【キナリ★マガジン更新】お導きマンション(漏水ビチョビチョ日記)

 

西宮(にしのみや)は、住んでみたい町だった。

わたしの父は西宮の甲子園球場のすぐそばで生まれ育ち、神戸の山の裏にできたニュータウンに家族の住まいを構えても、西宮を忘れられなかったみたいで、そこへ仕事場も構えていた。

ざっくりいうと住宅の仕事だったが、町おこしにも奮闘していたらしい。父は亡くなったあとも、父の仕事仲間は西宮にいる。

西宮という町がなぜ、父を引き止めたのかはわからない。

知りたいとは思っていた。西宮の大学に通ったのも、甲子園球場でバイトしてみたのも、まあ、そういう理由もあって。

ふたを開けてみりゃ、大学にはほとんど行かず、真夏の甲子園球場でホットコーヒーを売りさばく羽目になったので、結局やっぱり、なんもわからん。

父の実家は甲子園に残っていたが、それも先日、失われてしまった。

祖父が亡くなったからだ。

狭いけど秘密基地みたいで、かなり好きな家だった。

葬儀の一年後、親戚から電話で、

「お義父さんの違法建築の家、なんとか無事に売れたで」

と言われたときは、度肝を抜かれた。

「いいいいいいい違法建築!?!??!!」

「せやで!奈美ちゃん知らんかったん!」

違法建築。

わたしの愛する西宮の家は、違法建築だったのである。頑固な大工であった祖父がトンテンカンテン、自慢の腕をふるった違法建築。

「……どうりでー」

口からヌルッとすべり出たのはその四文字であった。

どうりでー。なんか変なとこに部屋あるなとは思ってた。オトンの部屋、2畳やったもん。台所からゴミ捨て場にワープできる抜け道、掘られてたもん。どうりでー。

西宮との縁は、違法建築とともに消滅してしまったと思ってた。

ところが!
漏水が、思わぬ縁を運んできた!

わが岸田家は現在、グループホームで暮らす弟とばあちゃんを筆頭に戦略的一家離散制を取っている。

週末に神戸の実家へ帰るにも、仕事で東京や大阪へ出るにも、西宮はちょうどいい。京都もちょどよかったけど。

ええい、ままよ!

わたしは因縁の地、西宮で家を探すことに決めた。

▼ これまでに書いた経緯
1日目|天井から今も雨が降り続いている人間の記録
2日目|32歳にもなって土下座で大号泣
3日目|止んでる間に詰めろ詰めろ
4日目|君たちはどう濡れるか
5日目|水道ミステリー、解明編
6日目|給湯器はなぜ年末に壊れるのか?
7日目|アドバイスに溺れるがお湯は出ない
8日目|壊れものたちの鎮魂歌
9日目|生活する人、仕事する人

12月27日 10:30-内見執刀医

不動産仲介会社の担当者・ちんさくん(仮名)に、3つほど物件をあげてもらい、内見の旅に出た。

ちんさくんの運転するマーチに揺られる。マッチのマーチがあなたの街にマッチする。不動産屋が選ぶにふさわしい車だ。

願わくば、マッチさせていただきたいものである。

一件目は、山の上の広大な土地を開発した、新築の巨大マンションだった。脅威の400室、感嘆の2万坪。

「えっ、こわ」

もはやちょっとした城だった。マンション以外が砂色の更地という景色が妙に怖い。焼け野原に残る孤城である。中世かよ。

築30年以上の物件はいつ漏水してもおかしくないって言うから、できれば新しい方がいいって言ったけどさ。京都の家はこぢんまりで天井も低かったから、できれば広い方がいいって言ったけど。

振れ幅が過ぎるだろ!
第一、こんなところに住む甲斐性ないよ!

「いえいえいえ!ここはアクセスいまいちで、周りになにもないから、グッとお安いんですよ!」

なるほど。たしかに新築では破格の家賃だった。

「えーと、管理人さんが案内してくれるんですけど……」

ちんさくんがキョロキョロするが、エントランスには誰もいない。

いや、正確には、誰かいる。

ちょっと離れたところで誰かたたずんでいる。でもあれは管理人ではない。管理人であるはずがない。

黒の中の黒、漆黒のスーツの上に、黒のロングコートをまとっている。体もでかい。無造作な黒髪は、肩につきそうなほどなびいて、片目を覆っている。

ブ、ブラックジャック……?

医師免許はないが宅建は持ってそうなブラックジャックが、そこにたたずんでいる。黒い。ただひたすらに黒い。


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