私を担当してくれている編集者・佐渡島庸平さんから「漫画も描いてみなよ」と言われた。
「なぜ急に……?」
「漫画も描けると思うんだよね」
「なにを見て……?」
「勘!」
わっはっは。
よーし、忘れよう!
後日、佐渡島さんからまた「岸田さん、絶対に漫画でも良い味出せると思うんだけどな」と言われたので。
とりあえず、Twitterで投稿だけしてみた。
ちょっといろいろあって、漫画を描くことになって、ふるえている。子どもの頃に二科展(とても有名な美術のコンテスト)に入選して新聞に載ったけど、それは上手いと言うより「テニスラケットのここだけドアップで描くなんてどんな感性してる子供なんや」という旨の講評であった。つまり絵は下手なのだ。
この投稿には2つの意図があって。
①佐渡島さんに「お、岸田描くんだな」と思わせて安心させる
②「そんなに下手なら描けなくても仕方ないな」と保険をかける
もちろん、描かないまま、うやむやにしようと思っていた。
案の定、佐渡島さんから後追いの連絡は来なかった。
その代わり、ワコムの社員さんから連絡がきた。
……なんで?
ワコムさんと言えば。
絵を描くための液晶ペンタブレットを開発してるデカい会社である。
そのデカい会社が「岸田さんのファンです!絵を描くの、応援します!」と。
え、あ、ありがたいな、ありがたいっちゃありがたいな、と思いつつ、このようにメールした。
「ありがとうございます。でも、完全に素人なので、絵の勉強には長い時間がかかりそうです」
この長い時間っつーのは、こう……。
軽く見積もって40年くらい……っていうか……。
できれば日の当たるデイサービスの片隅で、たわむれにコスモスを描いて余生を過ごすくらいのボリュームで考えたい。
ワコムさんから、速攻で返事がきた。
「絵の描き方、一から教えられます!ぜひ遊びに来てください!」
これは、20数年間にわたり横着をし続けた私の、うかつな横着により、ワコムさんから両脇を固めに固められる物語である。