【キナリ★マガジン更新】休養は終わってからが本番なので、ここで寿司の話をします

 

ひたすら、ボーッとしている。

ただボーッとしているのではない。

首をかしげながら、ボーッとしている。どこか憂いを帯びている。おフランス映画のようにシットリとしている。

一週間、大々的にお休みをいただいて、それはもう休みに休んで、

「さあやるぞ!やったるぞ!」

などと、フガフガしながら仕事のマウンドに立ったところだった。

なーんか、腰が痛い。
寝ても立っても、ドンドコショと痛む。

なーんか、頭が痛い。
孫悟空の輪っかみたいに、キューッと痛む。

なーんか、胸が痛い。
ちょっと話についてけないだけで、ズーンと痛む。

っていうか、シンプルに調子が悪い。目とか鼻とか、いろんな汁が顔から出るし。やってられっかよ。

困ったことに、心当たりがないのである。

「休んだやないかい!どないなっとんねん!」

お客様センターに鬼のクレームをカチコミたいところだが、お客様困ります、休暇をお売りした覚えはございません。

病院行っても、薬飲んでも、寝ても、なんともならん。さすがに焦りはじめて、休みを専門に研究しているその筋の人に聞いてみた。そんな専門があるのかよ。確定申告とあわせて必修授業に取り入れてくれよ。

「あー、それはね、ちゃんと休んだからですよ」

「ちゃんと休んでしんどいとはこれいかに!?」

我が身に恩を仇で返されるとは思わんじゃろうて。

「ストレスで興奮状態だと、アドレナリンが分泌されて、痛みとか消えるんですよ。むしろ元気になった気もするわけで。おもしろいですよね」

「おもしろいですか?」

「まあ、元気になった気がするだけで、普通にいつか力尽きて病気になります。アーッハッハ」

「おもしろいですか?????」

大爆笑しているその筋の人。つまり、興奮状態がおさまって、だましだましやってきた体の不調が、一気に放出しているらしい。

「いつかはドカーンとくらうはずの痛みなんで、今、こまめに放出できてよかったじゃないですか。ほら、がんばって休んできて」

休んでからが、本当の休みの始まり。

第二部!開幕!
なんてこった!!!!!!!

「ところで、そんなに痛みを溜め込むほど興奮してたんですか?」

天井から汚水が降ってきたんですよと涙ながらに話した。

その筋の人は笑い転げていた。


と、いうわけで。

ちょっとずつ、調子は戻ってきたものの、まだ首は15°ぐらいかしげたままなので。

今から寿司の話を書きます。


申し訳ありません。なんも考えずに楽しくなれることだけ書こうと思ったら、ほら、もう、寿司しか。ねえ。わかるでしょう奥さん。

とはいえ、葛藤もあるんです。

一週間、読者の皆々様に支えられて、ド平日に休んだんですよ。テレビの出演もスッ飛ばして。

そのわたしが、ねえ。

おめおめと、寿司の話なんて。


ちょっとほら、さすがに、忍びないっていうか。年度末で世間はお忙しい時ですし。

寿司妬とか、されちゃうでしょ。


(すしっと [名] - 寿司を自慢して妬まれること| [例文]ああそうさ!俺の実家は寿司妬で燃やされたのさ!)

ですがもう、ここまできたら寿司の口ならぬ寿司の指なので、書かせてください。寿司妬にかられそうな人は、どうか本日のところはお引き取りください。たいまつを捨ててください。実家にはまだローンが残ってるんです。

ここまできて、

「おいお前!寿司っつったって、お前は魚が食えねえはずだろうがよ!陸上寿司愛好会じゃなかったのかよ!」

と不審に思われる、わりと長いスパンでわたしの書くものを読んでくださっている誠実な方もいらっしゃることでしょう。

ここが年貢の納め時。知らざあ言って聞かせやしょう。

食えるんです。

わたし、魚のなにがダメって、生臭いのがダメなんです。ほんの少しの生臭さ、いえ、磯臭さとでも言いましょうか、あれがダメなんです。

つまり。

べらぼうに高い、回ってない寿司なら、食えるんです。

いいですか。

べらぼうに高い、回ってない寿司の話を、今からします。

手が震えてきました。実家に火の手の気配を感じます。あそこにゃ、まだ父の仏壇もあるんです。ご勘弁を。


あれは、まさに休暇中のことでした。

淡路島にて、いまから寿司を食らう家族たちをカメラがとらえていました。

母は眉毛をハの字にして

「そんな!奈美ちゃんがお休みやのに、わたしたちまでお寿司いただくなんて……そんなこと、できへんっ!ううっ!」

何度も何度も言いながら、車いすをキコキコして、寿司屋の前まで普通についてきました。弟は軒先の生け簀を眺めて、ほほ笑んでいました。

それはもう、浮き足立ってた。母はタイヤが地面から2ミリぐらい浮いてた。

家族で回らない寿司屋、初めてだから。


わたしは会食で行ったことあるし、母もバブルの頃はボリドートン(道頓堀)でシースーとかやってただろうけど。弟はない。

ほんで、家族そろっても、ない。

母が車いすをキコキコしてるから。


回らない寿司屋って、たいてい、カウンターなのよ。大将の鮮やかな手さばきも含めての寿司イリュージョンでしょ。たっかいたっかい、カウンターなのよ。

テーブル席もあるけど、寿司屋のテーブル席、少ない。

名だたる寿司屋ともなれば、テーブル席の予約は過酷な争奪戦なわけで。予約できても店が狭かったり、階段だったりするわけで。

寿司バリアに阻まれるので、あきらめていつもはスシローに通ってた。

ところがですよ。

淡路島に行くと決まったときに、電話しまして。

「あのう、3名で予約したいんですが、テーブル席あいてますか?」

「テーブル席は……ごめんなさい、埋まってますねえ」

「カウンターって高いですか?」

「えっ?」

「いや、あの、車いすが一人いて」

「ああっ!うーん、高いですねえ。車いすのままだと、首ぐらいの高さになっちゃうかも」

「ですよねえ。やっぱりあきらめます」

電話を切った。悲しくはない。寿司バリアには慣れている。むしろ、寿司バリアがあるから、岸田家の家計は守られている。

「ええよ」

振り向いたら母がいた。

「カウンターでええよ」

母の目が輝いていた。キラキラしていた。

今にも「監督ッ!わたし、やれますッ!」と言い出しそうな気配だった。サーブ!スマッシュ!ボレー!寿司を狙え!

「いやいやいや。カウンター、ごっつ高いんやで」

「うん」

「高すぎるやろ。食べるの大変やで」

「うん」

「寿司、ほとんど見えへんのやで」

「うん」

母の意志は頑なだった。あきらめの良い母が、しぶとく食らいついてくる。左目は“寿”、右目は“司”の形をしている。

「高いお金払うんやから、また今度、他の店で食べようや」

わたしなりの優しさだった。カウンターに車いすで突撃して、寿司もろくに見えず、首の前に箸を置いて、悪目立ちするだろう母に、切ない思いをさせたくなかった。

「砂かぶり席やん」

「は?」

「砂かぶり席やん」



気がついたら、寿司屋の前にいた。


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